トップ>小説>皇太子の愛妾は城を出る
8 / 98

しおりを挟む


 残念なことに今日の便で乗れる馬車がなかったので、おばさんが紹介してくれた冒険者一行の馬車に乗ることになっている。隣街へ行く道に山賊が出るなんて全く知らなかった。危うくユーリから逃げられなくなる所だった。それにしても山賊とか本当にいるのね。おまけに冒険者の人たちが退治しに行くなんて、そういうのは騎士団の役目だと思っていた。
 そうわたしが今から乗る馬車は囮なのだ。わたしが乗ることで囮らしくなるから、なんと無料で隣街まで行くことが出来る。おばさん、ありがとう!  どうもおばさんはわたしが悪い男から逃げたがっているように見えたらしく骨を折ってくれたようだ。
 一緒に乗る人はみんな冒険者だって聞いてたけど、とてもそうは見えない。親子のような人達もいるけど子供もいる。彼も冒険者なの?

「ああ、あんたが唯一の一般人か。本当に大丈夫なのか?」

 庶民の振りがあまり似合ってない大柄な男から声をかけられた。彼が責任者だろうか。

「はい。攻撃魔法は苦手ですが防御魔法はお爺様に褒められたことがあります。馬車ごと守りますからお任せください」

  馬車には山賊を騙すために本当に色々な品物が置いてある。これらを無事に隣町に持って行くのも仕事の一部らしい。

「はっはは。馬車ごと守るとは大きく出たなお嬢ちゃん」

 っていうか馬車ごとでないとできないのよね。なんか自分だけを守るバリアとかは難しくて作れないのよ。馬車ごとなら出来るんだけど....。おおきくでたわけではないのよね〜それしかできないだけなの。

「お嬢ちゃんではなくてカスリーンです」

「俺はバッカーだ。よろしくな」

 馬車に乗ると直ぐに動き出した。いわゆる幌馬車で秋風の強いこの時期には少し辛いものがある。マントを買っておいて正解だった。
 ガタガタと荒っぽい音をたてて走る馬車に乗った感想は『痛い』それだけだ。
 こんなに揺れるなんて、わたしが今まで乗った事のある馬車とは雲泥の差だ。これが庶民が普通に乗っている馬車。わたし以外の人は揺れても身体がブレない。全然平気そうだ。

「お姉ちゃん、大丈夫?」

 子供にまで心配された。揺れるたびにコロンコロン転がってるから無理もない。

「あなたはどうなの? 大丈夫なの?」

 こんなに揺れてるのによく立っていられるものだ。

「僕は慣れてるからね。冒険者になって二年だもん。僕の名前はパック。よろしくね」

「わ、わたしはカスリーンよ」

 子供だって思ってたけど冒険者二年目だってすごい。いつかはきっとこの子もバッカーみたいになるのだろう。


 途中休憩で馬車が止まった。この先には山賊がいると思われるので早めに夕飯を食べるそうだ。腹が減っては戦は出来ないってことなのか。

「....うっ....痛い」

 馬車から降りて新鮮な空気吸うと少しは気分が軽くなった。
 夕飯といっても各自が用意したものを食べるだけ。わたしはハチミツパンを取り出して食べる。ハチミツという言葉に釣られて買ったけど甘くない。1年くらい食べてない甘い物を欲したのにガッカリだ。

「そのパン美味しそうだね」

 パックが干し肉を食べながらハチミツパンを見てる。欲しいのかな。

「思ってたより甘くないけど、沢山あるから食べる?」

「わー。ありがとう」

 パックは干し肉をポケットに突っ込むとハチミツパンにかぶりついた。

「甘ーい。お姉ちゃんこれとっても甘いよ」

 えっ? 甘いの? わたしは食べかけのハチミツパンを一口大にちぎって口に入れる。
 やっぱり甘くない。味が感じられない。
 なぜ今まで気づかなかったの? 
 ずっと嫌がらせで味のないものばかり食べさせられてると思っていた。ユーリとたまに食事をする時も豪華だが味のない食べ物ばかりだった。てっきり私のだけ味付けが違うのかと思っていた。
 原因は.....多分あれだと思う。カビパン以降ずっと出される食事が怖かったのだ。段々と食事の量も減らされていたがわたしの食べる量も確実に減っていった。さすがに毒を入れられる事はなかったけど飲もうとしたら絵の具で色をつけたスープだったりするので油断できない環境だった。匂いはそれらしくしているので騙されてしまうのだ。
 一度侍女長に相談したが「愛妾というのはちょっとした嫌がらせは受けるものです。そのような事自分で解決しなさい。間違っても殿下のお手を煩わす事のないように」と軽くあしらわれた。
 その後しばらくは量が少ないだけで普通の食事が出てたように思う。この辺の記憶は曖昧だ。ただバニーは腕を治してからは粗末な食事だし量も少なかったけど普通に食べられるものだった。だから隙が出来ていたにかもしれない。
 事件はユーリが隣の国へ仕事に行っていない時に起きた。
 その日はバニーではない初めて見る侍女が夕飯を持ってきた。いつもより豪華で何かあったかしらと思った。その時怪しいと気づけば良かった。
 ビーフシチューを半分くらい食べた時に違和感を感じた。二人いる侍女がニヤニヤ笑っているのも気になった。
 お皿の底に小さな虫がいっぱいあるのに気付いたときには虫も飲み込んだ後だった。
 わたしはお風呂場に飛び込んで吐いた。吐いても吐いても吐き気は収まらず、最後に胃液に血が混じっていたのを覚えている。二人の侍女が声を立てて笑っているのが聞こえて来た。

「カスリーン様、私たち時間がきたので帰ります。まだ残っている様なので最後までお食べくださいね」

 夕飯なんて見たくもない。笑ってる侍女たちが怖い。どうしてこんな事が出来るのだろう。
 吐いたものを水を流しながら口の中を洗うが口に水が入るとまた吐き気が襲ってくる。そのあと動くことも出来なかったわたしはそのまま眠ってしまった。ユーリの名を呼んでいたのに彼は現れてくれなかった。
 次の日バニーに発見されたわたしは高熱で危なかったらしい。
 あの侍女長もさすがに医術の先生を街から呼んでくれたようで、ユーリ帰ってくる頃には健康体になっていた。
 でも完全には治ってなかったのね。多分あの日から味覚わからなくなったんだと思う。
 ああ、せっかく美味しいものを食べれるようになると思っていたのに残念だわ。ハチミツパンも食べる気をなくしたので鞄に戻した。

「もう食べないの?」

「ええ、お腹がいっぱい」

 さあ、これから山賊退治だ。















しおりを挟む