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魔物娘たちの御主人様!

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序編

第1話 異様な異世界

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暗闇の世界を強烈な光りが包みこむ。

その光が薄れて消え去ると、タロウの前に異世界が広がっていた。

世界の狭間から一瞬で異世界に転移したタロウ。

服装は先程まで着ていたジーパンなどの普段着ではなく冒険者風の服装になっていた。

少し薄汚れた白物のTシャツっぽい上着、動きやすい黒系のズボン、右腰には道具入れ袋、左腰には何の特徴もない平凡な短剣、端が擦り切れた黒のマント。

その程よく薄汚れた姿は新米冒険者というよりも、既に旅を重ねてきた熟練冒険者のような風貌だった。

道具袋を覗きみると薬草やら飴やらが入っている。
ズボンのポケットには皮財布が入っており中身を確認する。

「金貨1枚に銀貨3枚に銅貨5枚に、銅粒が5つに石貨が6枚か」

タロウは貨幣について「思い出す」思考を行う。
するとタロウの頭に自然と貨幣価値が思い出される。
元の世界の貨幣価値と比べると、この異世界の貨幣はこのようになるらしい。

金貨 1枚 10万円
銀貨 1枚 1万円
銅貨 1枚 1000円
銅粒 1片 100円
石貨 1枚 10円

となると、タロウの所持金は「13万5千560円」となった。

さて、なぜタロウは異世界に来てすぐに貨幣価値を理解したのか。
それはチート能力セットのサービスとして無料で追加してもらった能力の中に「異世界知識(最低限)」があったからである。
これは脳に直接入力されるらしく、普段通りに「思い出す」という思考方法で用いることができる。

例えば「犬」と想像した時、「ペット」とか「噛む」とか「かわいい」とか次々に連想できるはずである。
しかし「いつどこで、そう学んだか」というのは、もはや曖昧な状態の人が大半だと思われる。
それと同じほどに自然な知識として脳に入力されており、どこで学んだかはよく分からないが考えれば「確かそうだったよな」と思い出せるという仕組みである。

「しかし本当に最低限なんだよな」

能力の効果記述どおり思考を巡らせても本当に最低限の知識しかないようであった。
貨幣の価値。
大陸の大まかな地理。
国家の大まかな政治状況。
そして大まかな現在位置といった所である。

「とりあえず現在地はロイレン帝国の植民地領か」

のどかな田園風景が辺りに広がっており、その向こうには緑が豊かな山々が連なっている。

ロイレン帝国、タロウの知識ではこう思い出された。

ロイレン帝国は自国の反映の為に圧倒的な軍事力を持って、他国の領土、資源を奪い植民地化することで繁栄する「帝国主義」を国是とする。

現状、ロイレン帝国の植民地となった周辺国は3つ。
植民地化された国の民は全て農奴化されている。
現在地は植民地の内の1つ、かつてはとある国が栄えていたという場所にタロウは居た。

「うわー……帝国主義か。その植民地だから辺り一面が田畑なんだな」

田畑の間に設けられた平坦な道をタロウはとりあえずテクテクと歩き出す。

空は快晴。
白い雲が悠々と流れている。

「ロイレン帝国はこの大陸で一番勢いのある西側の大国で、植民地を挟んで更に東側の列強国(知識はあやふや)にちょっかいを出しているが、そうそう上手くはいかないというのが現状である……らしい。というか俺のこの異世界における政治状況の知識ってこれだけなんだよな。本当に最低限すぎるわっ! しかも風習に関しては一切知識がないから変なことをしないように気をつけないとな。まー、この異世界の事を知るのも「お楽しみ」のひとつなんだろうけども」

しばらくあてもなく真っ直ぐに歩いていると何やら先の方にある畑から喧騒が聞こえてくる。
タロウはそこに近づくと数人の農奴らしき男達と1体の巨大なミノタウロスがいた。
ミノタウロスとは牛型の魔物である。

ミノタウロスは土を耕す為の大きな農具を一生懸命に引いていた。
そのミノタウロスを農奴達が罵声を浴びせながら執拗にムチや棒で叩き続けている。

「――魔物の癖にもっと動け!!」

農奴達は狂ったようにムチや棒を振り続ける。

ミノタウロスの全身には隙間がないぐらいにキズができており、そこから血が吹き出し、まるで血だるまの様相だった。
ミノタウロスは虚ろな目をタロウに一度だけ向けると、そのまま「ボフゥ……」と一声鳴いて、その場に崩れ落ちた。

「……ったくこのグズ野郎が!!」

1人の農奴が腰に下げていた錆びた短剣を引き抜くと、躊躇すること無くそのままミノタウロスの首元に突き刺す。

真っ赤な鮮血が勢い良く吹き出し田畑に吸い込まれていく。

それを合図に他の農奴達も錆びた短剣を引き抜くとミノタウロスに突き刺して切り刻み始める。
どうやら攻撃しているのではなく「解体」しているようだった。

慣れているのか手際よく解体しミノタウロスを肉片へと変えていくと、横においてある焚き火で肉を焼き始めた。
そして農奴だと思われる彼等は楽しそうにミノタウロスの肉を食べ始めた。

タロウはネットで獣の解体やらを見たことがあり、それなりにグロ耐性を持っていたので光景そのものに対しては何とも思わなかった。

それよりも「これがまかり通るこの世界観」を思うと言いようのない胸糞悪さと吐き気を覚える。
なにせタロウは「魔物娘とウハウハ」するためにこの異世界にやってきたのだ。

しかし、この異世界の人間である彼等の魔物への無慈悲な対応を見れば、魔物だけでなく魔物娘達もどんな目にあっているかは想像に難くない。

タロウは情報収集の為に農奴達に声をかけることにする。
タロウが農奴達に近づくと牛肉を焼くような香ばしい匂いが漂ってきた。

「……すんません! ちょっと話を聞きたいんですが」

タロウは躊躇せずに話しかける。
異世界と言えば言語体系も違うはずであるがそこに不安は無かった。
チート能力の言語セットの中に「異世界人言語(異世界の人間と会話可能)」があったからである。

急にやってきた余所者に農奴達が警戒したのか無言で睨んでくる。
と、タロウはそう思ったのだが、もしかして「言葉」が通じていないのではと思い至る。

「(うわ! 会話できないとか勘弁してくれよ!  一から外国語の勉強とか嫌過ぎる!)」

タロウは慌てて財布から銅貨を1枚だけ取り出すと、声をかけた中年の農奴に手渡す。
すると、その農奴はパッと表情を緩めた。

「これくれんのか兄ちゃん!?」

中年の農奴は歯を見せて笑う。
まずは異世界人の発した言葉を理解できたことにタロウは安堵する。
それと同時に「農奴に対する賄賂としては多い」ことも理解した。

「少し話を聞いてもいいですかね?」

「ええよええよ。なんでも聞いてくれさね」

この会話をもって、農奴もタロウの言葉を理解しているという確信に至る。

「(どうやら大丈夫そうだな)」

タロウはホッと小さくため息をつくと、そのまま質問に移る。

「ここらの魔物は最近どうですか?」

「あー、兄ちゃん魔物殺しかね。ここらには野生の魔物は殆どいねーぞ。あんたみたいな魔物殺し連中が狩りつくしちまったからな。だども、田畑の向こうの山々や未開地なんぞには、まだまだ隠れとる魔物がおるらしいぞ」 

「人間には被害は出てませんかね?」

「んなもんねーよ。魔物なんてグズ共に人間様が負けるわけねーべ。まー、たまに山に入って襲われる奴もおるが、そん時は帝国の騎士が山狩りして殺しちまうからな」

「どこか魔物がたくさん居る所を知りませんか?」

「大陸の上の方には未開の土地があって、そこには各地から逃げ込んだ様々な魔物がおるらしいぞ。魔物殺しや魔物狩りなんかがこぞって行っとるという話だ」

「(どうやらこの世界での魔物は「負け組」で決定だな)」

「ちなみにこのミノタウロスは、ここらの相場ではいくらぐらいですかね」

「あー? こいつか? 確か銅粒5つだったかな」

「(500円……安いな。どうやら利益の為ではなく、彼等のような農奴よりも下の階級を作る事によって憂さ晴らしの存在になっているのかもな……)」

タロウは小さくため息をつく。

「あーでも、魔物殺しの兄ちゃんなら知ってるだろーが魔物を殺すと賞金が出るからよ。それはこの奴隷のミノタウロスでも賞金が出るんだわ。野生のを殺すとか奴隷用に捕まえる時よりかは安いらしいんだけど、奴隷ミノタウロスを殺した場合の賞金は銅粒1つなんだ。つまり実質は銅粒4つでいいんだよな。死ぬまで働かせて、しかも肉として食えて、更にお得。たまんないね! うへへ!」

嬉しそうに話す農奴の話の内容で、魔物達が農奴の憂さ晴らしの存在になっているのは明らかだった。

魔物殺しが野生の魔物を殺せば高額の賞金を与え、魔物狩りが野生の魔物を捕らえれば高額の賞金を与え、しかし、農奴に売る時は採算度外視のはした金で売りさばく。

タロウが考える通り、ロイレン帝国は農奴階級よりも下の存在を作るべく政治的に魔物達を利用しているようだった。

人間vs魔物のファンタジー異世界に人間側の勇者としてこの地に来ていればタロウもここまで憂鬱にはならなかったのだが、魔物娘達とウハウハしてみたいなーなどという残念な目的があるタロウにとっては、この先を思うと目眩を覚えた。

「(あのサラリーマンとんでもない異世界に送り込んでくれたな)」

タロウはふとミノタウロスに目をやる。
適当に解体されたのか臓物はだらりと外に飛び出し、体の一部が焼肉のために切り取られている。

その時だった。

解体されて死んでいたと思っていたミノタウロスの目がぎょろりとタロウを見ると大きく一声だけ嘶いた。

「――ブ、ブモモオオオ!!」

その声を聞いた瞬間、タロウは全身から血の気が引き、胃が「ギュッ」と収縮するのを感じた。
農奴は気軽に反応する「あんれま、こいつまだ生きとったか」と。
それは、そうだろう。
なにせ農奴達には牛のような鳴き声しか聞こえなかったのだから。

だがタロウは違った。

チート能力の言語セットには「魔物言語(魔物と会話可能)」が入っているのである。
それはもちろん「魔物娘とウハウハ」する為だったのだが、普通に魔物と会話できるという本当の意味をタロウはこの時まで理解していなかった。
タロウにとっては目の前の彼が放った嘶きは獣の鳴き声などではなかった。
ハッキリと「理解できる言葉」として聞こえたのだ。

ミノタウロスが「――助けてくれえええ!!」と叫ぶのを。

会話していた中年の農奴は腰の短剣を引き抜くと、躊躇することなく「さっくり」とミノタウロスの首に突き立てる。
これをもってミノタウロスは本当に絶命したのだった。

鼻に入ってくる肉の焼けた匂い。

タロウは痙攣する胃から駆け上がる物に堪えきれずその場に蹲る。

「――げええっ!!」

タロウはその場で胃の内容物を吐き散らす。

「――あらら! 急にどうしたよ兄ちゃん!?」

タロウはなんとか慌てて平静を装う。

「――うぷぷっ! い、いえ! 何でも無いです。どうも昨日の食い物が悪かったようで」

「そうなのかい? てっきり魔物を食っているのが気持ち悪いのかと思ったよ」

「――!? あ、いやいや、それは別に関係ないです」

「それなら良かった。嫌な思いをさせたなら申し訳ねーなと心配したよ」

「……? ということは皆、魔物を食べるわけではないんですね」

「ああ、そだな。気持ち悪いからと食わない奴の方が多いな。でも、俺らは「牛肉」が大好物でな。でも農奴だから牛肉を買う金が無いんだわ。んで牛っぽいミノタウロスのオスを牛肉代わりに食っているだけさ。なかなかに美味いんだよミノタウロスのオス。 もちろん俺らも牛っぽいこいつしか食ったことはないよ」

「そ、そうですか……」

魔物が虐げられているのは事実だが、食べるという行為は一般的ではないとのことだった。
タロウは少しだけ安堵するが、こういう場所を「わざと」スタート地点に選んだサラリーマン風の男に腹が立ち始める。

「(くそう……あのサラリーマン野郎。確かに魔物の現状はこれで察しがついたけどもよ。いきなりこれはねーだろうが……)」

タロウは焼肉の匂いが立ち込める場所から去るべく中年の農奴に礼を言う。

「長々と話を聞かせてくれてありがとうございました。それじゃ俺はこの辺で」

「おう! 気をつけてな魔物殺しの兄ちゃん!」

軽く会釈してタロウはその場を早足で離れた。
農奴から離れた所でひとり愚痴る。

「――あんのサラリーマン野郎っ!! とんでもない世界に放り込みやがって!!」

タロウが現状を見る限りでは、この異世界において人間と魔物の間に明確な言語による意思疎通は行われていない。
この異世界におけるタロウのチート能力のひとつ「魔物言語」による魔物達との会話とは、元の世界で言うなれば「家畜」達と会話できるようなものかもしれない。

元の世界で牛や豚や鶏などの家畜と会話ができて、しかも彼等に「知能」まで有ると知ってしまえば、もはや殺すことなどできなくなるだろう。
もちろん「食べる」ことなどもってのほかだ。

タロウは思う。
元の世界で「家畜」側に立つ人間がいたとしたら、多少は「慈悲深いね」と思う人もいるだろうが、基本は「変な人だね」と思う人の方が多いと思われる。

この異世界においても魔物を大事にすれば「変人」扱いされる可能性は大である。
魔物娘とウハウハしたいなーと軽く考えていタロウには悩ましい問題であった。

「でも、もう少し各国の魔物に対する立場を知らないと今の状態では何とも言えないな……」

タロウはため息混じりに青空を見上げる。

「しかし、俺みたいなしょぼい人間に一体何をさせたいんだあのサラリーマンは。まさかこの異世界の全ての魔物達を救ってやってくれとかいうんじゃないだろーな……。俺のしょっぱい徳ポイントで得られるチート能力でそんな大それた事が出来るわけないじゃないか。そんなにこの異世界をどうにかしたいならもっと良い人材を送り込むべきだよ。俺は無謀な事はしないからな。自分が楽しむのを第一にさせてもらうよ。そもそも俺は自堕落な人間なんだからさ」

タロウはサラリーマン風の男に届くかなと思いながら果てしない青空に向かって語りかける。

「……そういや、あのミノタウロスに手も合わせてやれなかったな」

タロウはその場でくるりと反転するとミノタウロスが倒れた方向に向かって合掌する。

「とにもかくにも何もできなくて悪かったな。どうか安らかに眠ってくれ。天よ神仏よ。どうか彼を今よりもマシな世界に生まれさせてやって下さい」

タロウは無残に殺されたミノタウロスの為に心から祈りを捧げると、またくるりと反転して、あてもない道を歩き出すのだった。
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