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第1章 

7:ゴブリン来ちゃって背中の傷が守りたいもの守るのさ。

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ギルドにゴブリン襲来の一報が伝えられたのが午後のことだった。
ベルカイムより南南西にあるスタヴロウ平野の先、鬱蒼とした森が広がるゲレロ樹海から数百のゴブリンが群れを成してこちらを目指している。
ゴブリンは知恵のある生き物ではないが繁殖力が強く、獰猛だ。動くものなら何でも狩り食ってしまい、女は捕まえて犯すのだとか。ウエェ。それがその種族の生き方だとしても襲ってくるのなら自衛しないとならない。

ゴブリンの襲来は定期的にあり、一定の数を増やすと食うものに困りベルカイムを狙うのだ。学習能力無いな。自給自足すりゃいいのに。
俺といえばゴブリン襲来と聞いてわくわくしてしまったのは秘密。だってゴブリンなんてゲームや物語の定番だぞ?そりゃお目にかかってみたいと思うじゃないか。

「ランクDから上で連絡がつくものには即時連絡、北詰所に集合させろ!技能(スキル)があるものは片っ端から招集、治癒術士と治癒医師も手が空いているものは連れて来い!」

俺の頭ふたつぶんデカい身体の巨人(タイタン)族。大声で指揮を執っている男は『エウロパ』のギルドマスター、ロドルだ。本人も元ランクA冒険者であり、剛戦士(アイアンウォリアー)。

「マスター、ブラウとモナハンはオブレストに行っているそうです」
「時期が悪いな。ランクAは他に居ないのか?」
「ランクBなら…モトゥーラ、ヘイリス、レイモン、ええと…ああ、ランクAのクレイストン!」
「栄誉の竜王か!直ぐに声をかけろ!」

慌ただしくなるギルドの一角で俺は完全に置いてけぼり状態。そりゃそうだ。素材採取を専門としているランクF冒険者なんて見向きもされないだろう。
さて、忙しい皆さんには悪いが俺はこれから屋台で買い食いを。

「タケルさんも来てください!」

わーお。


++++


どうしてこうなった?

「前線はここと、ここ。スタヴロウ平野の北と東。ゴブリンは真っすぐにここ、カルバ倒木を目指すだろう。お前らは絶対にザルウェス川を越えさせるな」
「王都から援軍は来るのか?」
「来たとしても早くて四日後だ。頼りには出来ねぇ」
「竜騎士(ドラゴンナイト)は寄越すんだろうな」
「アイツらが来ると思うか?ギラギラした鎧の手入れに夢中な坊ちゃん連中がよ」

ギルド建物内にある作戦本部。大きな会議室のような部屋の隅っこで俺は茫然としていた。熊獣人であるウェイドに来てくれと頼まれ、何故かこの部屋で作戦を聞いています。
ゴブリンの軍勢が約200に対し、ベルカイム警備網は100にも満たない。高ランク冒険者は遠方のクエストに向かっており、帰ってくるものは早くても3日後。領主も不在で警備の手が足りない。
ゴブリンが襲ってくることがわかっていれば対処の仕方もあるのだろうが、国が予算を回してくれないのだとか。ベルカイムを治める領主もこのことで常に頭を痛めている。

「俺たちの町だ!俺たちが守らなくてどうする!」
「そうだそうだ!情けないツラしてんじゃねぇぞ!」

腕に覚えのある者たちは今すぐにでも戦いたくてうずうずしているようだ。
で、何故に平和主義者の俺が片隅でハニワ顔しているのかといえば、猫の手も使えばいいじゃんという状況だからだ。要するに人手不足。ベルカイムの外に出て素材採取をしている俺ならばモンスター討伐の経験もあるだろうということで、駆り出されたわけだ。

「討伐対象はあくまでもゴブリンだからな。一体につき800レイブ、ものによっては銀貨1枚出るぞ!」
「「「「うおおおお!!!」」」」

熱いなあ。
完全に体育会系だな。
どっちかといえば文系の俺には付いていけないノリ。
汗臭いむさ苦しい男たちが更に熱気を溢れだす。やる気があるのは大変宜しいことなのだが、その熱さを押し付けてくるのは宜しくない。

「ランクFが調子に乗って邪魔するんじゃねぇぞ!」
「へへっ、びびって使い物にならねぇってオチだろ」
「ちげぇねえ!」

わっはっはっはっは。

言ってろ言ってろ。平和大好きな俺が目立つことするわけないじゃないですか。皆さんのお株を奪うような真似はしませんよ。俺は最低ランクですからね。出しゃばらず、目立たず、影になって闇に紛れて…。

「おう、おめぇだな、グリットが絶賛していた素材採取専門家、ってぇいうのは」

隅っこででかい身体を小さくしていたら、目の前に現れたるは巨人。でかい。超、でかい。威圧感はんぱないが、ボルさんに比べたら全く大したことが無かった。一度強烈な威圧を経験すると恐怖耐性力が働き、なんか睨まれてるとしか感じない。

「ふぅん…?」
「そんなじっとり見ないでくださいよ。俺が何か企んでいるって言うんですか?」
「いんや。俺はこれでも部下を信頼している。おめぇに何かハラがあるってんなら、ウェイドが知らせてくるはずだ。だが、おめぇには何の裏もねぇんだと」
「まあそうですねえ。何か画策するとか面倒ですから」

ケロリと答えてみせると巨人はガハハハと豪快に笑い出した。頭をボンボンと叩かれビーが驚いて威嚇している。

「面白ぇ!俺の威圧にビビらず呑気なツラしてるヤツぁ、おめぇがはじめてだ。見た目と違ってすげぇ何かを持っていやがらぁ」

流石ギルドマスター。俺の隠しているものを見抜いているようだ。

「テメェの身くれぇテメェで守れんだろ?」
「はあ、まあ」
「テメェが守りてぇと思ったモンを守ればいい。前線で待っているから必ず来いよ。ミュゼリ、後は任せた。ディエゴ、オラルド、行くぞ」

巨人は力強い声と共に部屋を出て行ってしまった。


晴天。

雲一つない青い青い空に、首が異様に長い鳥がギョェェ叫びながら飛んでいる。
北西のゆるやかな風に混じりドブの臭いが鼻を掠めた。なんだこの臭い。せっかくの春の陽気が台無しじゃないか。


「クレイはもっと前のほうに居るのかと思いました」

ここは傷ついたものを治療するための待機場。戦場は数百メートル先にある。勇猛果敢そうなクレイストンは前線で活躍するべき人材ではないのだろうか。

「うむ…。いやな、古傷の所為で思うように身体が動かんのだ」
「何処か痛むんですか?」
「このな、背(せな)の中央を」
「肩甲骨ですね。すると神経かな」
「けん、こう?」
「ここにあるでっぱりの骨です。湯屋で見たんですけど、ここに深い切り傷がありましたよね。それが原因ですか?」

クレイストンの眼が鋭く光る。余計なことを言ってしまったかなと不安になったが、クレイストンは苦く微笑んだだけだ。

「背(せな)の傷は戦士の恥…とは言わぬのか?」
「え?何でですか?」
「……いや、敵から逃げるさいに負った傷だと思うだろう」
「誰かを守る時にも出来る傷ですよね?」

確かに敵を前にして逃亡したとしたら切りつけられるのは背中だ。故に、背中の傷は恥だと言われている。だけど俺には恥だと思えない。いいじゃないか、逃げたって。強敵相手に逃げることの何が恥になるのだろう。情けないとかみっともないとか言ってられないだろう?死んだら全部おしまいなのに。

「クレイは戦いに敗れたかもしれないけど、生きている時点で勝っていますよ。生きていたら強敵に再挑戦できますし、また誰かを守れるんですから」
「………」
「恥なんて思ったら駄目です」

それにしても腹が減ったな。朝飯を食う前にここに連れて来られたから、腹がぐーすか鳴っている。鞄の中には屋台村で買い漁った焼肉やらホットドッグやらが大量にある。が、一人で食うわけにはいかないだろう。俺はそこまで空気読めない人じゃないですよ。

こうなったら簡単美味しい肉スープをご馳走するか。…クレイストンってどんだけ食うんだ?何人前あればいいんだ?
魔素水を飲んでいるビーを眺めながら俺も魔素水を一口。満足感は得られないが空腹は一先ず落ち着く。さてはてここに居るのは何人だ?最大で何人前作れるだろうか。

―――そんなことを考えている最中、空高らかに警笛が鳴り響いた。


「マスターの陣が破られた!軍勢がここまで来るぞ!」

うっへぇ。

200余りと言われていたゴブリンの軍勢はその倍近くあったらしく、あまりの数の多さに最前線のギルドマスターすら撃ち漏らしているのだとか。

個体としてはランクEに該当するゴブリンだが、数の多さと読めない動きで翻弄してくる厄介なモンスターでもある。

遠く聞こえてくる爆発音は攻撃魔法だろう。音が次第に近くなってくるのがわかる。両足に僅かに伝わる振動と、ビーのぴゅいぴゅいと知らせる警戒警報。
今更斥候の情報の甘さに嘆く暇は無い。猫の手でもあるランクF冒険者、所謂俺は面倒くさいと思いながらも腰を上げた。

この待機場は負傷者を受け入れるためだけの簡易テントだ。治癒術士と治癒医師、その助手とギルド職員といった非戦闘員しか居ない。そんな中に採取専門家である俺が何でいるんだか、と思いつつも負傷者の受け入れを手伝っていたりした。

そんな中報告された『ここにもゴブリン来ちゃうかも』宣言で大パニック。なんてことを大声で言いのけてくれたんだい斥候さん。

「タケル、俺は出る!」
「いやいや無理しないで下さいよ!」
「この身体壊れようとも、お主らは俺が守る!」
「壊れたら守れませんって!」

クレイストンは巨大な槍を手に、駆け出してしまった。人の話聞けよ。古傷が痛いって言ってたじゃないか。槍を手にするだけでも辛そうにしていたじゃないか。
高ランク冒険者のプライドっていうか矜持っていうか、すさまじいな。強いものが弱いものを守るのが当たり前、自然のことと考えられるんだ。強い、としか言えない。クレイストンは心すら強い。

そりゃ怖いよ。
普通にサラリーマンやってていきなり戦争に行って来い言われたら、お前馬鹿じゃねーの思うって。たとえ塀の外に獰猛なモンスターが蔓延っている世界だとしても、命が容易く消え去る世界だとしても、怖いものは怖い。

俺がこの場所で冷静にしていられるのは、恐怖耐性の恩恵だ。一度経験してしまったことに免疫が付き、早々に慣れてしまう異能(ギフト)の力。モンスター独特の気配とか空気感に慣れているってことだろうな。

頭の中で俺の持つ膨大な魔力が『これは大したこと無い』と言っている。


さて、あの熱い武士は何処行った?




身体に速度上昇(クイック)と軽量(リダクション)をかけ、ユグドラシルの杖を片手に爆走。平原を真っ直ぐ突き進み、ドブの臭いに混じって鉄の臭いがする煙に突進。足元に散乱する死体に目もくれず、盾(シールド)と両手両足に硬質(ハード)を展開。この鼻がもげそうな臭い、どうにかならないものか。

「ギガガァァ!!」

緑のぬるっとした身体の小鬼が棍棒をブン回してやってきた。ゴブリンっていうのはコイツか。なるほど恐ろしく臭い。

「ていや!」
「ギャアアア!」

突進してくる勢いのままにグーパンチを出したら頭がフッ飛んでしまった。やわこいな、ゴブリン。蟹のつもりで殴ったらトマトみたいな感触だった。脳髄が飛び散ってグロい。

「グゴゴ!」
「ギガギガ!」
「ギョガガ!」

数十体のゴブリンが何事か叫びあい、俺目掛けて突進。それ作戦?

「ピュイ!」
「何だ、お前も活躍したいのか?」
「ピュウ〜イ!」
「よし行け!」

ビーは小さな胸いっぱいに息を吸い込むと、燃え盛る炎を吐き出した。

「ギョアアアア!」
「グギャアア!」
「熱い熱い熱い熱い!!ちょ、回復(ヒール)!ハゲるハゲる!ビーこのやろう!」
「ピュイッ?」

俺の頭の上でそんな技繰り出すものだから、ゴブリンに混ざって俺まで悲鳴を上げてしまった。なんかもうかっこつかないな。

「ピュイイ…」
「戦う時はちょっと離れような?うん、お互いのためだ」
「ピュイ!」
「よっしゃ、大火傷の次はカチコチ攻撃!氷結針(アイスニードル)応用編そのいち!氷結槍(アイシクルランス)を展開!それいけ!」

炎に呻き苦しむゴブリンの軍勢は一気に氷漬けになり、ビーの超音波悲鳴(ドラゴファウスト)によって粉砕。腐ったお肉が焦げた臭いだけが残った。

残ったゴブリン達は一瞬怯むが、勢いは止まらない。まだまだ数にものを言わせて突進してくる。少しでも知能があるならここで一斉退避するよなあ。一瞬で同胞が焼けて氷になって粉砕したんだから。
視界の端に逃げ遅れたであろう冒険者数名。アイツらは。

「ヒイイ!!助けてくれええぇ!」
「こんなたくさんいるなんざ聞いてねぇ!詐欺だ!」

腰抜かしながら叫んでいる暇あったら全力で逃げればいいのにぃー。
ああ、腰が抜けているから叫ぶしか能が無いのかと一人納得し、遠距離盾(ロング・シールド)を展開。冒険者たちに向けられた大量の矢を弾き飛ばす。

「ピュイイイイィィ!」

ビーが風精霊に頼んで鎌鼬(エア・カッター)を発動。軍勢は見事に頭だけもげて倒れた。
戦闘はビーのほうが格好いい…。

「おっさん達大丈夫?漏らしていないだろうな」

腰が抜けた冒険者達に近づき、全身チェック。切り傷擦り傷打撲に打ち身はあるようだが、どれも重傷ではない。持っていた武器らしきものは破損し、使いものにならないようだ。

「ああ、助かったぜ…。もう駄目かと」
「個体は弱くても団体で来られると対処の仕様が無いだろう。もっと頭使えよ」
「うるせぇ!…お前、もしかしてギルドで見たランクF?!」
「ランクFに助けられましたねぇ」

よくある『偉そうなこと言ったくせに馬鹿にした相手に助けられるの図』を再現してしまい、顔のニヤニヤが止まらない。
だがしかし無謀な冒険者たちを説教している暇も無い。こんなとこで転がっていちゃ迷惑だから、救護テントまで退いてもらおう。

「あっちのほうに救護テントがあります。非戦闘員が多数待機していますので、おっさんたちが助けてやってくれませんか?」
「いや、だがな、俺たちの武器はこの通り…」
「修復(リペア)」

破損された部分がみるみるうちに元に戻る。長年愛用してきただろう斧は買いたて新品のようになってしまったが、これは急拵えってことで許して欲しい。

「どうなってんだこりゃあ…。アンタ一体何したんだ?」
「ここで今詳細に説明します?それとも空気読みます?」

こうしている間にもビーは警戒態勢、応戦をしてくれている。あんなちびっこ竜に戦わせて無駄口叩くなんて、冗談じゃない。
俺の睨みに気圧されたのか、おっさん達は顔色をサッと変えて立ち上がる。ただのブルッてるおっさんってわけではないようだ。

「すまなかった。この恩は必ず返す!」
「そんなのいらないんで生きてください」

金回り悪そうなヤツから何か貰おうなんて考えませんよ。何かの情報なら聞きたいけどな。

「道を開きますので一気に突っ走ってください」
「わかった!そうだ、アンタ名前は?!」


ランクF冒険者ですよ。




戦場に雷鳴が轟いた。


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