トップ>小説>素材採取家の異世界旅行記
9 / 102
第1章 

8:魔王降臨したら進化して討伐の報酬。

しおりを挟む


魔素水だけでは俺の腹の虫は騙されてくれなかった。
魔法を展開するたびに腹の虫はぐーすか抗議をはじめる。魔力の消費と空腹は別物だったらしい。

「終わったら!蟹を!食って!やる!」
「ピュイイイ!!」
「風呂に!入って!すっきり!して!」
「ピュウウウイイィ!」

俺は格闘技ファンでもないし武術の心得も無い。持久力はあったほうだがスポーツが好きだったわけでもない。何かと戦うなんて一切の経験が無い。
言ったろ?平和主義だって。だから必死なわけだ。

「くらえ空腹の鉄槌!」

鉄槌では無いがユグドラシルの杖でゴブリンを二匹同時に貫く。生き物を瞬時に殺してしまった罪悪感を抱きながら攻撃魔法を展開。可哀想などと言っていられない。
生き残るために殺さなければならないのなら、俺は罵られようとも殺して生き残ってやる。生きることに気高い誇りなんて要らない。美味い飯を食うために生きるのだ。

「ピュイッ」
「ん?…あのでかいの、クレイか?」
「ピュウイ」

ビーが示す先に青い鱗のリザードマンを発見。大きな槍を手に、軍勢をものともせずばっさばっさと斬り捨てている。
他の冒険者が戦っている姿を間近で見るのははじめてだ。なんていうかこう…凄いな。槍が身体の一部のように見える。あんなに巨大な槍を振り回して。そう、踊っているように見えるのだ。
だがやはり動きがおかしい。素人の俺の目にも明らかだ。背中の傷が相当痛むのか、時々膝がかくんと抜けている。

クレイはもっと強い戦士のはずだ。
どんな理由があるにしろ、今は戦力が必要。

「ビー!クレイに当たらないよう雷撃出来るか?」
「ピュイイ!」
「だからもっと離れて打てって!」

クレイが相手にしていた軍勢は雷撃で焼け焦げ、数を減らす。しかし無謀にも数で攻め続けるゴブリン軍団は、クレイ目掛けて棍棒を振り上げた。

「腹が減って気が立ってんだよコンチクショー!!」

鞄から取り出したモンブランクラブの巨大なハサミをブン回し、ゴブリン軍を怯ませる。そりゃそうだよな、こんなでかいハサミを武器にするヤツなんて居ないだろうからな。

「タケルか?何をしておるこんなところで!」
「ズタボロで何言ってんだよ。ここ、すげぇ痛むんだろ?」
「ぬ゛おおおおおっ?!」

肩甲骨を蹴ってやると、クレイはがくりと膝を落とす。

「何をするのだ!」
「聞くけどさ、その傷大事にしている?」
「は?!」
「思い出の傷だとか、その傷を見るたびに大切な誰かを思い出すとか、そういう消しちゃいけない傷だったりする?」
「そんなものあるものか!これは俺が愚かだった証!忌々しいだけだ!」
「だったら消してもいいよな」

やったことは無いが、本能で出来ると感じる。

「ボルさんお水貰います!」

鞄に手を突っ込み、でかい鍋に魔素水をたっぷりと取り出す。
青く美しい水は魔素の塊。魔素は力となり、糧となる。

「うおりゃー!」

バッシャーーーーン!

鍋の水をクレイの背中目掛けて一気にぶちまける。驚いたクレイに何をするのだと叫ばれる前にユグドラシルの杖を両手に構えた。

「回復(ヒール)上級編、えーとえーと、傷を治すんだから治癒だよな、治癒だから、えーと、うーーーーんと」
「ピュイ!」
「そうだ、完全治癒(リディフリアス)!」

浮かんだ術を最大限の力を込めて展開。魔素水が繋ぎとなって俺の魔力が更に威力を増す。魔力が一気に抜けていく感覚。巨大掃除機を思い出した。

「ぬおっ?おおおおおおっ!!」

無くなった肉と神経と皮膚を再生させ短時間で修復するのには痛みを伴う。治癒術は時間をかけてゆっくりと施す術らしいが、そんな余裕はありません。

クレイの背中の傷はみるみると修復し、うなじから尻尾にかけて立派な角がぼこぼこ生えてきた。
え。これでいいの?

「土壁(アースシールド)展開!邪魔すんなお前ら!」

空気を読めないゴブリン達を巨大な壁を作って一時黙らせる。

「ぐうううっ、ぐっ!」
「クレイ、クレイ、なあなあ、背中にツ、ツノ??生えてきたけどこれでいいわけ?」

角は尻尾にまで及び、絶対にそんなところにそんなもんなかっただろう、という突起物もぼこぼこ生えてきた。
やばい。何か絶対にやらかした気がする。

全体的にむちむちと大きくなっていくクレイにドン引きながら、ビーに魔素水補給。俺も疲労感を覚えながら魔素水を一気に飲んだ。

「ふっ…うぐ、ぐっ、何を、した、タケル!」
「背中の傷を治そうとしただけなんだ!すげぇ痛そうにしていたろ?だからそれが治ればもっと…元気良く…」

でかい。

ゆっくりと立ち上がったクレイは俺の頭みっつぶんくらい、でかくなっていた。
身長だけではなく、身体つきがいっそう引き締まり青い鱗が鉄みたいに光ってる。
明らかに何か違う生き物になったような。

「指先に力が戻ってくる…。何だこの感覚は」
「痛い?痛む?気持ち悪かったりする?吐く?!」
「力が漲ってくるようだ。まるで俺の若かりし頃の…いや違う、これは…!」

「ギョガアアアア!」

魔力が足りなかったのか、土壁を破ってきたゴブリン軍が押し寄せる。
先ず盾を作ってそれから石つぶて攻撃でもしてやろうかと考えていると、クレイがぶおんと右手を揮った。

たったそれだけだった。
たったそれだけで、風が刃となってゴブリン軍を切り裂いたのだ。

何したの?!

「始祖の血を感じる…」
「紫蘇の地?!」

そういや梅干食べたいな、と腹の虫を思い出した。


それからはクレイの無双パーリィだった。
言うなれば、怒れる竜って例えがピッタリ。青い竜が小石でも蹴散らすかのようにゴブリン軍を圧倒。興奮したビーがそれを援護し当たりは焼け野原。自重しろと言っても今は無理だと諦め、俺は火がこれ以上燃え広がらないように消火活動をちまちまと。

もうあのひとこそ魔王なんじゃないの、ってくらい強くなったクレイは戦いながら笑っていた。



涙を流しながら。



++++++


ベルカイムより南南西にあるスタヴロウ平野におけるゴブリン軍団との何度目かわからない攻防戦は無事に終結。何度目かカウントしておけよ。
通常ならば何週間もかけてゴブリンを退治して行くらしいのだが、今回の戦いは僅か2日で終わった。最短記録だそうだ。

冒険者達も頑張った。報酬のため、世のため人のため。何だかんだ言って俺も凄く頑張ったと思うんだ。鞄に保存していた蟹を3匹全部食べてしまうくらい、頑張った。

また何時攻撃してくるかわからない軍団にギルドマスターは予防策を提案。数を一気に減らした今こそ根城を叩いてしまおうと。それもっと早くやれば良かったんじゃね?と思ったが、毎度攻めてくる度に疲弊してしまってそんな余裕は持てなかったのだとか。
一人に付き銀貨4枚の報酬だがランクD以上の冒険者が対象だったので俺はパス。湯屋でさっぱりして、夕飯死ぬほど食って、飽きるまで寝た。

そして3日後。


「説明してもらおう」
「げっ」
「ピッ」

宿屋の俺の部屋。じゃじゃ馬なお姫様が気弱な王子様を救いに行くという斬新な物語を読んでいる最中、客が訪れた。
正直言って訪れて欲しくなかったが。

「クレイ………さん」
「嘘偽りなく、全て真実を話せ」

戦場で無双していた巨大な竜の姿ではなく、元のリザードマンサイズに戻ったクレイが威圧感たっぷりで迫る。
背中のごつごつとした角はそのままに、腕や足にあった古い傷は全て消えてしまっていた。

「俺に何をした」
「やっぱり傷を消したのがまずかった?」
「違う!忌々しい傷が消えたおかげで俺はかつての力を取り戻した!それだけではない、こうしているだけでも力が溢れそうになるのだ!」
「へえー」
「他人事のように聞いておるな!俺に何をしたと聞いておるのだ!!」

怖い怖い怖い!
恐竜顔で迫ってこないでほんと怖い!ラプトル怖い!

「魔素水ぶちまけてから完全治癒(リディフリアス)かけただけです」
「は?!」
「ですからね?えーと、ここに取り出しました青い水、こちらですね、魔素水と言います」
「魔素…水??」
「高濃度高純度の魔素の集合体らしいんだよ」
「はじめて聞いたぞ」
「古代竜(エンシェントドラゴン)のボル…ナントカさんの住処にあった水でさ、この鞄と直接繋がっているわけ」
「そのような貴重な水を…俺に、ぶち、ぶちまけた、と?」
「ボルさんに使いますって宣言した」
「古代竜(エンシェントドラゴン)の恩恵を受けし水を…」
「まだまだたっぷりあるから」
「そういう意味で言っているわけではない…」

頭を抱えてしまったクレイは、へなへなと力を失い床に座り込む。
俺は魔素水のこともボルさんのこともいまいちよくわかっていないから、クレイの驚きや怒りが理解できない。貴重な水っていうのはわかるが、超巨大なボルさんが潜ってその姿が見えなくなるほど深い地底湖にめいっぱいあったのだから、クレイにぶちまけるくらい大したことないかなと。

「その貴重なる古代竜(エンシェントドラゴン)の恩恵を受けし水を俺にかけた、と申したな」
「はい」
「何故かける必要がある」
「なんとなく?」
「〜〜〜貴様っ!」
「待て待て待て待てっ!魔、魔素水っていうのは魔力の源だから魔力が枯渇しそうだったクレイにぶちまければ皮膚吸収で少しは魔力が復活するかなと思って!」

そう。魔素水は皮膚から吸収することもできる。というか、魔素水が勝手にずるりと体内に入ってくる。最初にこれを発見した時、気味悪くて思わず叫んだ。
少しでも力を補おうと魔素水が勝手に頑張ってくれるのだ。おかげで俺は遠慮なく魔法を展開することが出来るのだけど。

「お前は治癒術も扱うのか」
「滅多に使わないけどな。あと、完全治癒(リディフリアス)が使えるってことは内緒にしておいてくれるか?」
「誰に言うか。もし知られたとしても誰も信じてはくれぬだろう。失われし古(いにしえ)の秘術など」
「別に失っちゃいないんだ。扱える術士が居なくなっただけで」
「どういうことだ」
「治癒術はある程度人体構造も知っておかなければならないんだ。身体がどう作られどう動いているのか認識して、それをどうやって治すのか考えないと」

家庭の医学並みの知識しかない俺だが、背中は神経が集中する大事な場所であることは知っている。脊椎とか脳に繋がる神経とか。そこを素人である俺がイジるのは少し怖かったが、意思の力でどうにかした。そう、魔法は意思の力も大いに反映する。

「何故お前はそのような知識があるのだ」
「別の宇宙から来たから」

クレイの珍しいポカン顔。殆ど無表情に見える恐竜顔だが、目がテンになっているのがわかる。

「なんて説明すればわかるかな。ええと、蘇りとか転生者とか、そういうのいるだろう?」
「魂が新しき肉体を得て生まれかわることか」
「そうそうそう、記憶とか性格とかそのままで、全く別の人になるんだよ」
「話は聞いたことがあるが、まさかお前は…」
「その転生者。俺、一回死んでこの身体で生まれ変わったんだ」
「俄かには信じられぬ…」
「だろうよ。俺だってこんな説明されたら頭狂ってると思う」
「だがお前は俺の傷を癒し、俺を…」
「ああ。竜人(ドラゴニュート)にした」

何の因果かわからないが、リザードマンのクレイストンは竜人(ドラゴニュート)に進化した。大量の魔素水と容赦ない俺の治癒術のせいなのかはわからないが、いやそれが絶対原因だろうけど、ともかくクレイは高位種に変貌を遂げた。

「俺は始祖である竜人(ドラゴニュート)の血を受け継いでいたのだ」
「紫蘇じゃなくて始まりとか言うそっちの始祖ね。その血が呼び起こされたのかもしれない」
「古代竜(エンシェントドラゴン)の恩恵か?!」
「きっとそうだ!」

わかんないけど。ごめん適当に言った。

遺伝子とかそのレベルの話になると、専門すぎてわからない。ゲームとかであるじゃないか。育てたモンスターが進化した、とかいう。そういう感覚だろ。

人間がレベルアップして高位職に転職出来るように、きっとリザードマンも種によって上位種である竜人(ドラゴニュート)に転職出来るんだよ。たぶん。

「まあ…慣れる。そのうち」
「無責任なことを言うな!」
「いやだって、もう傷を元に戻すとか出来ねーし!吸収した魔素水吐けないだろ!」
「うぐううう!」
「なんだよ、ちょっと興奮しないように気をつければいいだけじゃないか」
「感単に言うな!」
「怖い、顔面怖い!様子見よ!わかったから様子見よ!!」

その後俺は懇々とクレイに説教された。

考えなしに行動をするなとか、古代竜(エンシェントドラゴン)の存在がどれほど尊いのか、俺がどれだけ常識外れで桁外れなのか、もっと世間を知れ己を知れと。
お腹すいたから許してくださいと訴えても許してもらえず、夜が更けるまで説教は続いた。ビーも説教された。考えている以上にビーの力は強大らしく、少し控えろと。それから敵と味方の区別もはっきりつけろと。それは俺も同意した。

種族進化がどんなもんなのかわからないし、そういう文献は図書館に無かった気がする。クレイに関しては完全に俺の責任。なので暫くは様子を見て、あらぶっちゃうようなことがあれば魔素水ぶっかけて落ち着かせればいい。

「良いか!戦というものは常に死と隣り合わせの混沌たる場であり!決して後ろを振り向かず!ただ前を見、そして!弱き者を守る使命を帯びた!尊き場でもあり!」
「ピュー…」
「うへぇ…」



説教で完徹とか有り得ないんだけど。





「やっと捕まえたぞ」
「……ハイ」
「図体デカいくせにちょろちょろ逃げやがって」

別に逃げていませんよ。
逢いたくなかっただけで。

さて今朝の依頼はなんじゃろなとギルドに行ったらば、何故か受付カウンターに巨人が居ました。ギルドマスターってもっと偉い存在のはず。おいそれとギルド受付に顔なんか出さない存在。ここも人手不足なのか、そうか大変だなあ、さて回れ右して屋台で買い食いしよっと、と考えていたらとッ捕まった。

事務室に通されると熊男のウェイドが居た。
何故かテーブルの上に温かなお茶が用意され、ニコニコ顔で出迎えている。その笑顔が凄くイヤです。

「まあ、座れや」
「はあ」

促されるままに椅子に座ると、正面にギルドマスターが座り、その横にウェイドが立った。

「テメェ、何モンだ」
「何者だったらいいですか?」
「ハァ?」
「うーん、俺としては本当にただのランクF冒険者なんですよ。素材採取が得意なだけの」
「馬鹿ぬかすんじゃねぇよ」
「魔力は強いかもしれませんね」

嘘はついていない。一言も。
この場にウェイドを同席させたのはその目で俺を確かめるためだろう。
いくら見たとしても俺の本質は絶対に見抜けない。ウェイドに俺以上の魔力があるのなら話は別になるが、古代竜(エンシェントドラゴン)のボルさんくらいないと俺の真のステータスは見ることが出来ない。

「ウェイド」
「………駄目です。いくら見ても青としかわかりません。彼に悪意は一切ありません。嘘もついていません」
「隠していることはありますよ」
「それでも我々に危害を及ぼすようなことではないだろう?」
「面倒なことはしませんね」

誰かを騙すのも陥れるのも、後が面倒じゃないか。
追うのも追われるのも面倒だし、自分の生活が脅かされる状況になるのが一番迷惑だ。

「まあいいさ。テメェが何者であってどんな企みがあっても構わねぇ。テメェには恩義が出来た。でけぇ恩義だ。ベルカイムの町を救った功労者は、間違いなくテメェとクレイストンだからな」
「なんか貰えるんですか?」
「何がいい」
「モンブランクラブの生息地を教えてください」
「はあ?」
「俺、あの蟹肉が好物なんですよ」
「……ふん、ブフッ、フッ、ふふふふふ、あははははは!!」

一瞬の間のあと、ギルドマスターは大笑いした。
いや、笑うかもしれないが俺にとっては何より大事なことだ。蟹を食べ尽くしてしまって今は在庫が無い状態なんだからな。ビーだってあの可憐な目で蟹は無いの?とウルウルしてくるんだ。辛いぞ。

「ああ、わかった、わかった。俺が責任を持ってテメェに情報をくれてやる」
「ふふっ、アンタは本当にモンブランクラブの肉が好きなんだな」

ギルドマスターとウェイドは声を上げて笑った。
変わっているって言うんだろ?むしろ変わっているから食っているという認識でいい。あの美味い蟹が乱獲されたら困る。

「テメェにあれこれ追及しねぇのも報酬の1つにしてやるわ」
「それはありがたいです」
「ランクアップはどうする。テメェの実力ならFで燻らせておくのは勿体ねぇ」
「とうぶんFのままでお願いします」
「いいのか?それで。ランクアップすりゃ報酬も上がるってぇのに」

報酬の話を俺にするのか?
今でさえランクFとは思えないほどの報酬を手にし、中堅宿に連日宿泊し、毎日湯屋に通っている俺に。

「俺は現状に満足しているんです。今の生活すら贅沢だと思っていますから」
「ああ…まあ、だろうなあ」

ゴブリン討伐の報酬もイロを付けてもらったのだ。おかげで貯金は1千万を超え、今なら庭付き一軒家を余裕で買えるほどの財を成している。家や土地を買うつもりはないが、懐に余裕が出来ると心にもゆとりが持てるものだ。

暫く遊んで暮らせるだけの財は出来た。しかし、この街には娯楽施設がほぼない。道端で賭け事をしている光景も目にするが、いかんせん俺は賭け事が嫌いだ。ただでさえ今は魔法の恩恵でラクをして暮らしているのだ。これ以上ラクな道を選んだら危険だと、前世の俺が叫びます。


元日本人、ワーカホリック気味で勤勉。



それを貧乏性と呼ぶのだ。


しおりを挟む