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第2章

9:偏屈親方と新たなる依頼でドワーフの国へ行く。

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ランクアップの話は保留となった。

本人が望まない限りギルドが無理強いをすることは無く、あくまでも自主性に任せると。と、言ったギルドマスターの顔が不機嫌に歪んでいたのは言うまでも無い。

結局この日は依頼を受けられずにギルドを後にした。

広いベルカイム、素材採取を専門としている冒険者は俺だけではない。朝一番に受注しないと昼前には依頼書はほぼ無くなってしまう。上位ランクの依頼書はいくつか残っているが、俺は最低ランクのF。ランク上の依頼は受けることが出来ない。だが、上位ランク者は二つ下のランクまで依頼を受けることが出来る。こういうところで最低ランクのもどかしさを感じるが、今は明日食うに困るほど切迫しているわけではない。

「ピューイ」
「ん?今日は町の外に出ないぞ。前から行ってみたかったところに行くつもりだ」
「ピュイ?」

ビーは愛くるしい目を瞬かせ、何処に行くのと聞いてくる。

「町の東部分は商業区と言ってな、別名が職人街とも呼ばれているんだと」

ベルカイムで売られている全ての加工品はこの商業区で作られている。庶民の生活必需品、調理器具や衣服、畑仕事の道具に至るまで全てこの地区で作られているのだ。
しかもその職人の多くがかの有名なドワーフ族!手先が器用な彼ら種族が携わる武具や器具は庶民の強い味方だ。頑固な種族らしく、己が納得できるまでその腕をふるい、たとえ裁縫の針一本でも手を抜くことはしない。

そんなドワーフ族が作る採取用の鋏が欲しいのだ。
今使っている採取用の鋏はジェロムの店で購入した裁縫用の鋏。俺の手はデカいから一般的な採取用鋏は小さくて使えない。仕方なく裁縫用の鋏で代用しているのだが、これがまた切れにくく壊れやすくて使いづらい。
ナイフでなく鋏を利用しているのは、ナイフの使い方がヘタクソだからです。

「親方ぁー!発注してた針金が届きやしたぜー!」
「おおよー!そこらへん置いとけやー!」
「バッキャロー!火の加減が甘ぇんだよ!こんなんじゃナマクラになっちまわあ!」
「すいませーん!先日注文した大鍋はできましたかー!」

商業区に入った途端、あちこちから大声、罵声、怒声が飛び交う。声に負けじと方々でトンテンカンテン音が響き、狭い路地を行きかう者たちはその熱気に押されるように足早に過ぎ去る。
小柄だが身体は大柄なドワーフ族は殆どが男性であり、女性はドワーフ族の郷から滅多に出てこないらしい。野郎だらけの出稼ぎでむさくるしいが、一説によるとドワーフ族の女性も歳を重ねればヒゲもじゃになるとかなんとか。ないわー。
実はあのむさくるしい軍団の中に女性も混じっているのかもしれないと思いつつ、軒先に並んだ武具を見る。

「ピュイィ…」
「ああ、見事なものだな」
「兄さん、何か気になるものでもあったかい?」

店の中から猫耳の若い女性が出てきた。大胆に胸が開いた袖の膨らんだシャツに、皮のズボン姿の可愛い女性。こう、むちっとしたぷりっとした二つの膨らみが強調されるようなデザインのドレスは大変素晴らしい。とても素晴らしい。
おおっと視線を泳がせなければ。

「採取用の鋏は取り扱っていますか?」
「はさみぃ?ここにゃ置いてないよ。そういう生活用品はもっと向こう、5軒隣の店」

ぶっきらぼうだがきちんと説明してくれるところが可愛い。俺が剣士ならばこの店を贔屓したのに。

「そんなでっかいナリして鋏を欲しがるなんてねぇ。……あっ!アンタ、もしかして、最近この町に来た素材採取を専門にしている冒険者?」
「最近この町に来た素材採取を専門にしている冒険者が何人も居るなら、俺じゃないかもしれない」
「ちょっと、ちょっと待ってておくれよ!ね?いいだろ!」
「まあ…」
「おやかた!親方ぁーーーっ!!」

猫耳のお嬢さんは店の中にバタバタと駆け足で入っていく。ガチャンとかドサンとかいう音と共に、


「なぁに暴れてやがんだーー!」


という強烈な怒声。鼓膜がビリビリと響くほどの声に、向かいの店のオッサンや通りを行き交うドワーフらが慣れた顔で両耳を塞いでいる。

「親方!リンが言っていた素材採取の専門家、今店の前に来てるんだ!」
「あぁ?だからどうした」
「親方が欲しがっている鉱石が手に入るかもしれないだろ!リュハイ鉱山のイルドラ石!」
「何言ってやがらあ!採取を生業にしているヤツなんざ、あんな場所行けるわけねぇだろうが!」
「だけどベルカイムで一番人気のヤツなんだよ?ムンスのリベルアが注文したルファサ草、親方だってすげぇって驚いてたじゃないか!」

ちなみにこのやり取り、大声同士なので回り近所に筒抜けである。
俺に何かを採取してきてもらいたいらしいが、親方と呼ばれているドスのある大声の持ち主が反対していると。ムンスのリベルアっていうのは先日指名依頼してきた薬種問屋の薬師のことだな。報酬を弾んでくれるというから張り切って採取したのを覚えている。

「駄目モトで頼んでみればいいじゃないか!」
「それでソイツが死んじまったらどうすんだよ!」
「頼むだけでもいいだろ!」

オイオイ物騒な話になってきたな。
死ぬかもしれない頼みごとって何だよ。俺は採取に命までは懸けませんよ?

怒鳴り合いが落ち着いて暫くすると猫耳のお嬢さんがゆっくりと出てきた。尻尾の毛が膨らんでいるのがたまらん。

「悪い、待たせて」
「いや?話は聞かせてもらったから」
「……ほんとすまない」

アタシも親方も声がデカいから、とお嬢さんは頭を下げた。声がデカいどころじゃなく、オペラ歌手にも勝てるんじゃないかって声量だったがな。

「だけど親方は説得したから!良ければ中で話を聞いてくれ」
「採取の依頼?」
「ああ。困っているんだよ、本当に。初対面でムシのいい話だと思っているが、こっちも余裕が無いんだ」
「話だけでも聞こうか」

格好つけてしまうのは男の性質さがなんだよ。


がちーんがちーんがちーん
じゅわわわわわ…
ごうごう…ごうごう…
がががががががが


なるほどさっきの大声のやり取りはこういうわけか。

店内に入って直ぐに聞こえてきたけたたましい音に目を細める。
鍛冶場というのはこうも様々な音が大音量で響いているものかと感心しつつ歩みを進めた。ビーは驚いてローブの下に隠れてしまった。

「親方、入るよ」

扉をノックしてから返答を待たずに部屋に入る。6畳ほどの部屋に応接セットのようなものがあり、上座に貫禄ある老齢のドワーフが座っていた。顔面ヒゲもじゃで、何処が口で何処が鼻なのかわからない。

部屋の扉を閉めるとけたたましい喧騒が僅かに治まった。それでも怒鳴りあうような声は聞こえてくる。

「アンタが素材採取の専門家かい」

低くしゃがれた声で俺をギロリと睨む。なんで初対面で好戦的なわけ。

「親方、こっちが頭を下げる立場だってのに、何威嚇してんだよ」
「うるせぇな!話をして、それから本質ってぇのを見極めてからだな…」
「悪徳業者にコロッと騙される親方が何言ってんだ」
「んがっ!ぐっ、黙れ!」

この親方にしてこの弟子あり、といったところか。似たもの同士同族嫌悪もあるだろうが、なかなか良いコンビじゃないか。
ところでお客さんにお茶とか出してくれないの?

「単刀直入に言わせて貰う!アンタに仕事を頼みたい!」

猫耳さんが頭を勢い良く下げる。

「待てリブ!俺はコイツに頼むなんざひとっことも」
「うっさいわ!こっちが選べる立場だとでも思ってんのかよ!納期が迫ってんのにあれこれ難癖つけてなかなか造ろうとしない親方の責任でもあるんだからな!」
「バッキャローめが!ハンパな材料で一流のモンが作れると思ってんのか!」
「工房のモンが明日の飯すら食うに困る状況でも同じこと言うのかい!」
「うっぐううううううう!!」

ああ…そば茶うめぇ。
市場で購入したナントカというお茶っ葉。これがそば茶の味がしてとても美味い。ビーは苦手らしく匂いすら嗅ごうとしないが、珈琲よりも緑茶と紅茶派の俺としては気に入っている。
ちなみに珈琲はこの世界にもある。ラガーもあればエールもある。味は大味。

鞄から大きさの違うカップを3つ取り出し、1つにビー用の魔素水を汲み、残りにそば茶を注ぐ。向かいのぎゃんぎゃんとした口論を無視して飲み続ける。うめぇ。

「親方が妥協したくない気持ちはわかるさ!アタシだって悔しい!思うような素材で一級品を作ってもらいたいさ!だけど現状を見てくれよ、借金しか増えてないんだよ!」
「てめぇ、俺に魂を捨てろって言うのか!」

ああうんなんか把握した。
フラグ立ったどころじゃない。完全に面倒な話だこれ。

「タケル、アンタはリュハイ鉱山に行ったことがあるかい?」
「いや、聞いたこともないな」
「ドワーフ族の国が管理している鉱山なんだが、そこにしかない特別なイルドラ石という鉱石がある。イルドラ石は魔鉱石に類似する、鉱石の中ではミスリルよりも硬くて鉄より加工しやすい特別な石なんだ」

うん?魔鉱石って言ったな。

「だが最近リュハイ鉱山でイルドラ石が採掘されにくくなったんだ。理由はわからない。ドワーフ族も収入源が減少して困っているし、アタシら鍛冶場のヤツらもイルドラ石ほど使い勝手のいい石が無くて…正直どうすればいいのか…」
「聞いてもいいか?硬いのに加工しやすいってどういうことだ?」
「ああ、ドワーフは鉄でも銀でも加工のさいに魔力を込めるんだ。イルドラ石はその魔力によく反応してくれる石で、魔力を込めればどれだけ硬い石でも思うような形になってくれる。魔鉱石ほどの力は無いけどな」
「熟練の技が必要だ。一朝一夕で出来るモンじゃねぇぞ」
「わかってるよそのくらい。リュハイ鉱山で何が起こったのかは、ドワーフのゾロワディーン王も原因不明だって」

ドワーフの国か…。
鉱山っていうのも見たことがないな。
頭の中では面倒な案件だとわかっているのに、それを上回る好奇心が出てきた。ゲームや映画の世界で観たドワーフ族の国。どんな光景なのか観てみたい気がする。女性はほんとにヒゲもじゃなんですか。

「頼む。他の依頼者にはすまないと思うが、こっちは工房の、いや、ベルカイムの鍛冶場連中皆が困っているんだ。きっとベルカイムだけじゃない。他の街の鍛冶場だって、そうだ、冒険者だって困ることになる!」
「イルドラ石っていうのは、そんなに貴重な石なのか?」

そば茶のお代わりを注ぐ。自作の魔道具(マジックアイテム)である保温水筒から湯気のたつ茶が出るのを間近に見、爺さんは目を丸くしていた。
ふふん、これは自信作なんですよ。その名も魔法瓶。まんまです。

「鉄鉱石くらいの値段だ。それなのにミスリル鉱石と同じくらい、加工の仕方によってはそれよりも丈夫になる石だよ。ミスリルほど稀少でもないから値段もそれほど高くない。貴族連中はあくまでもミスリルに拘るが、冒険者なんかはイルドラ石の入った鉄剣を好む」

天然ダイヤとジルコンみたいなもんか?
つまりが、庶民の味方である鉱石が手に入りにくくなっていると。

「二月後までに剣を造らなきゃならないんだよ。王都で職人の技を競う品評会があるんだ。親方は毎年その大会に出品している。いっつも上位入選で、二年前の大会では優秀賞を取ったんだ!」
「へえ」

その大会がどれほど凄いのかはわからないが、曲がりなりにも国王の膝元で開催される大会となれば、権威があるのだろう。
ベルカイムやトルミのあるグラン・リオ大陸の半分以上を占めるアルツェリオ王国には他にも賑やかな街はたくさんある。無論腕自慢の鍛冶職人など星の数ほど居る。そんな中で優秀賞と言えば、それなりに名のある職人だということだ。

「リュハイ鉱山に行ってイルドラ石を手に入れて欲しい!アタシが行きたいんだが、アタシには採取の知識も無ければ腕も無い。おまけに冒険者じゃなけりゃ鉱山に入ることも出来ない」
「ドワーフ族が管理している鉱山なんだろ?勝手なことをしたら怒られるんじゃないか?」
「そこは親方が紹介状でも書くさ!」

だろ?と爺さんに嬉々として伺うが、爺さんは顔を顰めたままだった。だがそば茶は飲み干している。カップを持ったまま…まさかお代わり強請ってるのか。

「親方サンは納得していないようだな」
「親方!!」

爺さんが手にしたままのカップにそば茶を注ぐ。温かなままの茶が出る水筒をしげしげと見つめる爺さんに、無言で水筒を手渡した。爺さんはそれを手にしながら茶を飲み、俺を睨む。なんで睨むんだよ。

「リブ、てめぇはただ頼むだけの立場だから簡単に言えるんだ。わかってんのか?リュハイがただの鉱山じゃねぇってことを」
「それは!…だってタケルは冒険者だろ?」
「ランクFの素材採取野郎に馬鹿なこと頼んでんじゃねぇ。おめぇ、どうすんだ?コイツが鉱山で死んだら。依頼待ちがなげぇほど人気なんだろ?そんなヤツを殺したとなったら」
「でも…だけど…」
「俺はいいんだ。恨まれようと憎まれようとかまやしない。だがな、コイツはまだわけぇじゃねぇか。しかも冒険者成り立て。常識的に考えて、そんなヤツをむざむざ殺したくねぇ」

冒険者なんて履いて捨てるほど居る。それこそ毎日何処かで命を落としている。名前の売れていないCランクより下の冒険者なんてある意味で使い捨てのようなものだ。その最底辺に俺は居る。
だがそんな俺の命さえ考えてくれているとは。

「……親方ぁ」
「ありがとうよ、リブ。おめぇは俺だけじゃなく鍛冶職人皆のことを考えてくれた。てめぇの生活のことしか考えてねぇヤツらの中でおめぇは貴重なヤツだ」
「アタシ、悔しいよ!親方の腕は天下一品だ!材料さえあれば、イルドラ石さえあれば!うええぇぇ…」
「無ぇもんは無ぇなりに考えればいいだけだ」

師弟愛の再確認はともかく、なんで俺が確実に死ぬ方向で話を持っていくんだ。
そりゃ最底辺ランク冒険者だが、実力も知らないで勝手なことばかり言いやがって。膨大らしい魔力が無ければ俺はただのデカいだけの男だ。全ては便利な魔法と力強い相棒のおかげ。わかっているから日々その力に感謝することを忘れない。

「ピュイ…」

ビーがどうするの?と聞いてくる。
そうだな。
余計なことに関われば後々更なる面倒ごとが生まれる。ゴブリン討伐がそのいい例だ。

だけどな、使える力を使わないで知らんふりする真似が出来るほど、俺は冷血漢じゃない。この世界で生き続ける限り、俺は何かしらこの世界と関わらなければならない。

それに、ベルカイムを少しの間離れられるいい口実になる。
ギルドマスターの緘口令のおかげで冒険者らは俺に色々と追及するのを禁止された。だがしかし、そんなのに素直に従うヤツが冒険者にいる訳がない。無法者の荒くれ連中がああそうなんですね、わかりましたと納得するか?事実、ギルドを出た途端に質問攻めしてくるヤツだって居たのだ。

それだけのことをしたという自覚はあるが、いちいち対応するのが面倒くさくてたまらん。

「なあ爺さん、リブさん、例えばの話をするぞ」
「ぐすっ…、な、なんだい?」
「例えば、俺がそのリュハイ鉱山に行ってイルドラ石を採取できたとする」
「…ああ。だけどその鉱山にはモンスターがたくさんいて」
「アンタらが満足いくような石を採取できたとして、俺にどういった報酬をよこすんだ?金は無いんだろ?」

借金しているヤツらに更なる借金は見込めない。

「言っておくが俺は現金報酬は望んでいない。金に困っていないからな。そんな俺にどういった報酬を考える」

猫耳さんと爺さんは顔を見合わせしばし黙る。
そしてアッと思いつくと。

「アンタが望む剣を打つ!」
「俺はこの通り帯剣していないぞ」
「槍はどうだ!」
「いらん」
「短剣?」
「近い。俺は素材採取を、専門に、仕事を、しています」

指先でチョキチョキとしてみせると猫耳さんが笑った。

「鋏だ!アンタさっき、素材採取用の鋏を探していただろ!」
「そうだ。だが、生活用品に過ぎないただの鋏じゃないぞ?恐ろしく切れやすく、それでいて頑丈で、さびにくく、手入れしなくても切れ味を保てるような、俺のデカい手でも扱いやすい特別な鋏だ」
「例えばの話なんだな?」
「ああそうだ。例えば、だ。指名依頼はギルドを通せば俺の冒険者としての経験値に加算されるが、そもそも俺は上位ランクを目指していない」

ギルドを通さなければ依頼を受けてやる。俺の望む鋏を作ってくれるのならば。
説明せずとも爺さんには理解できたのだろう。だが決め手に欠けるようで、まだ迷っている。
鋏の為にあと一押し。

「モンブランクラブって知っているか?」
「そりゃ、ゲテモノモンスターの上位に居るから」
「そいつのランクは?」
「確かCだったはず。だが、Bランク冒険者でもアイツの外装は硬くてなかなか倒せないって」

何故そんな話を?と爺さんが聞いてくる前に、鞄からモンブランクラブの巨大な鋏を取り出してやった。
でかい俺が手にしても尚でかい凶悪な蟹鋏。

二人が仰天して立ち上がるのと同時に。

「俺はコイツが倒せる」

武具専門の名のある鍛冶職人に生活用品である鋏を作らせるんだ。
職人としてのプライドなんかもあるだろう。今更鋏なんて作ってられっかと怒鳴られることを覚悟した。

だが爺さんは腹を抱えて笑い、力強く承諾してくれた。


++++


「ピュイイィ!」
「そうだなーいい天気だなー」

ベルカイムの北西。
ドルト街道をひたすら直進。1日ほど進んでエブイラ村を右折。正面に山が見えてきたらそれがリュハイ山脈。後は山を目指して森とキュリチ大河を越えればグラン・リオ・ドワーフ族の住む鋼鉄都市ヴォズラオ。片道6日の行程だ。

エブイラ村に着いたのが夜半過ぎ。トルミ村よりも規模が大きいエブイラ村には宿が2箇所あった。雑魚寝だが格安の宿と、そこそこの個室がある宿。迷わず個室の宿を選ぶ。
とうぶん風呂に入れないことを嘆きつつ全身に清潔(クリーン)を展開。
ウカレすぎて滑空した挙句、堆肥場に顔から突っ込んだビーは宿の裏にある井戸で念入りに磨いてやった上で清潔(クリーン)を叩き込む。
ああ、風呂に入りたい。

翌日、窮屈なベッドから起き出して朝食を済ませる。トルミ村のガッツリとした朝食が懐かしいなと思いつつも一人分ではとうてい足らず、二人分の朝食を胃袋に納めた。

宿の人に案内されて来た先は、冒険者用に馬を貸したり売ったりしている店だった。
馬、と言っても多種多様の動物を扱っている。荷物や人を運搬できる動物を総じて馬と呼んでいるらしい。狼のような生き物、虎のような生き物、巨大な鷲なんかも居る。

空想上にしか存在しなかった動物達が目の前にいて、興奮しないわけがない。かっこいいな!

「ピュピュ」
「ああそうだな。お前と相性のいい馬にしよう」

レンタルでもいいのだろうが、ドワーフの国に行った後この村に寄ってからベルカイムに戻るつもりは無かった。どうせなら別ルートで他の都市を見て回りたいからだ。
わざわざ返しに来るのは面倒だったし、買ったほうが安上がりになる。

「話が違うじゃろう!」

小屋の奥から突然の怒声。鍛冶場の連中の声のほうが勝つだろうな、なんて苦く笑いつつ奥を覗き見ると。

「わたしは純白の天馬を所望したのじゃ!これは白い大鴉ではないか!」
「天馬ぁ?お客さん、そりゃ無理な注文ってもんだ。こーんな田舎で天馬なんか扱っているわけがねぇわ」
「いいや、確かに白き天を舞う馬と!」
「馬っていっちゃーここらへん全部馬って呼んでいるぜ?天を舞う馬なら大白鷲も大白鴉もみーんな馬さあ」

おお?
あの特徴的な耳、すらっとした背。
フードに隠れて顔はよく見えないが、怒鳴っているのはエルフじゃないですか。こんな田舎…と言っちゃ失礼だが、田舎の村に珍しい。

「うぬうう…。ならば頼んだものが悪かったのじゃな。すまぬ!」
「いやいやいやいや、確認しなかったヤツも悪かったんでさ!頭あげておくれよ!」
「じゃがしかし、わたしは白き天馬が必要なのじゃ!他に扱っているところはないのか?」
「うーん、ベルカイムでも天馬は稀だからなあ。……ああそうだ、ヴォズラオだったらあるんじゃないか?あすこらへんは天馬の産地でもあるし」
「ヴォズラオ…ドワーフの国じゃな」

高圧的だが礼儀は弁えているようで、エルフは再度深く頭を下げると小屋を出て行った。颯爽と歩く姿は格好いいな。

なるほど、ドワーフの国は天馬の産地でもあるのか…。
これはいい話を聞いた。いやしかし、天馬を買うとは決めていない。なんせ空を飛ぶのは少々トラウマ的なあのアレがあるからして。

どうしても馬が無いと困るというわけでもない。気長に探すとするか。


++++


「探査(サーチ)」

依頼の品を意識して魔法を展開。ついでにランクCから良質なものも意識すると光の瞬きは一気に数を減らす。もう魔法の調整もお手の物だ。

「ピュ?」
「ああ、これで依頼分の採取は終わった。後は野草とキノコ類も採れるだけ採っていこう」
「ピュイ、ピュイィ」
「んー、蟹は無いんだよ残念ながら。ここらへんは生息地帯じゃないんだ」
「ピュイ!」
「そうだな。次に遭遇したらまとめて10匹くらい倒したいな」

モンブランクラブは乾燥した平坦な地を好む習性らしいから、砂漠地帯なんかに多いのかもしれない。
エウロパのギルドマスターに教えてもらった生息地は、俺が遭遇した場所と他にもベルカイム周辺に幾つかあるそうだ。周辺と言っても直ぐそこではなく、徒歩で1日は離れた距離。2、30キロの距離を近所だと思う感覚に未だ慣れない。原チャリが本当に欲しい。


ぎゅる〜〜ぃぃ…

さて次はフキに似た野草の採取だと手を伸ばすと、突如聞こえてくる謎の鳴き声。

「ん?ビー、モンスターか動物の反応あったか?」
「ピュピュ」
「敵意や殺意は無いってことだな?だったら何なんだこの鳴き声」

ぎゅるるるる…

何処かで聞いたことがあるような無いような鳴き声を辿る。耳は良いほうだ。
鬱蒼とした森が僅かに開けた場所に辿りつくと、大木にもたれ掛かって俯いている人を見つけた。

「行き倒れか?」
「ピュイ!」
「この激しい鳴き声は腹の虫かよ。すげぇな」

離れている場所でも聞こえる腹の虫に笑いながら行き倒れに近づく。

「…あれ?コイツ、馬を売っている小屋で見かけたエルフか」

騎士のような重装備をしているため性別までは分からなかったが、腹の虫は随分と男らしく鳴くものだ。

「おーい、生きてるよな?腹が減っているのか?」
「ううう…ううううう…」
「なんか毒草でも食ったとか、モンスターに襲われたとか」
「ちが、ちが…う…」
「何日食ってない」
「……みっか」

そりゃ腹も減るっていうか、行き倒れ寸前じゃないか。
エルフの新陳代謝がどうなっているのかなんて知らないが、俺は3日も飯抜きだったら軽く死ぬぞ。
鞄の中から調温水筒を取り出し、白湯を飲ませる。

「んぐ、んぐっ、んぐ!」

物凄い勢いで飲み始めたのを生暖かな目で見つめ、さてすきっ腹には一先ず何を食わせようかと考えてから高カロリーの白芋と黒豆の柔らかな大判焼きを取り出す。

「ゆっくり食えよ。喉に詰まらせるといけないから、白湯も一緒に飲み込め」
「あああ、ありがたいっ!!」

5つの大判焼きを腹に入れたエルフは3杯目の白湯を豪快に飲み込む。ちなみに冷水よりも白湯のほうが好きなジジくさい俺の好みです。

「ぷはああぁぁ!なんたる美味い甘味じゃ!わたしはこれほどまでに美味い甘味を口にしたことは無いぞ!」
「餓死寸前だったから何でも美味しく感じると思うけどな。いきなり大量に食って胃袋が驚くといけないから、一応胃薬を飲んでおいてくれ」

憧れのエルフが間近に!と、内心興奮を隠せないが必死に我慢する。尖った耳に整った顔。白い肌と黄金の髪。腕にギルドリングは着けていないから、冒険者ではないな。それにしても、纏う空気すら涼しげな…。


あっ


「――――聞いてもいいか」
「うん?なんじゃ」
「何でこんなところで行き倒れていた」
「うっ…。そ、それは」
「村から距離はあるが、食料が尽きるほどでもないだろう」
「いやそれはじゃな…」
「急いでいたにしろ携行食のひとつくらい用意しているだろ。たとえ冒険者じゃなくても」
「うぬぬぬぬぬ!」

エルフはわたわたと視線を逸らし、必死に言い訳を考えているようだった。

いや違う、本当に聞きたいことはそんなことじゃないんだ。
わかっちゃいるが許せないことがあるんだ。

「理由はどうだっていい。1つ頼まれてくれないか」
「な・なんじゃ?わたしに出来ることであれば」
「頼む!!」



全身に清潔(クリーン)の魔法をかけてもいいですか。


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