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第3話 ザ・バットとパペッター

06:悪魔の誘惑

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    06:悪魔の誘惑

 俺の背中に何か熱くて巨大なものが、のしかかっている。
 そいつは、獣の匂いがした。
 危険だが、不快な匂いではない。
 俺の背中というか、尻や脚全体の背面に密着したものは、やがて質感を整え始める。
 皮膚だ。
 いや、鞣した皮かも知れない。
 急激に、自分が置かれた状況への認識が始まる。
 この場面転換の唐突さ。
 これは夢だ。
 俺は夢の中で男に犯されている。
 尻の割れ目に、男根が強引に押し込まれてくる。
 俺は表面上、抵抗していたが、あろうことか、それは相手を焦らす行為になっていた。
 俺が女のように、自分の尻を相手に差し出すのは時間の問題だった。
 俺の耳元で、そいつの熱い吐息が聞こえる。
 俺は完全に、この相手に組み敷かれ、屈服しているのだ。
 俺は振り返った。
 そこにガタではなく、BATがいる事を願いながら。

 限界だった。
 これ以上、引き伸ばすわけにはいかない。
 ここ数日間、明け方に見る悪夢は、日に日に鮮明になりつつある。
 やがて、俺を犯す男の正体が、はっきりするだろう。
 だが、俺を犯していいのは、俺を超えた俺自身であるBATだけだ。

 俺がガタに電話をしたのが、夕刻だった。
 ガタは、はじめ俺の呼び出しに渋っていたが、俺がガタの義弟の目を潰した人間の情報を知っていると漏らした途端に飛びついてきた。
 今度は逆に、今すぐ会いたいと興奮したが、俺は「あんたを鈴木モーターから引き抜こうとしているのが周囲にばれるのがいやだ。」と言って、残業で残っているから深夜、店に来るように指示した。
 もう後には、引けなかった。
 俺は店の者が退社したあと、何度もガタ殺しのリハーサルをやった。
 そして衰えかけるエネルギーは、覚醒剤で補填した。
 数日前なら、覚醒剤は俺のタブー領域にあったが、「殺し」を決めた人間に、それ以上のどんなタブーがあるというのか。
 覚醒剤は、睡眠薬を横流しさせた例の看護婦のルートからあっさりと手に入った。
 予想通り、看護婦にぴったり付き添っているあの男がそれを用意したのだ。
 勿論、今後、俺はシャブ中になってゆくのだろうが、そんな事は知ったことではなかった。
 今の俺は、果てしなくBATに近い存在なのだ。
 俺は、BATの姿で、ガタのそぎ落とした耳を、ガタを崇めるチンピラどもの輪の中に投げ込んでやる。
 勿論、ガタの死体の方は、ガキ共も警察にも、完全にわからない場所に始末した上でだ。

 シャッターブラインドの隙間の向こうに広がる闇の中で、一条の光の流れがあり、それがやがて銀色の巨大な馬の形となって出現した。
 あれが噂に聞く、ガタ自らがカスタムメイドしたチョッパーか、、、「地獄の鉄馬」とは良く言ったものだ。
 確かに、良く磨き上げられた銀色の各パーツは、地獄の馬のむき出しの骨に似た質感を帯びていた。
 一方、ガタのしなやかで巨大な身体は、ぴったりした黒革のライダースーツに包まれている。
 それは、おおよそ族らしくないファッションだった。
 それが、一旦、その世界から身を引いた者としての奇妙な「族」への義理立てなのか、それともガタの生来のセンスなのか、俺には判らなかった。
 しかしBATが、これからサシで勝負する相手として、それはふさわしい服装だと思えた。
 俺の頭の片隅で、俺がライダースーツ姿のガタの股間に顔を埋めている姿がちらつく。
 薬が入っていない時、その幻影は、俺の「恐れ」の表れだったが、今は別の意味を持っている。
 人喰いが、その相手の力や魂を自らに取り込む意味があるように、俺のフェラチオはガタの「男性」を取り込む行為だ。

「壇さん。なんだか、雰囲気が変わりましたね。」
 ガタを迎えに出た俺の顔を見るなり、彼は言った。
「そうかな?事務所じゃなんだから、ちょっと裏に回ってくれますか。」
 俺は、店舗事務所の裏手にある修理ピットに向かおうとしたが、ガタは動く気配がない。
「時間が勿体ない。早く済ませましょうや、壇さん。俺はここに遊びにきたんじゃないんだ。そこんとこ忘れてもらっちゃ困るんだ、、。」
 ガタは低い声で言った。
「君の弟の事だろう。ガセじゃない。でも、僕があんたの事を気に入っているのも本当なんだ。じっくり話がしたい。あんたと組んで、仕事がしたいんだよ。判ってくれよ。」
 腹を割って話す男の口調だ。
 いつもの俺なら嘘寒くて、こんな声色は決してだせない。
 ガタは暫く確かめるように、俺の顔を見つめていたが、やがてそのがっしりした顎をかすかに引いた。


 天井にある古くなった蛍光灯がジジと低くうなりを上げている。
 しかし、この光は外には漏れない。
 いやたとえ漏れたとしても、この修理ピットの周囲は、廃屋と雑草の生い茂った空き地が背後に広がっているだけで、その光を気にするものは誰もいない筈だ。
 俺は、ガタを座らせておいた丸テーブルセットに、入れたてのコーヒーを運んだ。
 テーブルは、南禅が街に捨ててあったビーチパラソルを中央に挿せるやつを拾ってきた物だ。
 コーヒーサーバーは、これも南禅が作業場に持ち込んでいたものだ。
 コーヒーは香ばしい匂いがし、その中に混じる睡眠薬の匂いは極わずかにしか感じられない。
 もちろん感覚が鋭化している俺だから感じられる匂いで、ガタにはそれが判らないだろう。
「豆にはね。こっているんですよ。濃く入れたんだけど、いいかな?」
「助かります。これから、一仕事ですから。」
「例の男を、又、探すの?」
「どうして、男ってわかるんです?俺は弟の件、運転の下手なオバさんあたりが舞い上がって起こしちまった可能性もあると思ってる。」
 俺はガタの手もとのコーヒーカップを見つめている。
 チャイナボーンの白が美しい。
 おい、それは嘘だろう?お前は、少なくとも日本刀を振り回して義弟を追い回して来た怪物の事を、義弟の仲間から聞いている筈だ。
 俺に、カマをかけているつもりか?

「どっかのおばちゃんなら?許してあげる?」
 俺はすこし悪戯じみた声を出してみる。
 その声の中には、媚が含まれていたかも知れない。
 ガタのこちらを見る視線が、益々強くなる。
 苛立っているのだ。
「だから情報を持っていると、言ったじゃないですか。あせらなくても教えて上げますよ。それで今夜の張り込みは、もう必要なしになる。だから君には僕と付き合う時間がタップリあるんだ。」
「仲間には、ここに来たことを言ってない。奴らは俺を待ってる。」
「そうですか、そいつは、好都合だ。」
 ガタの眉の間に、立て皺が入る。
 俺との会話の奇妙さに、気づき始めているようだ。
「冷めないうちに飲んで下さい。あなたの弟を傷つけた男のことを話してあげましょう。」
 俺は誘い水のつもりで、自分のカップに唇をつけた。
 ガタもコーヒーを飲んだ。
 好都合なことに、すするような飲み方ではなかった。
「で?」
「僕が、その男を直接知っているわけじゃないんだ。お得意さんでね。そういう手の話が、滅法好きな人がいるんだ。」
「又聞きなのか?」
 ガタの声が、怒りの色を帯びて低くなる。
「裏はとりましたよ。僕は南禅さんから聞いて、あなたがた必死の思いでその相手を探しているのを知っている。ガセ情報を流すつもりはない。」
「判った。早く言え。」
 ガタの目のまわりが熱を帯び、その瞳もぼんやりし始める。
 本人が気付いているかどうかは判らないが、その喋りのスピードも鈍くなっている。
「その男の車に、ひっかけられたのは、あなたの弟だけじゃないでしょう。彼等は、銀色の顔をした化け物にやられたと言ってませんでしたか?」
「やつらは、アンパンをやってた。話は聞いたが、アテにはならん。」
「幻覚じゃないんですよ。やったのはそいつだ。名前はBAT。」
「BAT、、、?」
 ついにガタの頭がテーブルに落ちた。

 車の修理ピットが、これほどに人間の拷問や処刑に向いているとは思わなかった。
 勿論、意識を失った大男を、椅子にチェーンで縛りつけるのには大汗をかいたが、、。
 俺は床拭きモップが突っ込んであるバケツの中の汚水を、ガタの頭頂からぶちまけてやった。
 身体が少し反応したが、目覚める様子はない。
 俺は日本刀を鞘から抜き払って、その切っ先をガタの分厚い胸の筋肉にかるく突き立てた。
 この痛みで目覚めたガタの前には、銀色のBATが居るはずだ。
 ガタの口からくぐもった悲鳴が上がる。
 ガタの口の中には、オイルにまみれたウエスが大量に詰め込まれ、更にその上からゴムチューブがウエスを固定している。
「お目覚めのようだな。俺がBATだ。」
 ガタの身体が爆発したように動き出す。
 だがガタを戒めたチェーンは緩まない。
「静かにしろ。」
 俺は日本刀の峰でガタを袈裟懸けに切った。
 鈍い音がした。
 少なくとも鎖骨は折れたはずだ。
 狂った様なうめき声が続く。
「もう少し勢いを止める必要があるな、、。だが日本刀は残念だが、これ以上使えない。」
 俺はガタの濡れた髪を掴んで、俺の顔がよく見えるようにしてやってから言った。
「なぜだか判るか?お前の肉が切れて後始末が大変だからさ。」
 俺は、日本刀をテーブルの上にそっと置くと、工具置き場から取っ手の長い大型ハンマーを取り出して、ゆっくりとガタの所にもどった。
 ガタの瞳の中に、己の運命に対する諦めがちらりと走るのが見えた。

「よくもったもんだ。ほめてやるぜ。最後に、二つばかりプレゼントをしてやる。」
 俺はもう肉の固まりにしか見えないガタの前で、ゆっくりヘルメットを脱いで見せた。
 俺の顔からも汗が流れ落ちる。
 ガタは腫れ上がった両瞼から、かろうじて俺の正体を認めたようだ。
 ガタは、ぐうと踏み潰されたカエルのような声をだした。
「そうさ、借金王のダンマくんさ。第二のプレゼントは、この俺様のフェラチオサービスだ。喜べよ。お前にしろといってるわけじゃない。」
 俺は、この日の為に用意したお手製のヘルメットをガタにかぶせた。
 BATのような芸術品ではない。
 サルベージ作業用の潜水ヘルメットを改造した無骨なものだ。
 こいつの使用目的はただ一つ。
 「溺死」だ。
 ヘルメットとガタの首回りの空間は、内側に向けて返しのついた上向きの硬質ゴムで閉じられている。
 そこからは決して水が漏れることはない。
 後は、ヘルメット頭頂に開けられた穴から、この時の為に用意しておいた海水を流し込めばよいだけだ。
 頭頂部の穴は、大量の海水が詰まった作業台の上のポリタンクのチューブに繋がっている。
 ガタは、その仕掛けに気付いたのか、海水が彼の鼻の水位に達するまでに、空気を目一杯吸い込んで延命に備えた。
 俺はその様子を眺めながら、今はむき出しになっているガタのペニスに覚醒剤を擦り込んだ。
 それからガタの肛門にも薬を塗り込むことを思いついて、中指を、椅子とガタと尻のあいだに滑り込ませた。
 俺は、この儀式を最後にしようと、水を何度もガタの身体にぶちまけ、ガタが拷問で漏らした汚物を流し去っていた。
 しかし、椅子と尻の隙間までは流しきれなかったようだ。
 ガタがもらした汚物が指先にさわった。
 俺はそれを少し嗅いでみた。
 これは「分類」でいうと、性の匂いだろうか?死の匂いだろうか?
 俺はそんなことを考えながら、ポリタンクのバルブを開いた後、ゆっくりとガタのペニスを口に含んだ。
 やがてガタの死の痙攣が、この男の最後の射精を誘発するはずだった。


 電話が鳴った。
 俺は一度に冷めてしまった。
 電話の呼出音が鳴り止まない。
 ガタの死体は、ヘルメットか被ったまま厳然として修理ピットの中にある。
 俺は震える手で、受話器を取った。
「もしもし?」
 口元に残っていたガタのザーメンを拳でぬぐい取る。
「やあ、、、今頃、あんた、死体の始末に困ってる頃じやないかと思ってね」
「誰だ!お前!」
「俺はあんたのファンだよ。あんたには、もっと社会のダニ共を始末してほしい。だから警察なんかには捕まってほしくなくてね。心配になって電話をしたんだ。」
 死体の始末に困っているという部分は、図星だった。
 俺が考えついた偽装溺死の死体を海に捨てるという案は、終わって見れば子供だましだった。
 俺がガタの身体に付けてしまった多くの外傷を、溺死で片付ける間抜けな警察は実際には存在しないだろう。
「一体、何が目当だ?」
「だから言ったろう、ファンだって。それにあんたから取れるものは、何もないだろう?」
「なぜ、今夜の事を知ってる?」
「しつこいなぁ。それを言ったって、どうせあんたは、あれやこれやと疑ってかかるだけだろ?そんな悠長な事をやってる暇が、今のあんたにあるのか?死体の始末をどうするんだ?俺があんたの味方じゃないのなら、今夜の事は、とっくの昔に警察に通報してる。そうだろ?俺を信用しろよ。俺がその死体を綺麗に始末してやるよ。」
「金は、、」
「いらねえよ、あんたもしつこいな。ヨス・トラゴンが、泣くぜ。」
「解った。どっちみち俺はもう終わりだ。ついでに、あんたの言う通りにする。」
「なんだよ、やけっぱちかい。そこまでしといて情けねえな。ああ、せめて死体の受け渡しの時には、ヨス・トラゴンでいてくれよな。」

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