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第5話 やって来たアサシン・ドール

03:密封のコンセプト

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    03:密封のコンセプト

 僕が運ばれたのは、霊安室かと思うような殺風景な小部屋だった。
 部屋の真ん中に台があり、奥の壁に器械が埋め込まれているだけで、他はただの白壁。
 清潔だったが寒々しい印象を受けた。
 そこに介助士が、ひとり待っていた。
 いかにも我が国の男らしく、酒とセックスと暴力にしか興味がないといった粗野な容貌をしている。
 その介助士に紙のように持ち上げられ、宙吊りにされる。
 パリスがゴム手袋を嵌め、僕の下半身に透明なジェルを丁寧に塗り込んでいく。
 ただこのジェルは、今までのものとは少し粘度というか、密度が違うような気がした。
 接着剤!?と思わぬ単語が浮かび上がってきて、僕は直ぐにそれを否定した。

 それが済むと、パリスは手袋を脱ぎ捨て、台の上に置かれていたゴムスーツを取って、僕の足先から慎重に着せ始めた。
 変わったスーツだった。
 半透明のゴムの表面に、無数の銀色の鋲が散りばめられていて、それがスパンコールの舞台衣装のようにキラキラと光を反射している。
 その鋲が決められた位置から、ずれたりしないように恐ろしく気を遣っているのがわかる。
 スーツは女性化した僕の今の身体に合うように新調されていた。
 ゴムスーツの内側にもジェルが塗られているのか滑りがよく、するすると脚が呑み込まれてゆく。
 下半身がゴムに包まれると、今と同じ作業が、上半身に対して行われる。
 顔面にまでジェルが塗られてしまった。
 巨乳にもぴっちりとゴムが貼り付く。
 捩れも弛みも生じることがなく、僕の新しい身体をミリ単位で計測したうえで新調されたスーツであることがよくわかる。
 指の一本一本まで別々にゴムに包まれ、首から下が完全にスーツに収まった。
 背中のジッパーが蚊の鳴くような音とともに閉じられる。
 いったん車椅子に戻され口を塞いでいるストラップが解除された後、口に入っていたパイプごとずるずると引き抜かれた。
 代わりに顎が限界まで拡げられ、ゴムのマウスピースを咥えさせられた。
 歯と歯茎が包み込まれるようにホールドされ、僕の口はOの字に開かれてしまう。
 それでも舌が押しつけられていないのは楽だった。
 顔の前に垂れ下がっている全頭マスクが引き伸ばされるように被せられる。
 目の前にゴム面が迫ったとき、開きっぱなしの瞼を思わずつぶろうとして、ひくりと瞼が引攣るのがわかっ た。
 弛緩剤が弱まってきているようだ。

 目を閉じることはできなかったが、恐れていたように眼球にゴム面が接触することはなかった。
 ゴムマスクには目の部分に穴が開いていた。
 顔面にも金属鋲が無数に取り付けられているのがわかる。
 一体これはなんのためにあるのだろう。
 一種の端子?
 あのジェルと、このスーツを、そして僕の身体の皮膚を、それらに融着させる為の?
 車椅子の後ろに回った介助士が上体を被せるように手を差し伸べ、僕の両膝の裏に手を差し込んで拡げるように持ち上げた。
 僕は座ったままでオシッコさせられる幼児のような姿勢を取らされた。
 拡げられた脚の間にパリスが膝をつき、僕の股間をまさぐった。
 肛門にパリスの指を感じた。
 ラバースーツの肛門の位置に穴があるということだ。
 直腸の奥に人工弁を取り付けられてから、僕の肛門は常時何らかの器具を挿入されてきたのだから、ゴムスーツに肛門 穴があるのも当然ということか。
 でも、それと肛門を他人に覗かれる恥ずかしさは別物だった。
 肛門とその奥が捩じられるような感覚があり、何かが抜け出ていった。
 パリスの指につままれているのは短い金属の筒だった。
 あまりに長時間装着され、身体の一部のように馴染んでいたのだろう、肛門にそんなものを装着されていたことすらわからなかった。
 僕の肛門は直径3センチほどの金属筒を嵌め込まれて、ずっとぽっかり口を開いていたわけだ。
 パリスの指が開きっぱなしの肛門に何かを押し込むような動きをする。
 ゴムスーツの肛門穴の部分が吸盤のように捲れ上がって飛び出しているのを押し込んでいるのだろう。
 ぴちっとゴムの貼り付く音とともに、肛門とその奥の一部がゴムに包まれた感触がした。
 金属質の冷たさと粘膜を押しつけるわずかなぶつぶつの感触が、そこにも金属鋲があると教えてくれた。
 全身にくまなく配置された謎の端子。

 パリスの合図で介助士が持ち上げていた僕の脚を降ろし、ようやくオシッコポーズの情けなさから 解放される。
「そろそろ時間だから、念のために、もう一度確認するわ。あなたも背中側をチェックして」
 パリスが僕の母国語で介助士に指示し、二人がかりで僕を包んだゴムスーツの状態を調べ始めた。
 本当に念の入ったことだ。
 僕の身体に当たる鋲の位置がかなり重要らしい。
 チェックといっても全身に何千個もありそうな鋲の位置をひとつひとつ確かめる暇はなさそうな雰囲気だったから、その位置に影響を与えるゴムの捻れや皺がないことをチェックしているのだろう。
「大丈夫みたいね。さて、そろそろ接着が始まる時間だわ。」
  身を起こしたパリスがそういったとたん、足先にヒヤッとした冷たさを感じた。
 それがじわじわと脚を這い登ってくる。
 冷たさが膝を越える頃には、足先の温度は元に戻っていた。
 冷感の帯がゴムスーツを着せられた順番に、同じような速さで登ってくる。
 最後に頭全体がヒンヤリと冷却されていた。
 パリスの手が無遠慮に僕の頭に乗せられた。
 温度の変化を探っている。
「んー、接着完了。じゃあ、寝かせて」
  パリスの指示で介助士が僕を花嫁のように抱き上げた。
 それで、ゴムスーツがほんとうに僕の肌に接着されてしまったことを実感できた。
 さっきまで、ぬるぬるとゴムと肌が分離していたのに、今は介助士の手が僕の身体を握りつけても、ゴムがずれるようなことがない。
 そっと台の上に移されようとした。
 その時に大量の金属鋲が、命を失ったように剥がれて落ちたが、パリスも介助士もまったく、それを気にとめなかった。
 金属鋲はその役目を終えると、いずれ、僕のラバーの皮膚から剥がれ落ちるのだろう。
 実際、台の上まで移動した時は、殆ど全てが剥がれ落ち、最後に残った一つはパリスの指で摘み捨てられた。

 それは台というより、太い支柱で持ち上げられた棺桶といったほうが正確かもしれない。
 長さ2メートル弱、幅60センチ、厚みも60センチくらいのゴムの塊。
 パリスがその棺桶の上に手をかけ持ち上げると、ちょうど上半分が蓋のように開いた。
 ふたつに分かれたゴム板の固定された下半分には、人体の形をしたくぼみが彫り込まれている。
 僕の身体がそっと降ろされると、そのくぼみに僕の身体の後ろ半分がぴったり収まる。
 ゴムの弾力でわずかに身体が沈み、身体とくぼみの間からしゅっと空気が逃げていった。
 僕の胴体は吸盤に吸い付けられたように嵌り込んだ。
 胴部はぴったりだったけれど、やや開き気味にされた手足が収まるくぼみにはスカスカなくらい余裕がある。
 手指を拡げられ、指の一本一本がそれぞれのくぼみに収められた。
 パリスが何か操作したのだろう、股間で何かが動き出した。
 太い棒のようなものが僕の肛門に突き当たり、そのまま中に侵入してくる。
 肛門括約筋が引き伸ばされ、切れそうに痛んだ。
 機械仕掛けの遠慮のなさで、それは僕の直腸の最奥まで進み、植え込まれた弁に突き当たると回転してジョイントした。
 接合と同時にかすかな振動を感じたように思ったが、神経を集中しなければわからない程度のものだった。
 開かれていた上半分のゴム板が閉じられてゆく。
 僕にのしかかってくるゴム板の下面にも、対になったくぼみが見えた。
 それでも視野いっぱいにゴム板が迫ると思わず目をつぶっていた。
 ばふっと上下のゴム板がひとつになり、顔面に柔らかな圧力を感じた。
 鼻が潰れることもなく、僕はくぼみの中にすっぽりと収まってしまった。
 痛みや不自然な圧迫は感じない。
 ほっとしていると、音もなくくぼみが膨れだして、余裕のあった手や足の空洞が完全に埋まっていく。
 全身に均一な柔らかさを感じる。
 僕の身体のデコボコに完全にフィットしているようだ。
 これは心地よかった。
 雲の中に浮いているような気もした。
 僕の身体を埋め込んだ巨大なゴムの塊の質量を意識することもない。

 口の部分、大きく開かれた僕の口から覗いているマウスピースの底部に、カチリと何かが接続した。
 わずかの間を置いて、どろっとした粘つく液体が口の中に流れ込んでくる。
 マウスピースで顎を開かれているから噛むこともできず、飲み込むのも、ためらわれている内に口の中いっぱいに、それを溜め込んでしまった。
 舌が動くことに気がついたのはその時だった。
 感覚が鈍くて、自分のものではない感じはしたが少しは役に立つ。
 とにかく口一杯にどろどろを頬ばったままで、ずっと過ごすわけにもいかず、不自由な舌を使って少しずつ飲み込んでいった。
 今の僕は鼻の穴をゴムスーツで塞がれているため、鼻に空気が抜けず臭いは感じられない。
 風邪で鼻づまりした時みたいで、臭いがないと味も十分の一になったように思える。
 わずかに鉄の味としょっぱさと苦味を感じるような気がした。
 なんとか半分くらいを飲み込んだあたりで、胃が満腹感を訴えだした。
 全部飲み込んだ時には、胃が張り詰めるように苦しかった。
 小さなゲップが出た。
 その臭気が鼻にも押し込まれたのだろう、なんだか血のような臭いがした。
 なんだかとんでもないものを飲まされたような気がするけれど、満腹感は嬉しかった。
 巨大なゴムの柱の中に生き埋めにされたような状況だったけれど、息苦しさもないし、なにより痛みもない。
 それだけで贅沢な状況だった。
 それから長い長い時間、僕は巨大なゴム板に挟まれたまま無限ループのように食物の摂取と眠りのルーチンを繰り返して過ごした。


「なんだか、バキュームベッドみたい、、。」
 ゑ梨花女史の呟きを聞き漏らさず丑虎巡査部長が、その言葉を追いかけた。
「そのバキュームベッドって何ですか?」
「バキュームベッドは、ラックの大きい感じかな。ラックの方は、ラバー生地で作られた封筒状のものの中にプレイパートナーを入れて空気を抜いて真空パック状態にするの。身体の自由を奪う拘束用品の1つだけど、要は密封密着感が命かな。ベッドの方は、それのデラックス版。」
「指尻さんは、そんなので寝てるんですか?」
「ぷっ、お馬鹿さんですね。そんなわけないでしょ。プレイですよ、プレイ。この前、貴方が微笑花ちゃんに無理矢理実験させたラバーマスクの世界の続きです。」
 思わぬところで、秘密を暴露された丑虎巡査部長の目が泳ぐ。
 仕方がないので私は、それを気にしていないという事を示す意味でも、話を元に戻してやる事にした。
「素人の想像ですが、この作業の一つの目的は、香革とやらの身体に埋め込まれている女魃蛭の馴致のような気がしますな 。人間が生き物を飼い慣らす時に用いる手段は、大体が餌と環境だ。もう一つの金属鋲の方は謎だね。本人の推理通りゴムの服を密着させるのに関係しているようだが。」
「でしょうね。それと頻りとラバーが登場するのは、人体を密封するというコンセプトがとても重要になってくるからじゃないかしら。女魃蛭を保護してやる為か、あるいは外に逃がさない為か。それとも自然の状態だと、いつかは人体からこぼれ落ちるのかしら?」
 それを聞いて何を想像したのか、丑虎巡査部長が胃からこみ上げてくるものを押さえ込むような表情を浮かべた。


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