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第8話 後ろで入れるか、前から入れるか

03:進展

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    03:進展

 放浪の昆虫学者・悦豊武が、海馬美園国で寂寥ファミリーの実体を本格的に調べ始めた頃、指尻ゑ梨花のオフィスに戸橋未知矢が訊ねてきた。
 指尻の診察やその他の仕事がない時間帯だったから、指尻のプライベートに詳しい香山微笑花あたりから情報を仕入れた上での訪問だったようだ。
 仕事のついでに立ち寄ってみたという触れ込みだったが、そんな筈はもちろん、なかった。

「門戸照人とブルーを、ついに確保しました。」
「具体的な容疑は何なの?立件出来るの?」
 その報告に指尻ゑ梨花は戸惑っていた。
 あの蘭府虎臥警部補が門戸の元に潜入を果たしたのなら、その程度の事はやってのけるだろうという気もしたが、同時に門戸がそれほど脆かったのかという驚きもあったのだ。

「あの蘭府さんが徹底的に揺さぶりをかけて門戸はボロボロ。おまけに取り調べに当たっているのが喉黒さんですからね。なんとでも、なるんじゃないですか?罪状の方は、門戸の場合、余罪が幾らでも出て来るだろうから6係の今後の展開に有利になるように、その内のどれかを選んで行く形になるでしょうね。一旦落としてしまえば、余裕スよ。」
「、、ふーん、そんなんなんだ。」
「今まで、門戸に手が届かなかったのは、奴の精神面のタフさというかガードの固さからでしたからね。ああいうタイプの人間は、一旦崩れると破滅的になるというか、全ての事がもうどうでも良くなるもんだって、蘭府さんは言ってました。」
「、、で、どうやって門戸をそこまで追い詰めたの?差し支えがないなら教えてくれる?」
「もちろん。真澄先輩からは、この話を聞いたら指尻さんが、きっと詳しい事を聞きたがるだろうから、全てを話して良いと言われています。あの人は、我々の仲間と一緒なんだからと。」
「って、又、この関連のコンサルを私に依頼するつもりなんでしょ。」
「おそらくはね。」
 戸橋は嬉しそうに言った。

「、、あの日を迎えるために色々準備が大変でした。俺たちトリプルシックスは、今までも色々なやばい橋を渡って来ましたが、倫理的な意味で言うと、今回のがイチバン問題だったかも知れないですね。」
「まさか、門戸を嵌めるために、何処からか女性の死体を調達して来たんじゃないでしょうね?」
「えっ?!」
 戸橋が、どうしてわかるんですか?という顔をしたから指尻はその答えを聞いたのも同然だった。
「いいわ。そこの所は、もう聞かない。先を続けて。」
「入手先や方法は言えませんけど、死体は無傷で元の場所に戻ってます。」
 戸橋はそう言って、苦しそうに先を続けた。

「死体のモデルになった女性は丑寅さんが割り出しました。門戸が、いつか撮って見たいと言って蘭府さんに見せた映画のシナリオに登場する女性で実在の人物です。その人物が登場する事件ですが、昔、工場跡の廃棄された縦穴構に一人の若い女性と少年が一緒に落ちたという事件があって、この二人が発見された時は、少年の方は衰弱死寸前、女性の方は既に死亡していて死体の腐乱が始まっていたそうです。」
「その少年が門戸だったのね。」
「丑寅さんが残っていた当時の資料を全て集めて、この事件の再現をしてみたら、報道されていない幾つかの見立てが出来上がりました。あーなんてったか、事実はラノベより奇なりでしたっけ。で、それを元にして、蘭府さんが、門戸を追い詰める為の具体的な罠を作ったんです。」
「戸橋君、それ、蘭府さんに手伝わされたでしょう?」
「ええ、びっくりしました。俺を門戸から引き離したのは蘭府さんだし、男の顔で手伝いやったら門戸にバレるかもしれないし、もしバレたら全部おじゃんになりますからね。でも確かに、よく考えてみると、俺は男の素顔で門戸の前に立ったことは一度もないんです、、。それでもね。」
 戸橋は困惑した表情を見せた。
 事が終わった今でも、未だにそれだけは、信じがたいのだろう。
 確かに戸橋の女装メイクは信じがたい変身ぶりを見せるが、男姿の戸橋の正体が門戸にばれなかったのは、それが理由だとは思えない。
 本当の理由は、門戸の意識には男の奈央など全く存在しなかったという、門戸特有の心理特性にあった筈だ。
 いやもっと言えば、その奈央でさえ、門戸にとっては単なる性処理道具であって、人としての奈央を意識をしていない筈なのである。

「でも蘭府さんは、門戸にはお前の正体は絶対バレないし、この仕事はお前と俺でやりきるんだと、言い切りました。で実際、俺は門戸の前に、この身体を何回か晒したんですが、悔しいというか拍子抜けと言うか、奴は全然、俺が奈央だって事に気が付きませんでした。ただブルーだけは、そういう訳には行かないだろうから、万が一にでもブルーと出会うような場面があったら、その時だけは気をつけて何とかしろとは言われました。」
「でしょうね。門戸は死体に興味があって、ブルーの方は人形に興味がある。凄く嗜好が似てるようで本当は真逆。ブルーは狂人を気取ってるけど、ちょっと変わった変な奴。まっ、あえて言えば、普通の人間ね。一方、門戸は表面上、多彩な才能人を気取ってるけど、ホントに狂ってるわ。多分、蘭府警部補にとっては、門戸なんかのタイプが一番のお得意様なんじゃないかしら。で、ブルーって人は、今回の件にどう関わってたの?」

「蘭府さんは、門戸のところから俺を追い払った後、屋敷に匿われていたブルーにも接触を試みて、そっちも上手くやったそうです。それで、門戸の為に一肌脱いで彼に死体になった気分を味合わせてやろうじゃないかと持ちかけたらしいです。」
「まさか、君とあの時に一緒に見たゲイビデオの特殊メイクも、そのブルーって人が担当したの?」
「どうやら、そうみたいですね。それと俺をマネキンにするプレイをやってたのも奴だった、、。奴はメイクだけじゃなくて、人間を半死体状態にする方法、いや、そういう薬も持ってたんです。ブルーの本名は寒楚(ハーン・チュウ)。」
 戸橋は何を思いだしたのか少し苦しそうな表情を浮かべた。
「彼の実家はエンバーマーを営んで、、あっ、死化粧とかそのあたりを専門にしてる葬儀屋の一種です。海馬美園国の文化では死者と生者の境目があいまいですから、この手の商売は結構儲かるようですね。一人息子ですが、家の跡を継かずにフィギュアのプロモデラーになったという変わり種です。マヒドンナ大学を首席で卒業というのも凄いですが、大変な変わり者だったようです。当時からプラスティネーションにそうとう入れ込んでいたようですね。」
「人体模型技術か、、、香革の話と付き合わせると、陰鬱な想像しか浮かばないね。戸橋君、あの時、そういう関係の薬を投薬されてたんでしょ、大丈夫なの?精神面ではOKだって私が診察結果を出してあげてもいいけど、、。」
「ええ一応、身体も方も医者に診せとけって真澄先輩に強く言われてましたから、精密検査をしました。身体の中には何も残っていないようです。」
「って言うか、日本の医者じゃ、判らないんだと思うわ。なにせ香革みたいな人間を生み出す国の闇薬だからね。安心しないでね。それにそっちの方は、私も注意しとくわ。で、それから?」

「蘭府さんは、門戸から見せてもらったシナリオに影響を受けて自分も映像を取って見たくなった。主役はあんたで本物の死体を相手に死姦をやる。これであんたとの約束も果たせるしなって、門戸に持ちかけたらしいです。で、監督権カメラマンが蘭府さんで俺が蘭府さんが何処からか拾ってきた助手件雑用係ってわけです。あっ、ブルーは特殊メイク担当ですね。そういうのを蘭府さんが、半分遊びのアプローチのノリで門戸に仕掛けた。門戸も最初は、そういうノリだった。でもこっちが用意した死体の写真を見てから、門戸の様子が変わって来たんですよ。」
「その死体って、門戸が、過去に事件に巻き込まれた時の、もう一人の被害者の女性に似てるんだね。というか6係がそういう風に仕組んだ。なんだか、目に見えるようだわ。で、その本番の日に行くまでに、蘭府さんのことだから他にも門戸に対して、色々仕掛けて行ったんでしょう?」

「すげぇな。なんでもお見通しですね。一番の成果は、美馬が流通させている蓮華座が、実は依存症があるっていうデマを門戸に流させたって事ですね。いや実際、門戸はそんな事はやってないし、そういう状況に自分が嵌められていることも最後近くまで分かってなかったんですけどね。蘭府さんと俺で上手く門戸を動かしながら、そのデマをデッチ上げました。」
「それが手土産の一番大きいやつね。」
「え?」
 もちろん戸橋は、蘭府が戸橋を手みやげ付きで、門戸の元から引き上げさせると指尻に言った経緯を知らない。
「ううん、なんでもない。で、それってどう言う効果があるの?」
「美馬は、この蓮華座の最大の売りを、依存性のない麻薬として、政財界のトップ層連中やその家族、関係者に売り込んでたんです。凄く効きます。全能感だけじゃなく実際に知力、感覚、倍に引き出せます。なのに依存性全くなし、お値段はしますが、リッチなあなた方にこそお勧めの万能精神高揚剤です。自分の運命を決める決断の時にこそ使ってみてください!って感じですよ。それが美馬勢力の拡大や維持につながっていた。ところが、蓮華座は依存症になるまでは、しばらくの猶予があるものの、実は麻薬そのものなんだという噂が流れて来た。それもその発信源が、実際に麻薬を流している有名な元売りの門戸ですからね。これには皆、震え上がった。今すぐ蓮華座から手を引けば、なんとかなる、いや引かなければならない。美馬と手を切ろう。そんな感じですかね。それで最近、6係に掛かりつつあった何処かからの圧力がなくなって来た。真澄先輩は、これから美馬の外堀を埋めて奴を真っ裸にするつもりです。」
「つまり門戸という外様を使って、美馬に痛烈な打撃を与えたってことね。凄いじゃない戸橋君。」
「えっ、いや、俺の手柄じゃないし。これ皆、蘭府さんの企画ですよ。」
「だからその蘭府さんが、そこまで行けたのは、君が門戸のところに潜っていたからなんだって。それに寂寥ファミリーや香革の事を一番最初に調べ出したのは君だよ。物事って全部繋がってるんだよ。」
 そう言っても戸橋は納得しないだろうが、人はそれでもこんな言葉の積み重ねで、徐々に心の傷を癒やして行くものなのだ。
 それに実際、戸橋は成果を上げている。

「で、その撮影の時の話をしてちょうだい。」
 戸橋は胸ポケットからスマホを取り出して、ある画像を開いて、机の上に差し出した。
「動画の方は、色々あってお見せできませんがキャプチャーなら見てもらえます。これがその時の門戸の姿です。」
 スマホには、背中の皮に幾つもの穴を開けられそこに通した金属リングで、天井から俯せの状態でつり下げられている門戸の姿が映っていた。

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