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episode 05. 寝室(2)

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「……先生?」

 脱いだ服を抱きしめてリビングに戻ると、そこに仁寿の姿がない。
 廊下の方からドアの閉まる音が聞こえた。今からお風呂に入るのかと、彩は持っていた服を床に置いてソファーに座った。
 物が少ない上に、きっちりと整理されたこの部屋は、一人でいると心細くなる。妙な緊張が彩に忍び寄った。

 彩はいわゆる、男好きではない。普段は男に媚びる事もなく積極的に愛想を振りまく事もない。社会生活を営む上で、必要な時に必要な笑顔を作る。そこに男女の差別はなく、極めて淡々としているのが彩だった。
 大半を女性が占める職場にいて、仕事を円滑にこなす上でこれは非常に大事だ。これを徹底してこそ、敵を作らず信頼を得てうまく立ち回れるのである。

 当然、仁寿の気持ちを知ってからも、彩は職場で彼を特別扱いしなかった。気を遣う素振りなど見せないし、避けもしない。あくまで、他と平等に接する。まるで何事もないかのように。
 大抵の男なら、面白くないと面倒臭がって諦めそうなものだが、仁寿はますます勢いを増して迫って来る。彩は、そんな仁寿を特殊だと思っていた。
 背筋を伸ばして、大きく伸びをする。そのまま凝った肩を回すと、ゴリゴリと小さな音を立てて軋んだ。相当な仕事の負荷が、体に蓄積されている。

「お待たせ」

 そこへ、仁寿がタオルで髪を拭きながら戻って来た。

「じゃあ、彩さん。ベッドに行こう」
「まさか、素面しらふで? ちょっと真面目過ぎません?」
「うん。あれは酔った上での、なんて逃げられたら嫌だから。さ、早く行くよ」

 一杯やろうなんて悠長に構えていた彩を置いて、仁寿は照明を消してさっさとリビングを出て行ってしまった。彩は急いで床に置いた服を持って、彼の後をついて行く。途中で仁寿は洗面所に寄って、タオルを洗濯機に投げ入れた。

「彩さんの服も洗ったら」
「いえ、結構です」

 ――下着とか、諸々の事情があるんです、女子には!

「恥ずかしがらなくても良いのに。可愛いなぁ、彩さんは」
「はい?」

 心を読まれたのかと、彩は指でメガネを上げながら動揺した。そんな彩を尻目に、仁寿は鼻歌を歌いながら、慣れた手つきで洗濯機のふたを閉めてスイッチを押す。廊下からその背中を見ながら、彼みたいに楽しそうに生きていけたら素晴らしいと、彩は心からそう思った。

 寝室に入ると、仁寿は間接照明をけてベッドの上に座った。温かな光が寝室を優しく照らしている。
 彩も服をバッグの中にしまって、ベッドに上がった。そして、メガネを外して邪魔にならない所に置く。すると、すぐに押し倒された。

「明日、検査なんでしょ? このまましても大丈夫なの?」
「何で知ってるんですか?」
「そこに落ちてた、予約票が」

 しまった、と彩が舌を出す。仁寿はじっと彩を見下ろして返事を待っている。彩を見つめる彼の目は真剣だ。しかし残念な事に、メガネのない彩には仁寿の眼差しや表情が一切分からない。
 ぼやけた輪郭を見ながら一呼吸おいて彩が小さく頷くと、仁寿は服を脱いだ。

 首に仁寿の顔が近付く。その半乾きの髪から、洗い立ての爽やかな香りが漂った。自分からも同じ匂いがして、彩は少しだけ可笑しくなった。

「好きだよ」

 仁寿が耳元で囁いた。耳を甘噛みされながら、彩はその囁きに戸惑う。いつも強引で遠慮がない。それは彼が自分を好きだからだと分かっている。分かっていて、今、彩は適当に見つけた男と同じように、仁寿を利用しているのだ。
 普通の女なら胸がときめくのだろうが、その言葉は彩の罪悪感しか引き出さない。

 セックスをして朝まで眠りたい。彩にあるのは、ただそれだけだ。

「……んっ」

 三回目は男のキスだった。何度も強く吸い付きながら、角度を変えて徐々に濃厚になっていく。彩の柔らかな唇が仁寿の口の中で形を変え、滑り込んで来た舌に口の中を隈なく舐められる。彩がそれに応えると、二人の舌が妖しく絡み合った。
 その貪るような激しさに衝動を受けて、体が熱を帯びるまでに時間は掛からなかった。
 唇が離れて服を脱がされる。体を隠す物全てが、滞りなく取り除かれた。

 白い壁紙に投射された淡い橙色オレンジの光に、彩の体が浮かぶ。形の良いふくよかな胸にくびれた腰、閉じた太腿まで露わになった。いつも服に隠されているその体の曲線は、仁寿の想像を遥かに超えてとてもしなやかだった。
 仁寿は目の前の美しい体に手を伸ばして、優しく乳房を押す。それから丹念に揉みしだいた。緩急をつけた動きに、容易に形を変えるその柔らかく弾む感触を、仁寿は暫く楽しんだ。

「……んふっ」

 しっとりした片方の胸に仁寿が吸い付いた。色付いて硬くなった乳首を、円を描くように舐められて舌先で弾かれる。そして、きつく吸われると痺れるような気持ち良さが彩の体を走った。熱を孕んだ吐息が口から洩れる。


 しかし、彩はそれから二度と声を出さなかった。


 胸を愛撫していた手が腰をなでて秘所に辿り着き、小刻みに入り口を押されて彩は身をよじる。彩のそこはもう、すでにしっとりと潤っていた。
 仁寿の中指が、愛液を絡めながら中に入って来る。指の腹で優しく膣壁を刺激されて、彩は快感に顔をしかめて腰を浮かせた。
 薬指を加えて、執拗に、もどかしさを残しながら敏感な所を正確に攻め続ける。
 彩が指を噛んで声をこらえると、さらに奥を刺激されて、彩は体をしならせて愛液を散らしながら達してしまった。
 大きく繰り返す呼吸に、彩の乳房が上下する。その頂きに、愛液にまみれた指を押し付けられて、彩の体が小さく痙攣した。

「彩さん、好きだよ。本当に、好きで好きでたまらない」

 とろんとした彩の目を見つめながら、仁寿が彩を貫く。達したばかりの彩の体は、震えながらすんなりと男を奥まで導いた。仁寿は彩に口付けて体を起こすと、腰を引いて強く打ち付けた。彩の眉根が寄って、男を虜にする女の顔が浮かぶ。
 時折、浅い挿入でじらされながら、彩は何度も小さな波に飲まれた。そして、深く奥を突き上げられて、仁寿が吐精するより先に意識が飛んでしまった。

 暫くして彩の意識が現実に戻ると、どうやら全ては終わったようで、隣で仁寿が彩の顔を見つめていた。彩は体を仁寿の方に向けて、表情が見える距離に近づく。
 優しい顔が見えて、彩は理由なくほっとした。

「もう観念して、僕の彼女になってよ。彩さんの事をもっと知って、愛のあるセックスがしたい」
「愛のあるって……。する事、一緒ですよね?」
「ほんと、彩さんは困った人だなぁ。とりあえず、これだけ好きだって言う男もいないだろうから、付き合ってみたら? そのうち僕を好きになるかも知れないし、そしたら違いが分かるんじゃない?」

「う」
「う?」

 本当に強引で遠慮がない。仁寿のにはとても敵わないと、彩は彼の言葉に従って観念することにした。
 彩は首を小さく縦に振る。小さな笑い声と共に仁寿が彩を抱き寄せて、二人の裸体が密着した。

「ありがとう、彩さん」
「……先生?」
「僕が彩さんをもっと笑顔にするよ」

 彩は思いがけず、自分の鼓動が高鳴っていることに気付く。こうやって、セックスの後に男の腕の中にいるのはどれくらい振りだろうか。やけに仁寿の体温が気持ち良い。

「寝れそう? ほら、不眠の薬だって言ってたじゃない」
「全然寝れません」
「え? それ、僕が下手だったって事?」

 彩は吹き出してしまった。嘘です、と彩がつぶやくと強く抱きしめられた。

「わたし、先生が苦手です」
「うん、知ってる」

「わたし、きっと良い彼女にはなれませんよ」
「充分だよ。その、敬語と先生って呼ぶのをやめてくれたらね」
「まぁ、努力してみます」

「おやすみ」
「おやすみなさい」

 目を閉じると、彩は難なくすぐに眠りに落ちた。腕の中から規則正しい寝息が聞こえると、仁寿は腕を抜いて彩の頭を枕に乗せた。そして、明りを消して彩に体を寄せて眠った。
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