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連載

龍の国で話を聞く

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 ログアウトして、アクアと一緒に軽い食事をとる。そこからはアクアに走ってもらって飛んでもらってあっという間に龍の国の入り口に到着する。ここから先は関所がいくつも有るから、空中から入ったら不法侵入になってしまう。きちんと手形を見せて入らないとね。まあ手形のランクはすでに最高レベルに達しているから、目的と手形を見せればあっさり通過できる。入国目的は、鍛錬という事にしておいた。完全に嘘って訳でもないし。

 アクアに乗って一が武をスルーし、関所を通って一気に二が武へ。今日の宿はここで取る。街の外でアクアに小さくなって貰って、頭の上に乗せてから二が武の中へ。街の中は相変わらず活気にあふれている。ちょいちょい寄り道もしたくなるが、まずは宿の確保だ。宿の確保を後回しにしたばっかりに、野宿する羽目になった人は結構いるとかなんとか。

「いらっしゃいませ。あら、お久しぶりですね」

 宿屋の門をくぐると、たまたま居た女将さんからの御挨拶。今回もお世話になりますと返答を返して、部屋に案内してもらう。この宿は、一人用の部屋でも十分寛げる広さがあるのが有難い。

「今回は、どのようなご目的でいらっしゃいましたか?」

 女将さんはお茶を注ぎながら、話題を振って来る。そうだな……とりあえず女将さんに聞いてみますか。手がかりが聞ければ次につながる。お茶の入った湯飲みを受け取りながら、自分も口を開く。

「そうですね、ちょっとした昔話をいくつか探しています。片手剣かスネークソードを用いて戦っていた人の話なのですが、心当たりありませんか?」

 と聞いてみた所、女将さんは右手の人差し指を唇に当てながら少し考えた後に……

「そうですね、それならばひとつこんなお話があります。嘘か真か、その辺りは保証できませんが。そのお話は全てを語ろうとするとかなり長くなってしまいますので、ある程度はしょってお話しますね」

 そうして始まった女将さんの話は、こんな感じだった。


 ──それはまだ龍の国がそう大きくなかった頃の話。今で言う五が武のあたりに、ある兄妹がいた。両親を早くに亡くしたが、周囲の人々の協力もあって幼少時代を乗り切った。やがて兄は龍の国でも五本の指に入るであろうと言われるほどの剣豪に育ち、妹はまるで花が咲いたようだと言われるほどの美しさを持つに至る。兄妹の中は良好であり、幸せに暮らしていた。やがて兄にも妹にも多くの見合い話が持ち込まれ、二人とも良い相手を得て結婚するのは時間の問題と言われていた。しかし。

 何の前触れも無く、突如兄弟の妹が倒れた。隣人のお蔭でその異常事態を素早く知る事が出来た兄は、手を尽くして当時の最高峰の医者を呼び寄せて妹の病気を見せた。だが、期待を込めて様子をうかがっていた大勢の周囲の人々の気持ちを裏切り、医者から出てきた言葉は残酷な物であった。

「すまぬ、これはわしの手に負えぬ。今まで様々な病を見てきたが、この病はそのどれにも当てはまらぬのだ……」

 兄妹を、幼少のころから面倒を見てきた人々はそんな事がと顔を覆ったが……一人だけ、兄弟の兄だけはまだ目の中の光を失っていなかった。辛そうに息を吐く妹を放っては置けぬ。本当に手はないのか? 鬼の形相と言ってもよいほどの兄の顔と、そこから出て来る言葉に医者はこう言葉を続けた。

「かくなる上は、龍族の生命力を大きく上げて病を力押しで食らいつくして治す荒療治に賭けるほかない。それには龍活丹が必要じゃ。しかし、薬に必要な素材が足りぬ……素材は十必要なのじゃが、あと三が手元にないのじゃ。妖精の息吹、森の生命、魔力の砂と呼ばれる素材じゃ……これらは、妖精、エルフ、魔族の住む世界に稀に存在しているとされておるが……」

 医者はそこで言葉を止めた。どれも、入手がとてつもなく難しい品であったからだ。金銭を積めば買える、と言う物でもない。それに妖精もエルフも魔族も、その住処は龍の国からは遠い場所である為に行く事自体が困難を極める。

「それに、ワシが持っておる他の薬で何とか延命を図っても──持って一年じゃ。一年のうちに三つの国を回り、薬の素材を手に入れる。それはほぼ不可能じゃ……口惜しいがの」

 口惜しいの部分を、絞り出すかのように呟いた医師。だが、ほぼ不可能という言葉を聞いた兄は迷うことなく旅支度を始めた。その兄姿を見た周囲の人々は、一斉に各家に散った。少しでも金銭を、保存の効く食べ物を、旅に耐えられる道具を渡すために。ほぼ不可能と言われても、挑戦することを迷わず決めた兄が行う困難な旅を成し遂げる確率を僅かでも上げられる様にするために。この兄弟は周囲に住む人々達に小さい時から育てられた孫の様な存在故に、協力することに何の抵抗も無かったのである。

「医師殿。頼む、一年で良い。何とか一年だけ我が妹を持たせてくれ。きっと、薬の素材を手にしてここに返って来る!」

 旅支度を終え、腰に普段は刺さない変幻自在な動きをする一本の剣を刺して、対価を支払うと同時に医師にそう伝えて兄は旅に出た。その後姿に、多くの人々が旅の無事と成功を祈った。

 そうして残された妹であったが、病に侵された彼女はよく耐えた。医師の出す飲みにくい薬の服用にも文句を言わす、やけを起こさず、激しく痛むはずの体であっても、見舞いに訪れた人々に微笑みさえ向けて見せた。その姿はまるでますます美しさに磨きがかかったようでもあり、彼女を見舞う男性は尽きなかった。その気丈な姿に医師も感動し、少しでも楽になるようにと己の使える手段を全て使って医療に当たった。なのに、それらは報われなかったのである。

 季節は流れ、ついに一年が立とうとしていた。兄はいまだ戻らない。妹も遂に床から起き上がることどころか、食事すらとれずに水と薬を飲むのがやっとという体になっていた。見舞いも禁止され、身の回りの世話をする数人だけが妹に会える龍人となっている。

(まだ兄は戻らぬのか……もう妹殿の体は限界じゃ。あと数日以内に薬を服用できねば……間に合わぬ)

 医師は焦れていた。手は尽くした。すべきことはすべて行った。なのに病は進むばかり。龍活丹があったとしても、あと数日以内に服用できねばどうやっても助からない事を理解していたからだ。その焦れている医師に対し、最悪の知らせが届く。

「済まない、医師殿! 来てくだされ! 非常事態じゃ、来てくだされ!」

 この近くに住む人々は妹の容体を知っているのに、これだけの声を荒げるとは何事だろうか。嫌な予感を振り払えないまま、医師は大勢の護衛を伴って案内を受けた。その先には……血の池に沈む一人の男が居た。そしてその血の池に沈んでいた男は、兄妹の兄だったのである。兄は龍の国に帰って来ていたのだ、長く厳しい旅を乗り越えて。大急ぎで応急手当てを施そうとした医師であったが、すぐに悟ってしまった。もう手遅れであると。

「す、まぬ……やられ……」

 血を吐きながらも、何かを医師に伝えようとする兄だが、もはやほとんど声にならずヒューヒューとした音を立てるのがほぼ精一杯である。

「羽根……持つ、男……薬、奪われ……むね……」

 何とか聞き取れる声でそう言い残した後、兄の体からすべての力が抜ける。状況を察した周囲の人々は泣き崩れる……医師は兄の持っていた道具をあさってみたが、そこには確かに妖精の息吹、森の生命、魔力の砂が収まっていたと思われる場所を見つけた。ほんのわずかだが、薬の素材が零れ落ちていた事から察したのだが……

(おのれ、どこの腐れ外道だ! 薬の材料だけが抜き取られておる!)

 無くなっていたのは、薬の材料だけであった。金銭などはそのまま残されていた事から、明らかに薬を届けさせまいとした者の犯行であった事は確かである。せめて薬さえ残っていれば、妹だけでも助けられたというのに……

(無念じゃあ、無念じゃ! これで、完全に助ける手段を、希望を失ってしもうた……そして、兄の死を病で弱り切った妹殿に伝えねばならぬとは……何故にここまで、天はあの兄妹を嬲られるのか!)

 だが、伝えぬ訳にもいかない。沈痛な面持ちのまま、妹に兄の無言の帰還を伝える事になった。妹はここで病にかかってから初めて涙を流し──

「兄様、私もすぐおそばに参ります……」

 その言葉の直後、静かに息を引き取った。その死に顔は、恐ろしいほどに美しかったという。二人は、寄り添うような形で丁寧に葬られた。多くの者が別れを惜しむと同時に天を睨んだ。また、兄が旅で振るってきたと思われる変幻自在に動く剣も近くに供えられたのだが……数年後、墓参りに訪れた者が無くなっている事に気が付いた。捜索が行われたが、剣はついに見つからなかった──


「──というお話です。どこにも救いがないので嫌いな龍人も多いですね。私も好きではありませんが、アース様が求める話の可能性があるので語らせて頂きました」

 救いが無さすぎる。せめて妹だけでも助かっていれば兄も報われただろうに。だが、気になる点もある。

「一体薬を抜いた悪党ってのはどいつなんだ。それに、羽根を持つ男……」

 分からない事が多い。だからこそ、もしこの話に出てきた兄が使っていた剣が円花なら……あの世界でそいつに出会えるはずだ。

「羽根を持つ男の事は、龍人族でも良く解っていません。羽根を持っているように見える装備をしていたのか。それとも本当に羽根が生えていたのか。どちらにしろ、その下種に対しては何も情報が無いというのが現実です」

 この話が作り話ではなく、真実だったとしたら……出会った時に、ぶん殴ってやる。
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