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翼 アフェアーズ

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第1章 出会い

第5話 美しき謎の少女

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 僕は、学校から家に帰るとそのまま鞄だけ玄関に放り投げ静ちゃんから託された例のプリントの入った封筒だけ制服のブレザーの内もケットに入れて、ケッタマシーンに飛び乗りここまで必死こいてやって来てた。だから育ち盛りの僕は、この時、完全なガス欠、つまりはお腹がぺこぺこな状態だった。なので再び一人になった僕は、いやしくもあの絶品のフィナンシェを一気呵成に三つも立て続けに食べてしまった。さらには非常に高価な茶葉でメイドさんが丁寧に淹れてくれた紅茶を、まるでスポーツドリンクの様に少し熱いの我慢してぐいっと一気飲みした。それでもまだ喉が少しざらついていた僕は、メイドさんがティーポットのまま置いてくれていた紅茶をさらにもう一杯カップに波々注いでぐびぐび飲んでいた。


 その時だった。

 僕は、背後の扉が開くのを感じた。

 一瞬、メイドさんが帰って来たのかと思ったが、僕はすぐに自分自身の考えを否定した。何故なら、もしは入って来るたのがあのメイドさんなら、扉を開ける前に必ず扉をノックし声を掛けるはずだからだ。となれば考えられるのはメイドさんに呼ばれてあの引きこもり野郎の『翼』って奴がついに現れたって事だ。

 僕はそこに見るからにキモイ男が居るのを覚悟して、大きく一度深呼吸してどんな怪物がそこに居ても驚かない様に精神的な備えを万全にしてから振り返った。


「えっ……」

 その時、振り返った僕はそう言ったまま言葉を失った。

 そこには、ぶくぶくと醜く太り悪臭が漂って来そうなデブか、ミイラの様に痩せこけた眼鏡野郎かは別にして、そこには見るもおぞましい『キモイ野郎』が立っているとはずだった。

 しかし、僕の壮絶なる覚悟を華麗に裏切り、そこに立っていたのは……綺麗な花のプリント柄を散らした真っ白なワンピースを着た長身の少女だったのだ。

 赤いリボンを使って首の後ろ辺りで束ねた腰まである長く艶やかな黒髪。これまた磨き上げられた碁石の様な漆黒の瞳。そして目尻が少し上がり気味で少々冷たい感じもする切れ長の目を持つ彫の深い顔立ち。僕から見ると少々大人びた感じするまさに絵に描いた様な美少女と言うやつだった。


 彼女は小首を傾げながら少し気だるげな表情で頭を掻きながら言った。

「その制服、三ッ葵高校のだね」

 僕が着ている制服が三ッ葵高校の物だって知っていると言う事はこの女の子は翼のお姉さんなのだろうかと僕は咄嗟に思った。どうして僕がお姉さんと思ったかと言えば、明らかに少女と言う感じではあったが同い年と言うよりも年上って雰囲気がしたからだ。同時に僕は、またここへ来た目的でもある翼と言う引きこもり野郎に殺意にも似た激しい嫉妬を伴った憎悪の感情が噴き出すのを感じた。

 だって学校にも来ない引きこもりの癖に、あんな素敵なメイドさんが傍に居て毎日お世話してくれる上に、こんなに美人のお姉さんまでもが居るなんて、彼女も居ないこの僕の境遇と比べて理不尽なほど恵まれすぎているじゃないか。同じ高校生なのにこれ程の差があるなんて神様はなんて不公平なんだ。一度、天国へ行って神様を前にして小一時間だらだらと愚痴ってやりたいと、僕はその時、強く思った。

「三ッ葵高校をご存知ですか?」

 しかし、僕はそんな負の感情を心の底にぐっと押し留め、出来るだけ誠実かつフレンドリーな表情を浮かべてそう問い返していた。これは、当然「弟が三高の生徒なのよ」と言う答えを期待しての事だったのだが、その人の答えは僕の期待していた物とはちょっと違っていた。

「これでも一応、三ッ葵高校の生徒だからね」

 『えっ、こんな美人の先輩が我が校に居たなんて! しかもこんなに近所に。何という幸運!』僕はその瞬間、表面上は平静を装いつつ、心の中で大きくガッツポーズを取ってそう叫んでいた。いや、もう少しでそのままずばりを口に出して叫んでしまいそうだった。しかし、僕はそれを辛うじて抑え込む事に成功していた。しかし、このまったく予期しなかったあまりに嬉しい事態が、僕にいつもなら絶対に口にしない大それた発言をさせてしまった。

「突然ですが僕の家はこのお屋敷のすぐ下なんです。
 もし良かったら明日からでも一緒に登校しませんか?」

 待て! これ、デートの誘いって言うか、俗に言う告るって奴とほぼ同じ事だろ。僕はその台詞を口にしてすぐに自分がとんでもない事を口走ってしまった事に気が付いた。

「あっ……いや、深い意味じゃなく、
 まだ僕、新入生で三高の事、良く知らないから、
 通学途中にでも色々教えてもらえたら良いなぁって思って……」

 僕は俯いて、彼女から視線を逸らし少し口籠りながら、すぐに言い訳がましいフォローを入れた。でも、これとて見え見えな言い訳にしか聞こえないだろうって事は分かっていた。むしろ、こう言う事でさらにさっきの台詞が告白と同じだと念押ししてる様な物だ。

 僕は背中に冷たい汗がたらぁりと垂れるの感じながらじっと彼女の答えを待った。
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