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翼 アフェアーズ

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第1章 出会い

第6話 衝撃の事実

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 しかし、次に飛び込んで来たのは白いワンピースを着た彼女の声ではなく、扉を軽くノックする音だった。

「失礼します……」

 扉が開く気配と共にあのメイドさんの声がした。

 その声に僕が顔を上げると、あの彼女の肩越しにメイドさんが頭を軽く下げながら部屋に入って来るのが見えた。

「申し訳ありません、お客さま。
 今、翼坊ちゃまをお探ししてますので、
 もう少しお待ちくださいませ」

 メイドさんは少しすまなさそうな声でそう言いがらゆっくりと顔をあげた。

「何だ、小倉さん、僕を探していたのかい?」

 彼女はメイドさんを振り返ってそう尋ねた。

「あっ!坊ちゃま、お探ししてたんですよ。
 まさかこちらへ来ていたなんて!」

 顔を上げ彼女の存在に気が付いたメイドさんは、驚いた顔でそう言った。


 実際、僕はもうこの時点で事の重大さに気が付いても良かった。でもその時の僕はその事実があまりに現実離れしていて、耳に入ってく来る言葉をきちんと理解する事が咄嗟には出来なくなっていたんだ。ただ、二人の短い会話を聞いて何か知らないけど、もわっとした漠然たる不安の様な気持ちが心に沸いた事だけは覚えている。

「坊ちゃま、こちら坊ちゃまのご学友の方です。
 なんでも学校からの書類をお届けに来て下さったとか」

「僕はまだあの学校へ入試の時以外には入った事すらないんだよ。
 『ご学友』なんて言える相手はまだ居ないさ」

 メイドさんの言葉に彼女は屈託のない素敵な笑顔を浮かべてそう冗談めかして言った後、急に真面目な顔になって続けた。

「いや、待てよ。
 そう言えば、僕はさっき君に……
 『一緒に学校へ行かないか』って誘われたんだっけ。
 しかもその後の言葉からすると告白かなって感じもしたな。
 じゃあ、僕がその答えを『はい』って事にすれば、
 一気に君と僕はご学友以上の間柄になれる訳だ」

 真面目な顔でそう言った後、彼女はきょとんした顔になている僕を見て愉快そうにけらけらと笑った。

「あらあら、そうでしたか。
 それは大変、結構な事でございます、坊ちゃま」

 そんな彼女を見てメイドさんはそう言って本当に心から嬉しそうな微笑みを浮かべた。


 いや、待て。この会話、どう考えてもおかしいだろう。僕はこの時、やっと僕自身の心に沸いた漠然たる不安の様な物の正体に気が付き始めた。そうなのだ。メイドさんと彼女の会話は自然になされてはいるがそれでいてあまりに不自然なのだ。

 まず、メイドさんは彼女の事を確かに『坊ちゃま』と呼んでいた事。そして僕の事をメイドさんだけでなく彼女も『ご学友』と呼んだ事。この二点がどう考えてもおかしい。

 まず二番目の方は彼女から見て『同じ学校の生徒』と言う意味で『ご学友』と言ったとすれば納得がゆく。そして最初の疑問点の方もこのメイドさんがが『お嬢様』と『お坊ちゃま』を言い間違えたとすれば納得は出来そうだ。しかし、今までの言動や仕草を見る限りかなりのベテランそうに見えるこのメイドさんが、自分の主でもある彼女に対しあまりに失礼であるこんな言い間違えを一度ならまだしも何度もするはずがないじゃないか。

 そして僕は何か重大な勘違いをしているじゃないかと言う気がし始めた。

 そう考え始めた途端、それまで彼女が自分の事を『僕』と言っていた事が急に気になりだした。今時、アニメやラノベでは良く出てくる自分の事を『僕』と称する女の子は多いし、それを『僕っ娘(こ)』と言ってその部分にすごく惹かれる男の子も多い。最初は外見が知的でクールな感じの彼女が『僕』と自称するのがカッコ良くて魅力的だと僕も思った。しかし、もし、彼女自身はもっと自然な理由で自分の事を『僕』と言っているとしたら?

 そう言えば彼女は『これでも一応、三ッ葵高校の生徒だからね』とはっきりと言っていたじゃないか。僕は彼女が三高の先輩だと決めつけて聞き流してしまったこの言葉に、実は最も重要な意味があったのではないかと僕は思い始めた。間違いなく三高の生徒でありながらあえて一言『一応』と断りを入れねばならなかった理由があるとしたらそれは……。

 そう考えた始めた途端、僕は自分自身が感じた違和感をすべて一気に解消出来る『最適解』を見つけ出した様な気がした。何故かそれはとってもシンプルな答えなのに僕の理性と言うか常識がその最適解を口にするのを酷く嫌がっていた。でもどんなに僕自身がそれを拒否しようと、僕の頭の中に等号で繋がれた一つの式が浮かび上がって来るのを押し留める事は出来なかった。


『(如月 翼)=(白いワンピースの美少女)』 


「もしかして、君が『如月 翼』君?」

 僕はほとんど無意識にその禁断の最適解を口にしていた。

「もしかするも、しないも……僕が『如月 翼』だよ。
 ああそうだったか。
 すまないね、名乗るのをすっかり忘れていた様だ」

 そして、僕の目の前に立つ美しい少女はこれっぽちの躊躇もなくそう言ってにっこりと笑った。

 『いや、待てよ、君はどう見たって少女だろ。しかも飛び切りの美少女だろ』と僕は言葉にこそ出さなかったが、心の中で思わずそう突っ込んでいた。そしてアニメやラノベじゃあるまいしこんな展開あり得ないだろうとも思った。最近のTVのバラエティー番組の中で『男の娘(こ)』を何人の中から探し出すって企画がよくあるけど、今時の『男の娘』って見ただけでは本当に判別がつかない。それどころか本当の女の子より遥かに美人の『男の娘』が結構実在している。僕が勝手に『気持ち悪い引きこもり野郎』だって決めつけていた『如月 翼』がそんな『絶世の美少女』、もとい『絶世の美男の娘』だって今時不思議じゃなかったはずだ。

 そうならば『如月 翼』が全教科満点に近い想像を絶する好成績で入試を突破しながら今まで不登校を続けていた事も納得できる。彼女は……いや正しくは『彼』だ。彼はただ単に自身の勝手な理由で不登校を続けていたのでない。彼はこの性癖、いやいや、今時これを『性癖』と片付けては差別になる。言い直さねばなるまい。この一般的な人とは少し違う心と体の不一致と言う病気の為に学校に来る事を恐れていただけなんだ。
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