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翼 アフェアーズ

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第2章 初登校

第2話 翼がやって来る

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 その要件と言うのは、当然と言えば当然だけどやっぱりメイドさんから僕への個人的な何かのお誘いとかではなかった。それでも僕はその要件を聞いて少し心臓の鼓動が高鳴るのを感じた。

 メイドさんが伝えて来た要件と言うのは他ならぬ、あの我が三高一年三組の入学式から登校拒否が続く問題児にして女装美少女、通称『男の娘』であるあの『如月 翼』の事だった。なんでも翼が明日から学校へ行くと言いだしたのだそうだ。それでその翼曰く、僕が翼を一緒に学校へ行こうと誘ったのだからその約束を守って明日の朝から一緒に登校して欲しいとの事だった。

 いやいや、ちょっと待て。僕は確かに一緒に登校しようと誘ったのは間違いない。でも、それは翼が『男の娘』と知る前の時点だ。しかも、一緒に登校して欲しいと『お願い』はしたが『約束』はしていないぞ。

 でも翼は、中身はともかく外見だけなら誰が見たって、そうあの東九条にだって決して負けない程の美少女だ。それを傍らに連れて登校出来るなんて事はこんな機会じゃなきゃ滅多に出来る事じゃない。なので、僕はこちらは別に構わないと伝えた。するとメイドさんは、明日の朝七時に翼と共に僕の家まで迎えに来ると言って来た。七時と言うのは、僕が毎日家を出る時間とほぼ同じだったのでメイドさんと話している時は気にならなかったが、電話を切った後、僕の家から学校まで車で行くなら七時は少々早すぎる時間ではないかと僕は気になりだした。しかし、この点については相手があの不登校の問題児である翼の事、初登校初日は授業の前に色々先生方や事務の人達と野暮用でもあるんだろうと考え、すぐに自分なりに納得した。

 ただ、その一方で僕は、もし明日の朝、僕と翼が一緒に居るのを誰かクラスの人間に見とがめられたら、翼の事をどう説明するのかと言う大問題がある事に気が付いた。だって、僕は静ちゃんから翼の事に関しては彼女の口から説明があるまでは一切他言無用と釘を刺されていたのだ。しばらく色々な言い訳を考えていた僕だったが、翼が明日から登校するとなればおそらく明日の朝のホームルームで静ちゃんから必ず説明があるはずだと思い当った。もしそうなら何の事はない、それまでの間だけ適当に笑って誤魔化しておけば良いじゃないかと気楽に考え、読みかけだった『東雲 のの』のネット小説『約束の夜空に君と』をまた読み始めた。

 その夜は、夜遅くついにアップされた『約束の夜空に君と』の最終話があまりに素晴らしくて、感動の涙にむせびながら何度も読み返していた。その上、自分の感動をろくな推敲もせず書き殴った、後で読み返したら即刻削除して欲しい程恥ずかしい感想文を東雲先生のHPのBBSに長々と書き込んでいたので、僕がベッドに入ったのはもう明け方近くになっていた。ちなみにそのBBSは一度書き込んだら削除は管理者でなければ無理な奴でどんなに僕が後悔したところで僕自身がその投稿された稚拙な感想文を削除する事は出来なかった。この手のBBSに何か書き込む前には、一度大きく深呼吸をして頭を十分に冷やしてから投稿ボタンをクリックするべきだと僕は改めて思った。


 翌朝、僕はいつもの様に簡単な朝食を済ませた時間調整の為、感動と寝不足で目が冴えてるのか、ぼぉっとしているのか分からない状態でぼんやりとTVの朝のワイドショーを流し見してた。

 そんな時、キッチンにあるインターホンが軽やかなチャイムを鳴らした。

「兼光、いらっしゃったわよ!」

 インターホン越しに二言三言、言葉を交わしていた母がインターホンを切るなり僕の方を見て叫んだ。

 僕が鞄を手に立ち上がり玄関の方へ向かおうとすると母が何故かにやにやと変な笑いを浮かべながら僕の肩をぽんと叩いてこう言いやがった。

「兼光、頑張りなさいよ」

 そうしてご丁寧にもサムアップした右手を僕に突き出した。

「兄者、ついに兄者にも春が来ましたな。
 不肖この妹『小春』、兄者のご武運を心よりお祈りします」

 今時珍しくなりつつあるセーラー服を着た中学生の妹『小春』は朝食の途中だったのに、そう言って椅子からすくっと立ち上がると、直立不度の姿勢をとりうやうやしく敬礼をした。

 ちなみに余談だが、うちは母親も妹も身内の僕から見てもそこそこ可愛い。特に母親に可愛いと言うのも少し変に感じるかもしれないが、こいつの場合『綺麗なお母さん』って言う少し危ない匂いのする表現よりは、良くも悪くも『可愛い母親』と言う方がしっくりくる。まあそんな訳で僕の女の子を見る眼は結構肥えてると思ってもらって構わない。

 この母親、昨夜の内に簡単にではあるが事情をちゃんと説明しておいたのに、何にか決定的な勘違いをしてるらしい。その上、小春にまで、その勝手な妄想を大幅に取り込んで大きく事実を歪めてしまった内容を喜々として伝えたらしい。まったく困った親娘だ。

「お袋、小春、良いか、絶対にそんなじゃないからな!
 間違ってもその勘違いのままを他人に吹聴すんじゃないぞ!
 もししゃべったら……」

 僕はそう行ってから親指を立てた右手で自らの喉を掻き切る仕草をした後、思いっきり低くドスの効いた声で一言ずつ切りながら言った。

「コ、ロ、ス……」

 僕はそうやってお馬鹿な母親と妹にしっかり釘を刺してから鞄を片手にダイニングを出た。


 玄関を出るとそこにはあのメイドさんがあの時と同じ素敵なメイド服を身に着けて立っていた。

 ああ、やっぱりこの人は素敵だ。その姿を見ただけであまりの嬉しさに僕の顔は出来たてのピザに乗ったチーズの様にとろけてしまいそうだった。もしこの人が僕のメイドさんなら僕も翼同様、学校などには行かず一日中このメイドさんと家に居たい。あっ、やっぱりあの翼もこう言う理由で今まで登校拒否の引きこもり生活を続けていたんだと僕は思った。

「おはようございます、暮林様。
 今日は早朝よりお手数掛け申し訳ありませんがよろしくお願いします」

 僕の姿を見たメイドさんはそう言って頭を下げた。

「あっ……こちらこそよろしくお願いします」

 僕も思わずそう噛み噛みになりながらそう言いながらぺこりと頭を下げた。

「では、こちらへどうぞ……」

 僕が頭を上げるとメイドさんはそう言って僕を門の外に誘った。
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