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翼 アフェアーズ

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第2章 初登校

第4話 心は男?女?

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「いや、小倉さんに送ってもらうのは駅までだよ。
 駅からは市電を使って通学したいんだ。
 やっぱり如月家の者としては極力、ひい爺さんが愛した市電を使わないとね」

 翼はそう言って笑った。

「えっ、もしかして君ってあの『如月 長太郎』のひ孫さんだったの」

 この言葉で僕はやっと翼があの市電を廃線の危機から救った我が街の有名人と言うか市民にとっては英雄である『如月 長太郎』のひ孫である事に気が付いた。僕はあのデカいお屋敷と『如月』と言う僕の周りでは比較的珍しい名前からもっと早くその事に気が付くべきだった。いや、そう言えば母親から丘の上にある大豪邸はあの有名な如月家の物だって聞いた事もあったっけ。

「ああ、それもまだ話してなかったね」

「と言うか僕はまだ君の事、ほとんど知らないんだけどね」

 こっちを向いて笑う翼に僕もそう答えて笑った。

「でも僕にとって君はわざわざ家まで来てくれた上に、
 『学校に一緒に行こう』とあんな真剣な顔で誘ってくれた大事な友達だよ」

 そんな僕に翼はすごく素敵な笑みを浮かべてそう言ってくれた。あの時の僕ってそんな真剣な顔をしてあんな恥ずかしい事を言ってたんだと僕は翼の言葉で改めて知った。そして、勢いに任せて口を滑らせた男の下心全開の一言が奇しくも翼の心を捕えたとしたら、それはそれで『結果良ければすべて良し』だったなと僕は一人悦に入った。それが結果的に一人の不登校で引きこもりだった生徒を救ったのだから僕は自慢したって良いはずだ。しかもその生徒が本当の性別がどうあれすくなくとも外見上は誰が見たって超絶美少女なら、僕はクラスの男どもからは感謝こそすれ非難される覚えは断じてないと僕は言い切れる。

「だから君は遠慮せず僕に聞きたい事があったら何でも聞いてくれたまえ」

 翼は続けてそう言ってくれた。実は僕自身、翼に何を置いても一つ確かめておきたい事があった。その結果次第で僕は翼とこれからどう接して行くかと言うか彼との距離感が大きく変わってしまう可能性があったからだ。

「じゃあ、お言葉に甘えて……ちなみに君って……その……どっちなの?
 もし、君が答えたくないなら無理には答えなくても良いけど……」

 僕は、翼とは目を合わせず俯きながら、おずおずとしかもと途切れ途切れの小声でそう尋ねた。

「どっちとは?」

 翼が今までとは違う少し低めの声でそう聞き返した。それは明らかに男性的な響きを持った声だった。しまった! 声のトーンが変わった事に気が付いた僕は心の中でそう声を上げていた。もし、この質問が翼を傷つけ再び不登校の引きこもりに戻ってしまったら、僕は、この自分自身が不用意に口にした言葉を一生後悔し続けるのだろうかと僕は怖くなった。

「ははははっ! ごめん、ごめん、ちょっと意地悪だったかな?
 大丈夫、君の言いたい事はちゃんと分かってるから。
 僕もこういう姿をしてるから他人がどういう目で僕を見ているかって事くらい
 すごく良く分かるから気にしなくて良いよ」

 僕がその答えに窮しているのを見て、翼はまたすぐ元の少女らしい高めの声と調子に戻り、楽しげな笑声を上げてからこう言った。その急変した翼の反応に驚いて僕は顔を上げた。

「僕はお家の事情でこうして子供の頃からずっとこの恰好なんだ。
 だから、仕草とかも自然と女の子っぽくはなってるけど、
 中身は間違いなく君と同じ『男』だよ。
 もっとはっきり言えばそう言う意味で興味があるのは『女性』の方さ」

 そんな僕に翼は妙にあっけかんらりんとした顔でそう続けた。

「それを聞いて安心した。
 じゃあこれからは君を同じ男の友達として扱うね。
 まあ、だから、なんだ、この年頃の男なら誰でもする、
 女の子の前ではちょっと出来ない様な話題もしちゃっても良いんだよね」

「ああ、全然かまわない。むしろそう言う話は遠慮なくしてくれたまえ」

 僕が冗談めかしてそう言うと翼もそう言って愉快そうに笑った。実際、僕自身、翼のこの反応でかなり気持ちが楽になった。もし翼がその外見同様、心までもが肉体的性別とは違う今話題の『LGBT』系の人だったら、僕はどう彼と接して良いのか分からずかなり不安だったのだ。

 ただし、それは『正しい接し方』が分からない不安であって、断じて『LGBT』の人達を差別的に考えている訳じゃない事だけは強調しておきたい。僕自身はやっぱり恋愛の相手は異性が良いに決まってるけど、たまたまそれが同性だったとしても他人に迷惑を掛ける事さえなければ、それは『個性の一つ』だと僕は思っている。僕だって、翼みたいな本当に綺麗な『男の娘』を実際に目にしちゃうと、いつそっちの世界に足を踏み入れちゃうか分からなくなりそうだったからだ。

 心にあった大きな不安が消えた僕は、急に翼との距離が縮まった気がした。なんか一気に翼が言葉にした『親友』って感じになれた気がした。それで気分が楽になった僕は自分でも驚くほど饒舌にいろんな事を話してしまった。僕が大好きなアニメの話やネット小説の事。特にネット小説では『東雲 のの』のファンだと言う事を話したら、翼も嬉しそうに聞いてくれた。やっぱり外見上はすっごくユニークな存在である翼も、事『引きこもり』って事においては典型的なネット依存症だったんだろうと僕はこの時確信した。


 僕の家から、市電とJR、さらには愛知環状鉄道が乗り入れている大ヶ埼駅までは、空いていればほんの十分程度の距離である。通勤時間帯で駅に近づくにつれ結構道路が混雑して渋滞もあったけど、それでも十五分程でメイドさんの運転するシビックは大ヶ埼駅のロータリーに到着した。

 利用客向け乗降スペースにシビックを停めたメイドさんは、素早く運転席から出るとうやうやしく頭を下げながら翼の座る左リアドアを開けた。

 すると翼はお尻を中心にくるりと体をひねり、あのスカートから伸びる黒いストッキングに包まれた綺麗な足を揃えたまま車外に出した。そしてそのまるですべる様な手慣れた仕草であっと言う間に車外に出ていた。翼に続いて僕もリアシートの上を泳ぐ様な無様な恰好で這い進みながら何とか外に転がり出た。
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