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刀剣遊戯

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3rd game

P.M.20:30

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「――というワケで、臑かじりさんはゲームから脱落しマした。かなりの重傷ですが医者が言うには生命に別状はないそうデス」


 無月の父親である警視総監、神宗一郎じんそういちろうが秘密裏に所有する廃棄刑務所に戻った隆一は、隆二を拘束した牢獄にて事情を知らないギヨームに <狩猟> の最中に起きた出来事の一部始終を伝えた。


「あの人、我々の中では比較的まともな常識人なんデ、これを機に真人間に戻ってくれることを期待してマス」

「あの豚が真人間ねえ……ちょっと考えられないな。しかしゲームからの脱落を許すなんて管理人さんはホント天漢に甘いねえ」

「私と彼は親友ですから、甘くもナりますよ。それよりちるちるさん、あなたハそんな格好で今までいったいナニをやってたんですカ?」


 刃物の柄がついたご当地ティーシャツと両手に提げたビニール袋というギヨームの格好を白い目で見ながら隆一は言う。


「もちろん情報収集さ。何しろその上杉鉄心とかいう人物を、私はまるで知らないわけだからね。この町にこれといった人脈のない私としては買い物でもしながら尋ねて回るしかないだろ?」

「ただ単に観光してただけでショ! 真面目にやってくださいよ、マジメに!」

「そもそもが無理ゲーなんだ。不真面目にもなる。責はこのように不公平なゲームをやらせる運営側のほうにある」

「合意したんですからイチイチ文句を言わないでくだサい。コンセンサスを守るのは社会人の常識ですヨ」

「こらこら、お互い同じ趣味を持つ同志なのだから仲良くしないと」


 くだらない口論を始めた隆一とギヨームをいさめたのは、アジトに戻ってきたばかりの友重だった。
 二人は同時に振り返るが、友重の格好を見てぎょっとする。
 どういう事情か友重の全身は夥しい量の鮮血で真っ赤に染まっていた。


「……コクホウさん、あなたいったいナニをしてたんデスか?」

「ん? 僕はただ上杉さんの自宅にお邪魔してきただけですが……」


 とてもじゃないが自宅訪問してきただけのようには見えない。
 隆一が改めて問いつめると友重は血でごわごわになった髪を掻きながら、


「旦那さんの居所を吐かせようと彼の奥さんをちょっと拷問したんですよ」


 さも当たり前のことを当たり前にやっただけと言わんばかりに答えた。


「奥さん、なかなかに口が堅くてね。結局死ぬまで旦那さんの居所を吐かなかったよ。これぞまさしく真実の愛。うちの家内も生きていたら見習って欲しかったと思うぐらいだ」

「あの……感動しているところ誠に申し訳ないのデスが、そレはただ単に本当に居場所を知らなかっただけなのでハ?」

「あっ、やっぱり君もそう思う?」


 言って友重は腹を抱えて笑った。


「チャットでもリアルでも下品な奴だ。日本刀使いはこれだから嫌いなんだ」

「ほう、どうやら君も日本刀の斬れ味を知りたいらしいね」


 ――仲良くしろと仰ったのはいったいドコのドナタですかネえ。
 腰に結わえた刀の柄に手をかける友重と、フルーレに手を伸ばすギヨームの間に、隆一は慌てて割って入った。
 その後、隆一の必死の説得が功を奏し、二人はどうにか刃を納めた。
 血気盛んな狂人たちだが、話せばわかる分まだ完全に理性を手放したというわけではないらしい。


「経緯や手段はともカく、長年連れ添った夫婦が同じ日に天に召されたというのは、ちょっとロマンチックな話ではありマすかね」

「言われてみれば確にそうだね。これは善いことをしてしまった。善いことをした日は気分がいい」


 心底嬉しそうな顔をした友重を見て隆一は大きく肩をすくめる。
 亀の甲より年の功。狂人としての年季が違う。
 この国で一番狂っていると自負していた隆一だが、このご老体の前ではその看板を下ろすことを検討する必要があるかもしれない。


「私が言うのもナンですけど、本当コクホウさんってブッ壊れてますよねエ。あなたの提案した次のゲームも正気の沙汰じゃありませんシ」

「そんなに褒めてもゲーム内容は撤回しないよ。さっさと発表したらどうだい?」

「もちろん撤回の必要なんてございまセん。ですガ、発表はいましばらくお待ちください。まだゆびきりさんが戻ってきていませンので」

「ふむ、ではどのぐらい待てばいい?」

「さア? デスが、かなり時間がかカると思いますよ。何しろ病院での大立ち回りをどうにかして誤魔化さなきゃならないワけですから」


 しかし隆一の予想とは裏腹に、無月はすぐにアジトに戻ってきた。


「はろはろー」


 夜も深まっているのにやたらハイテンション。おまけにギヨーム同様、両手に土産持ち。紙袋の中には関名産のウナギ弁当、そしてこれからのゲームに使用すると思われる刃物類がたっぷりと詰め込まれていた。


「首尾はどうでスか?」

「上々よ。ガス爆発による事故ってことで処理しといたわ」

「あの部屋ってガスが使えるようニなってましたっケ? 私、ホテルに来ていただいたお客様に上杉って名前のヤクザの仕業だッて答えちゃったんですけド」

「あーなんかあの人、ヤクザのお仲間だったらしいね。隆一は知ってたの?」

「こんなド田舎の闇事情なんて詳しく知ってるわけないじゃないでスか。この辺一帯を仕切っているとイえば刀竜会デスから、そこの末端だったかもしれマせんね」

「それが正解みたいよ。実は私もさっき知ったばかりなんだけど」


 桐崎組のヤクザと共に事後処理をしている最中に、地元の警察官からその辺りの事情を詳しく聞いたそうだ。


「調べてみると刀竜会って結構大きい組織みたいだし、私としてもあまり目を付けられたくないから無理やり事故ってことにしといたけど、懇意にしている政治家を私たちが殺ったとバレたらちょっと面倒ね」

「上等デス。望むところデス。殺ってやるデス。もともと我々はこの中部地方を乗っ取るつもりでやって来たわけデスから、この機に一掃してやりますヨ。私を不愉快にさせた罪は果てしなく重いですデスDEATH」


 隆一は地団駄を踏みながら忌々しげに吐き捨てた。
 どうも獲物を無月に取られたことを未だに根に持っているらしい。


「私事で失礼。では無月さんも戻ってきたことですし、さっそく第三のゲームを発表いたしマス」


 ――どるるるるるるる。
 と、口先によるドラムロールで場を盛り上げながら、隆一はポケットから一枚の封書を取り出し、その中に入っていた紙きれを皆の前で広げて見せた。


「次のゲームはずばりこれデス!」

「……」


 周囲にしばしの沈黙が訪れる。
 紙には墨汁で大きく文字が書かれていたが、達筆すぎて無月やギヨームには読むことができなかった。


「……管理人さん。それ、なんて書いてあるんだい?」


 怪訝な顔でギヨームが訊く。


「『殺戮』と書かれているそうですが、確かにこれは読めませんね」


 文字の意味を知った途端、一気に場が騒然となる。
 しかし、そんなことは知ったことではないと言わんばかりに涼しげな顔をした友重が、淡々とした口調でその恐るべきゲームの内容を説明し始めた。


「ルールは簡単。制限時間以内により多くの人間を刃物で斬り殺した者の勝ち。殺す対象に制約なし。住所、氏名、年齢、職種、人種、性別、性格、性癖、その他一切不問。単純で純粋な虐殺ゲームです」

「私の台詞をとらないでくだサい」


 これ以上出番を奪われてたまるかとばかりに隆一が前に出て、友重の話を継ぐ。


「一見簡単そうなお題に思えるかもしれませんが、これが案外そうでもありまセん。市民だって馬鹿じゃなイ。刃物を向けられれば怯えて逃げるし力ある者なら反撃しようと試みマす。ゆびきりさんが極力抑えてくレますが警察だって決して無能じゃない。汚職まみれで見当違いな正義感に満ち溢れた彼らのこと、善良なる市民を守るために多分、きっと、おそらく、全力を尽くしてくれルことでしょう。
 様々な障害をくぐり抜け、外敵から自らの身を守りながら、限られた時間の中で絶え間なく人を殺シ続ける――知恵と機転と集中力、何よりも刃物を扱う腕を問われるシンプルながらも奥の深いゲームと言えるでしょうネ。
 ――はい、ここまでで何か質問等ございマすか?」


 すぐさま無月が挙手して一言。


「はーい。いくらなんでも狂いすぎだと思いまーす」


 隆一は大きく手を叩いて快哉を叫ぶ。


「私もソう思います。模範的な質問ありがとうございまス。これは是非とも提案者であるコクホウさんの話を伺わなくテは」


 一同の視線が友重に向くと、彼は濡れタオルで返り血を拭いながら面倒くさそうに答えた。


「戦から縁遠くなった今だからこそ文化や芸術的な価値が見いだされていますが、刃物はもともと生き物を効率的に殺すためにあるもの。刀は人を殺せてナンボですし、殺人鬼も人を殺してナンボでしょう。くだらない質問はよしてください」


 友重のこの答えに、二人は割れんばかり拍手で応えた。


「カッコいいいいいいっ! 模範的な回答ありがとうゴざいまス! 刃物は刃物らしく、狂人は狂人らしく。まさシく原点回帰というわけデスね!」


 しかしギヨームだけは友重の意見に不服があるらしい。侮蔑の籠もった眼差しと薄笑みを隠すこともしない。


「ははっ! 野蛮、実に野蛮だね。雅のみの字もない。それでも君は日本人かね?」


 侮辱された友重は殺気の籠もった眼でギヨームを激しくにらみつける。


「君とは常々意見が合わないな。不満があるようなら降りてもらって結構だ」

「殺らないとは言ってない。私もちょうど血に飢えていたところだ。たまには蛮族の真似事も悪くないだろう。
 だが本当にいいのかね。我々は地元に逃げれば後はゆびきりの父親が何とかしてくれるだろうけど、地元の名士である君はそうはいかないのでは? 顔を隠してこそこそと闇討ちするとして、果たしてどこまで隠し通せるものかな?」


 それはその通りだろうと隆一は思った。
 刀祖元重の子孫であり人間国宝でもある友重の知名度は抜群だ。特に地元では生き神の如き扱いだろう。それが大量虐殺などという大それた真似をすれば、どれだけ隠蔽に苦心しようが無事で済むとはとても思えない。
 しかし友重は不敵な笑みを浮かべながら、愚問とばかりにギヨームにこう返す。


「君は、取り返しのつかないことのほうが楽しいとは思わないかね?」


 ――わォう!
 隆一はまるで拳銃で撃たれたかのように胸を強く押さえてうずくまると、次の瞬間逆に大きく仰け反ってけたたましく笑い出した。


「今の言葉、私の心に深く深く刻まれました。あまりに陳腐な言葉で恐縮ですが――感動! ただ感動の一言です! あなたこそ真の狂人! 狂人オブ狂人!! 根拠もなく自分が一番狂っているト思っていた自分が今はただただ恥ずかしイ! コクホウさん――いえ、これからは師匠と呼ばせてくだサい!」


 まるで子供のように瞳を輝かせる隆一を見て友重は「弟子は取らない主義なのだがね」と得意げに微笑んだ。言葉とは裏腹にまんざらでもないらしい。


「ふむ、その点に関しては私も同意見だ」


 ギヨームは呟くと、壁に立てかけてあった三種の獲物――フルーレに続く二本目を手に取り目前で構えた。
 お椀型の鍔を付けたその細剣の名はエペ。フルーレのような訓練剣ではない。完全なる戦闘用の武器だ。


「血と悲鳴に彩られた最高に狂ったパーティにしようじゃないか」


 ――ヨうやく殺る気になってくれたようデスね。
 三者の意志がまとまったことに満足すると、隆一は両腕を大きく広げて高らかに叫んだ。


「一人殺せば殺人者。百人殺せば英雄! 果たして皆さンは英雄になることができるでしょうか!? では、こレより第三のゲーム <殺戮マサクゥル> の開始を宣言いたシます!」


 後の世に『関大虐殺』と呼称され、数年以上に渡ってお茶の間を騒がせることとなる、個人グループによる史上最大の大量殺人事件はこうして始まったのだ。


「某国の工作活動だ」

「宗教団体のテロだ」

「病気による不幸な事故だ」


 このような悲劇がどうして起こったのか。著名人による様々な憶測が各種メディアに流れ続けたが、その正体が刃物愛好家の狂人たちによるただのお遊戯ふざけであることを言い当てられた者は誰ひとりとしていなかった。
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