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翼 アフェアーズ

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第2章 初登校

第10話 男としての矜持

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「ど、どうしちゃったの、翼。何で笑うの?」

 突然笑い出した翼に驚いて僕は尋ねた。

「ごめん、ごめん。何だ、そんな事で君は悩んでたのか。
 僕は間違いなく『男』だよ。
 だって、ちゃんとその証が付いてるから絶対に間違いない。
 胸は偽物、早い話が女の子も使うパットの厚い奴を下着に入れてるんだ。
 女物の服は胸にある程度の膨らみがないと綺麗に着れないからね。
 もっとも僕自身は多少の事は気にしないんだけど姉がその辺りうるさくて。
 姉はそう言う事にすっごくこだわる性質たちなんだ」

 翼は笑いをこらえながらそう説明してくれた。要は僕が経験不足で本物と偽物の区別が付かなかっただけの話だったのだ。僕は、あの時、翼が本当は女の子じゃないかと思ってどきどきしてた自分が急に恥ずかしくなった。でもその時、僕は恥ずかしさだけじゃなく、失望と安堵の入り混じった不思議な感覚も覚えていた。

 確かに今、僕と翼の関係は、もし翼が本当は女の子だったとしたら、お互いの気持ちはまだはっきり確認してないけど、傍目から見たら絶対に『彼氏彼女』に間違いない関係である。つまり僕は生まれて、初めて、しかもこんな素敵な『彼女』が出来た事になるのだ。でも今、残念ながらそれが全て僕の儚い妄想だった事が判明した。これは確かに大きな失望だ。でも、翼が女の子でなければ、僕は変な気負いをする事なくなる。これからもそうして、翼と親密な距離で付き合えることになるんだ。これは僕にとってすごく大きな安堵に他ならなかった。

 まあ冷静に考えればあの時、僕が考えた事は誰が考えたってあまりに無理が多過ぎて、穴だらけの推論である事はすぐ分かるはずだった。それに僕自身、後で考えれば、胸の膨らみだけじゃなく、その時の状況なら翼の股間にあるべきモノの存在にも気が付けたはずだった。でも、あの時の僕は自分の願望が作り出した自分にとって都合の良い妄想に取りつかれ、その心地良さに酔ってしまっていた。だから、そんな簡単な事を思いつく心の余裕をすら完全に失っていた。ホント、恥ずかしい限りだ。

「はははっ、何だそう言う事だったか。
 なんか僕はずっごく恥ずかしい勘違いしてた様だね」

 僕は明らかに照れ隠しと分かるぎこちない笑いを浮かべてそう言った。

「だから君は電車の中で、
 僕をあんなに優しく抱き締めててくれたんだね。
 さらには僕を痴漢から守ってくれた。
 すっごく男らしくてカッコ良かったよ。
 男の僕でも惚れちゃいそうだった」

 おいおい、翼、君は何て事言ってくれるんだよ。僕は、それまでとんでもない勘違いをして穴があったら入りたいくらい恥ずかしかったのだ。それが翼の言葉で一気に天上界に上り詰めるほど幸せな気分に変わってしまった。そして、その時、その言葉通り、翼が男でも良いから僕にどんどん惚れてくれって心の底からマジで思った。

「そうそう、こんな話をしたついでに君には話しておこう。
 外見上もほとんどの下着も女の子用の物を身に着けている僕だけど、
 ただ一つ、パンツだけは男物のボクサーパンツを履いてるんだ。
 これだけは僕の譲れない一線なんだよ。
 家の事情でどうしても『女の子の姿』をしてなきゃならなかったけれど、
 僕は、前にも言った様に心と言うか精神はまったくの男なんだ。
 だから、その証として、例えそれが他人から分からなくても良いから、
 自分自身のアイデンティティーの象徴として男物のパンツを履いてるんだ。
 まあ、それでも姉は下も女物のショーツを履けってうるさいんだけどね」

 僕は男物のパンツ一枚に、こんな深い想いを込める人間など想像した事もなかった。男だから男物を当然の様に履く。僕はそんな程度にしか考えた事なかった。そして、この時、実際は普通の男の子なのに、外出時だけじゃなく家の中でさえもの子の格好していなければならない翼の隠された心の葛藤を初めて見た想いがした。翼は単に『綺麗な男の娘』ではなかったんだと僕はこの時初めて気づいた。

「君も色々大変なんだね」

 僕は半歩遅れて歩く翼を真面目な顔で振り返りそう言った。

「まあ、さすがにもう慣れちゃったけどね。
 もし君が、今僕が言った事を確認したいって言うなら、
 今ここで見せてあげようか」

 翼のそのとんでもなく嬉しい言葉に驚いた。そして、実際はどうせ冗談だろうと思ってはいたが、半歩後ろにいた翼の方を僕はゆっくり振り向いた。

 すると翼は平然とした顔でチェック柄のスカートの裾を掴んで今しも引き上げようとしていた。

「待て、待て、翼。さすがにここでそれはマズいって!」

 僕は驚いて、すでに膝小僧が完全に露わになるまでたくし上げれてしっまたスカートの裾を持つ翼の手を手を押さえた。

「はははっ! 冗談だよ。
 いくら中身が男の僕でもこんなところで下着を見せる趣味はないよ」

 こっちはマジで焦っていたのに、翼はそんな僕を見て笑うとスカートの裾を掴んでいた手を離した。腰の所で折ったりせず、膝下ほどの丈がある制服のスカートがふわりと落ちた。

「まったく、君って奴は。
 もし、僕が止めなかったらどうするつもりだったのさ?」

「ごめん、ごめん。
 でも僕には、君なら絶対に止めてくれるって確信があったからね」

 僕が少しむくれた顔でそう言うと、翼はまたあの笑顔を見せてそう言った。ホントにこいつはずるい奴だ。こんな嬉しい事、言われたら僕はこれ以上文句は言えなくなってしまうじゃないか。


 実はこの日の夜、僕は、誰も居ない夕暮れの体育倉庫の中で翼が、スカートを捲り上げて僕に下着を見せてくれるシーンを妄想してすっご興奮して寝れなくなってしまった。もちろんその妄想の中で翼は、『君だけだからね』なんて言いながら、頬を赤く染め恥じらいながら自らの手で制服のスカートをおずおずとたくし上げていた。そこには厚手の黒ストッキング越しに、男物のボクサーパンツなんかじゃなく、真っ白なでレースの縁取りがある正真正銘女物の素敵なショーツがうっすらと見えていた。恥ずかしい話だけどその夜、僕は初めて翼を『おかず』にした。僕の名誉の為に、ここだけはあえて強調しておくが、おかずにした翼は正真正銘の『女の子』だったから腐女子が喜びそうな誤解だけはしないで欲しい。
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