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翼 アフェアーズ

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第2章 初登校

第12話 恐怖の取り調べ

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 翼と別れて一人になった僕はそのまま、一般教室棟一階にある一年三組の教室へ向かった。

 一般教室棟はその名の通り、主に僕らが普段授業を受ける教室が入っている三階建ての建物で、一階に僕ら一年の教室が四つ、二階に二年生の教室が四つ、三階に三年生の教室が四つ横並びに入っている。マンションと同じで見晴らしの良い上の階が上席で、そこに年功序列で入っているのはまさに日本社会の縮図である。僕らはこうして知らず知らずの内に社会人として必要な暗黙のルールを教え込まれているのかもしれないと僕は思っている。

 でも一番見晴らしの良い特等席と思われる三年生用三階の教室だが、晴れた真夏には朝から強い日差しですぐ上にある屋上がじりじり焼かれる。その焼かれた天井からじわりじわりと降りてくる熱でエアコンの効きが悪く感じられる事も多いらしい。逆に一年生の教室は窓の外から見えるのは、ほとんどが前にある職員室や事務室等が入った二階建の管理棟で見晴らしは確かに良くない。しかしその一方、管理棟が絶妙の日陰を作って窓からの日差しが遮られ夏場のエアコンの効きは素晴らしい。

 それでも一昔の前の三高生に言わせれば、効きが悪くたってエアコンがある夏の授業は天国以外何物でもないと言われるのだろ。それに冬場はその逆になるから一概にそうだとも言いきれない。この様に同じ事実が、時によって意味を変えてくる事もまた、これはこれで人生や社会の縮図そのものの様な気が僕にはした。


「さぁ、暮林君、取り調べの時間よ!
 大人しくこちらに来なさい」

 僕が一年三組の教室に入るといきなり東九条の弾んだ声がした。この声で僕は市電での痴漢騒ぎの後、『これ以上の詳しい話は教室に着いてからゆっくり聞くから』と東九条が言っていたのを思い出した。その言葉通り東九条は先に教室に到着し、僕が来るのを手ぐすねを引いて待っていたのだ。

 ちなみに、この時点ですでに僕のクラスの生徒はほとんどが教室にそろっていた。

 東九条の声に、まるで上司に命令された部下の刑事よろしくクラスメイトの『舟橋ふなはし とおる』と『元木もとき 一馬かずま』が僕の両腕を左右からがっちり捕まえた。

「悪いな姫君がお待ちかねだったんだ、兼光」

「でもお前も隠れてイイ想いしてたんだから諦めろ」

 二人は僕にそう囁くと、有無を言わさずぐいぐいと窓際かつ一番前の席へと引きずって行った。その席こそ、この教室に君臨する、いや今や三高全体に君臨する『完全無欠のプリンセス』である東九条の席だった。

 東九条は椅子をこちら側に向けてどかりと座り、腰の辺りで折って丈を短くしたスカートから伸びる綺麗な素足を優雅に組んでいる。そして、にやにや笑いながら赤いセルフレームの眼鏡越しに僕を見ている。その後ろには例の『侍女三人組』が金屏風よろしく並んで控えていた。東九条に負けず劣らずこいつらも何やら妙な期待にその顔をきらきらと輝かせているのが僕には無性に憎らしかった。

 ちなみに東九条のスカート、丈を短くしていてもそれが下品に見えない絶妙な長さに抑えられている。この辺りなど、悔しいが東九条のセンスの良さを認めざるを得ない。

 水滴を落とせばぴんっとはじき返しそうな程張りと潤いに満ちた東九条の真っ白な生足は確かに素敵だと僕も思う。でも僕は同じ美脚でも翼みたいに黒ストッキングに包まれていた方が好きだ。だって、もろに全てを曝け出すより、そちらの方がミステリアスで大人の色気があると僕は思うのだ。そう言いつつ、僕もやっぱり思春期真っ只中の男の子だ。東九条の美しく組まれた長い生足を見ると、体の一部がどうしてもむずむずし始めるのもまた隠しようのない事実である。

 そんな事を考えてたら、ふと、翼も夏になったらあの厚手の黒ストッキングを脱いで素足になるのだろうかと思い翼の生足姿を想像してしまった。翼は『男の娘』なので、すね毛とか大丈夫だろうか? そうなるとその処理で毎日お風呂が大変じゃないだろうか? 中身がどうあれ外見があんな超絶美少女さんのすね毛なんて絶対に見たくなよな、なんて変な事まで気になりだしてしまった。

 これから、あの生まれながらして姫君の東九条から拷問にも似た厳しい訊問を受けるってと言う時に、こんな事をつらつら考えてしまう僕は筋金入りの脚フェチなんだろうか? メイドフェチである事は公然と認めてはいるけど、この上脚フェチなんて事になると東九条一派から変態認定されかねない。いや、翼が男の娘と判明した後でも、僕が翼を見てどきどきしてる事なんかが何らかの事情でバレたりしたら、それこそ僕の高校三年間がその時点で終了しかねない。


 結局、東九条の前にお白洲にひったてられる犯罪者よろしく引き出された僕は、東九条から翼自身の事や、僕との関係、知り合った切っ掛け等について厳しい取り調べを受けた。東九条だけでなく、僕が来る前に東九条から今朝の事件を聞き及んで周りに集まって来たクラスメイトからも口々に翼の事を問い詰められる羽目になった。

 しかし僕は、東九条の相手を精神的にじわじわと追い詰めるヘビの様に恐ろしい精神的拷問にも耐え抜いた。そして僕は最後まで静ちゃんとの約束をきちんと守り通したのだ。僕には、東九条からじわじわと波状的に受け続ける精神攻撃より、その前に一発で精神の深い部分に恐怖を刻み付けた静ちゃんの口止の方が遥かに恐ろしかったのだ。

 それでも正直に言うと、僕はもう少しでゲロする所まで追い詰められていた。もう全部しゃべって楽になりたいと心のカギを自分自身で回してしまいそうになったその時、いつもより少し早く、教室の前側の扉が開いて静ちゃんが入って来たのだ。

 この時の現れた静ちゃんはまさに『救いの女神』そのもので、僕には静ちゃんが神々しく輝いて見えた。


「はいはい ガキども騒いでないでとっとと席に着きやがれ!」

 静ちゃんはいつもの朝と変わらぬハイテンションのノリでそう僕らに向かって叫んだ。 

「悪いな、東九条……」

 僕は小さくそう呟いて逃げる様に、窓際から二列目の最後尾にある自分の席に逃げ帰った。

「ちっ……あと一押しだったのに……」

 きっと僕は静ちゃんの姿を見て他人から見ても分かる程露骨な安堵の表情を浮かべたのであろう。そんな僕の背中に東九条が悔しげに舌打ちしながらそう小さく呟いた。
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