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翼 アフェアーズ

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第2章 初登校

第14話 学校公認女装男子

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「はい、はい、静まれ、お前ら!
 お前らが騒ぐのも分かるがこれは事実だ!
 今から本人に挨拶させるからとにかく黙って聞け!」

 またもや騒がしくなった教室を見て、半分呆れ顔になりながら静ちゃんが声を上げた。すると生徒たちは口々に不満を漏らしながらも何とかまた静かになった。それを確認して静ちゃんは目で翼を促した。

 すると翼は今一度その場で居住まいを正してから一礼した。そして口を開いた。その声は、女の子としては少し低めとも思えなくもなかった。しかし、とても声変りを終えているはずの男の声とは思えぬ声だった。その姿に負けず劣らずの魅力的な声が教室に響いた。

「『如月 翼』です。
 少し遅れましたが、今日から学校に出てきました。
 まず最初に、皆さんに言っておかなければならない事があります。
 僕は、中身も精神も正真正銘の男です。
 色々面倒な家庭の事情があって今はこう言う恰好をしています。
 この事は、学校の方にも特別に許可を頂いてますので、
 その辺りの事をどうかご理解していただけると助かります」

 そう言うと翼は一旦言葉を切って、深々と頭を下げた。すると、時間が止った様な静寂が訪れた。クラス中、皆、この想像だにしていなかった展開に言葉を失って思考が停止してしまった様だった。

「本人が言うように私等教師を始め学校側もこの事は了承している。
 つまりこの件は秘匿事項ではなくオープンな情報だ。
 事実、全校各クラスのホームルームでも今頃、各先生方が事情説明してるはずだ。
 だから、お前らも極力、変なトラブルが起きない様に翼に協力してやる様に。
 特に暮林ちゃんは、すでに翼とは並々ならぬ関係みたいなので、
 この美人の如月ちゃんを独り占めしようなどと画策しないで皆と協力する様に!」

 思考停止に陥ってどう反応して良いものか悩んでいた生徒たちに静ちゃんはそう言うと、僕の方を見てにやりと笑った。

「てめぇ、暮林! 翼ちゃんを独り占めするために黙ってたのかよ!」

 不良を気取る優等生の時田が真っ先に沈黙を破って声を上げた。時田の声が切っ掛けになりすぐさま弾んだ明るい声が次々と上がった。

「並々ならぬ関係って……なんかすっごくエッチなんですけど……」

「ちくしょう、兼光の野郎、俺たちが知らない内に抜け駆けしやがって」

 沈黙が教室を支配した時は、さすがに少し不安げな表情を浮かべていた翼だった。それが今は何か嬉しそうに可愛い、そう本当の女の子みたいに可愛い笑顔を浮かべている。そして、時折、僕の方を見ては僕と視線が合うと苦笑いも浮かべてた。

 一度は生徒たちの常識を遥かに超える展開で難しい雰囲気になりかけた教室だったが、静ちゃんのこの言葉で一気に和んだ。雰囲気が和んだのは良いが、おかげで僕が『諸悪の根源』の様な展開になってしまったじゃないか。

 この時、僕は、静ちゃんの巧みな策略にきっちり嵌められていた事を悟った。静ちゃんは、最初からこれがやりたくて僕に変な口止をしたのだ。まったく、この人は綺麗な顔して何て恐ろしい魔女なんだって僕はその時、マジで思った。

 事実、後で静ちゃんは『だって、こんな面白い事実、私がみんなに言って、みんながどんなリアクション取るか見てみたいじゃない』って僕にあの恐ろしい口止をした理由を教えてくれた。こっちは、その事実を知るまで死ぬほど悩んでいたんだ。その上、今朝はホームルームが始まるまで翼の事を東九条に精神的拷問とも言える取り調べを受けてもしゃべる事が出来ず針のむしろだった。まったく、この人は、その事、分かってるんだろうか?

 この時の生徒たちは、皆、頭では翼が男の娘だとは聞いて理解は出来ても、まだその外見に意識が引っ張られて翼の事を綺麗な女の子としてしか認識できていない様だった。まあ、かく言う僕だって他の生徒たちと同じ様なものだった。いや事によると、僕の方がある意味、重症かもしれない。だって時折、翼を見て沸き起こる変な衝動は、可愛い女の子を間近にした時のものに違いなかったからだ。


「時間もないので各自の自己紹介は休み時間に適当にやっとけ。
 ……とわざわざ言わなくても、
 どうせ、お前ら次の休み時間には如月ちゃんに群がるだろうけどな。
 じゃあ、如月ちゃん、君の席は窓際の列の一番後ろの空いてる席な。
 奇しくも愛しい暮林ちゃんの横だから、
 彼氏の暮林ちゃんは色々と面倒見てもらうと良い。
 もう我がクラス公認の仲なんだから遠慮なく彼に甘えて良いぞ」

 そう言って静ちゃんはわざと意味深な笑みを浮かべた。そして、静ちゃんに促されて翼は今までずっと空席だった自分の席に帰って来た。もちろん、そこは静ちゃんの言葉通り僕の席の真横だ。まあ、帰って来たと言っても、当然、それは言葉の綾ってやつで翼がこの席に着くのは、この時が初めての事だった。

 静ちゃんのこの言葉で、再び僕は教室中の生徒から殺意さえはらんだ鋭い視線に晒される事となった。その時僕は、男子だけでなく、女子の一部からも同じ様な視線を浴びせられたのを感じ取った。その事に僕はすごく不思議な気分になった。でも、その事については、その後、僕にも理解できる様になった。その辺りの事情はまた後で詳しく述べる事となる。

 席に座った翼に僕は小声で尋ねた。

「教科書とか持ってる?
 よかったら見せたあげようか」

 そう言いながら僕は、漫画やアニメで良くある転校生とのお約束のアレを期待した。そうそれは、今日一日、教科書をまだ持ってない翼と席をくっつけて授業を受ける事に他ならない。しかし運命と言うものは、そうそうそうこっちの思い通りに事を運んでくれる訳ではない。

「ありがとう、兼光。でも、大丈夫。
 学校で必要な物は全部、小倉さんが揃えて持たせてくれてるからね」

 席に座った翼は僕の方を向いてそう言って笑った。僕は限界まで膨らんだ期待が、穴が開いた風船の様にしわしわしぼんで行く失望感を感じた。でも現金なもので、僕の心は翼からまたこの素敵な笑顔を貰えた事ですごく幸福な気分で満たされていった。
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