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翼 アフェアーズ

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第3章 最初の一日

第3話 初めての食堂

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 翼は男なのだ。いくら外見が綺麗でも男の娘である事には絶対に変わりはないのだ。その翼にこんな感情や体の変化を起こしてしまう僕は、もはやノーマルな男子ではなくなってるんだ。落ち着け自分。翼の外見に騙されるな。

 ……と僕の理性は何度も何度も心の中で声を上げていた。

 しかし、その一方で……

 翼は素っ裸にしてしまわない限り、誰が見たって素敵な美少女にしか見えない。世の中には服を着たままするっていう方法だってある。そう考えれば翼を見て、男として欲情して何が悪い。今の世の中、LGBTだって市民権を得ているじゃないか。翼がこれだけ僕に懐いていてくれるんなら、この際そっち方面へ進むのも悪くないぞ。

 ……と悪魔が甘い声で囁く。

 翼と一緒に居る時間は、実際にはまだとても短いのに、僕の心はどんどんイケナイ方向へ流されてゆく様な気がした。


 僕は、うれしさと誇らしさで、にやける顔を必死にこらえつつ歩いていた。そして、まるで恋人の様に僕の横にぴたりと寄り添い歩く翼を伴って学食にたどり着いた。

「これは良い!
 どれも美味しそうだね、兼光。
 色々と目移りがしてしまうよ」

 学食の入り口まで来た翼は、早速、そこに置いてある食品サンプルの棚を食い入るように見ていた。

 あれだけの大邸宅に住む大金持ちのご令嬢、いや正確にはご子息であらせられる翼である。僕は最初、いくら名門私立高校とは言え、僕の様な普通の家庭の子供も通う高校の学食のメニューなどには興味は示さないと思っていた。確かに、ここはお洒落なカフェテラス風の外見を呈してはいる。しかも、味は市中のカフェテラス並みにかなり良いの確かだ。しかしメニューの構成そのものは、その安さも相まってほとんどがごく普通の学生食堂と同じ物だった。それなのに、翼がこれほどまでにそのメニューに興味を示した事は、僕にとっては大きな驚きだった。

 そしてまたここでも御多分に漏れず翼は、早々と学食に来ていた僕らのクラスメイトはもちろん、他の学級、学年の生徒たちからの熱い視線を集めていた。食品サンプルを熱心に見つめる翼の後姿を見ながら生徒たちは口々に噂しあっていた。

「うわっ、すっげぇ美人。
 あんな娘、三高に居たけ?」

「一年の転校生じゃね?」

「うおおおっ! マジ、彼女にしてぇ〜!」

「ほらほら、あの子でしょ、例の一年生の……」

「そうそう、でも本当にあれで男の子なの?」

「はははっ! あんたより女らしいじゃん」

「お、俺、あの子なら男でも良いかも……」

「俺も! あの子とならまともな人生踏み外しても良い」

 食品サンプルを見る翼は、少し前かがみになっている。その為、お尻が突き出される格好になってスカート越しに翼の引き締まった素敵なお尻の形が嫌でも露わになってしまう。しかも翼は食品サンプルの並ぶ棚を上下左右にきょろきょろ見回している。だから当然、それに合わせてその格好の良いお尻が上下左右にふりふりと揺れ動く。仮に頭では男の娘と分かっていたとしても、その動きは思春期真っ盛りの男子の性的な好奇心を刺激するには十分すぎるほどだった。だから、そんな翼のお尻を、見るからにいやらしい目で食い入る様に見てる男子だって少なからず居た。それに気が付いた僕は、目の前で自分の彼女が数多くの汚らしい視線で視姦されている様な気分になりすっごく腹立たしい気分になった。


「翼、さあ、行くよ……」

 僕はいたたまれない気分になって、まだ食品サンプル棚を見ていた翼の手を引いた。

「あっ……兼光、待って……」

 翼はすごく名残惜しそうに食品サンプルに視線を送りながらそう言った。でも逆らうことなく僕に手を引かれて素直に学食に入った。

 僕は翼の手を引きながら、そのまま真っ直ぐ食券の自販機へと向かった。翼は僕に手を引かれながら、もうすでに食堂の席に着いて食事を始めている生徒たちの食べている物を興味深げに見回していた。

「翼、最初に、ここ食券を先に買うんだよ。
 君は何にする。
 僕は日替わりのA定食にするよ。
 今日は人気の酢豚だからお勧めだよ」

 食券販売機の前まで来た僕は手を引く翼を振り返ってそう尋ねた。

「いや、僕はあれが良い!」

 すると翼は、すでに席に着いて丼物を一心にかき込んでいる体育部所属っぽい体の大きな男子三年の方を指さして叫んだ。

 ちなみに三高は、学年によって、一年は赤、二年はベージュ、三年はブルーという様に男子ならネクタイ、女子ならリボンの色が違う。だからそこを見れば相手が何年生かは一目瞭然なのだ。

 指さされた三年男子は、見たこともない美少女に突然、指さされた事に驚き、箸を動かす手を止めてきょとんとした表情になった。三年男子は見るからにいかつい大男だったので、僕は翼が彼に絡まれてしまうのではないかと少し心配になった。そんな状況になれば、もちろん僕は迷うことなく身を挺してでも僕は翼を守る気でいた。しかしその時、翼は目が合った三年男子に対して、またあの反則技的な笑みを浮かべて小首を傾げてみせたのだ。すると、そのいかつい三年男子は、乙女の様に頬を赤く染め、一瞬でその表情をでれでれと崩し始めた。まったく翼のあの笑顔が持つ破壊力は誰が相手でも無敵の様だ。

「あれって……ああ、カツ丼だね。
 ここのは卵がとろとろで結構、美味いよ」

 僕がそう答えると翼は嬉しそうに言った。

「やっぱりあれがカツ丼なんだ!
 じゃあ、ぜひ食べてみなくちゃ!」

 もっとも、あのいかつい三年男子が食べていたのは、同じカツ丼でも大盛どころか裏メニューの特盛ってやつだ。しかも彼のトレイにはさらにこちらも特盛の肉うどんまで乗っていた。まあ、あのでかい図体ならば当然と言えば当然だろうと僕は思った。

 んっ? と同時にその時、僕は、翼の言葉に奇妙な違和感を感じた。今の翼の言葉、なんだか翼はあの三年男子生が食べていた丼がカツ丼だとはわからなかった様な気がしたのだ。ここの学食のカツ丼は外見は極々普通の卵とじカツ丼で、誰でも一目見ればそれがカツ丼だとわかるはずの物なのだ。それなのになぜ翼はあんな言い方をしたんだ?

 そう心に微かな違和感を持ちながらも僕は、翼に食券自販機の使い方を教えながらカツ丼の食券を買ってあげた。
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