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翼 アフェアーズ

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第3章 最初の一日

第8話 いけない妄想

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 その時の二人のやり取りはこんな感じだったらしい……

「主将直々にお誘いは本当にありがたいのですが、
 僕は昨日まで不登校していた問題児で、
 しかもこんな格好していますがれっきとした男なんです」

 柔道部のマネージャーをと誘うその上級生に、翼はそう言って少し困った様な表情を浮かべてやんわりと断った。

「あっ……そうか!
 じゃあ、今朝、先生が言ってた今日から登校し始めた、
 訳アリの一年生『如月 翼』君って言うのは君だったんだね」

 翼の話を聞いた鬼塚先輩は、そのイカツイ図体に似合わない人懐っこそうな笑顔を浮かべてそう言った。

「じゃあ、ちょうど良い。
 今いる女のマネージャーじゃ色々難しい事も、
 君の様な同じ男同士なら問題なくこなせる。
 それに、マネージャーじゃなくても、
 普通の部員として柔道部に来ても良い」

 翼は体よく断ったつもりだった。けれども鬼塚先輩はそれでもめげずに、熱い口調で翼を柔道部に勧誘したという。


 すでに周りが暗くなるくらい遅くまで一人で、鬼塚先輩はもくもくと練習をしていた。そして鬼塚先輩がやっと練習を終え道場を後にしようとすると、マネージャーになった翼がタオルを片手に道場に入って来る。

「お疲れ様です、主将。
 これタオルです。使ってください」

 そう言って少し恥ずかしそうにタオルを差し出した翼の手首を、鬼塚先輩がぐっと掴んで自分の方へ引き寄せる。

「あっ……ダメ、先輩」

 彼はそのまま翼を道場の畳の上に押し倒し、その華奢な体をいやらしい手つきでまさぐりながら翼の耳元でこう囁いた。

「今日は今から君にみっちり寝技の指導をするからね」

 そう言ってにやりと笑った鬼塚先輩に、翼は少し頬を赤らめ観念したよう目を閉じに小さく囁く。

「はい、先輩……でも優しく教えてくださいね……」

 何でだよ、翼。何で抵抗しないんだ。君はそう言う男に半ば強引に迫られるのが好みだったのかい?


「ダメだ! 絶対にダメだって!」

 僕は思わずそう声に出していた。

 どうやら僕は、女子に人気であのイカつい図体、そして柔道部と聞て、勝手に変な妄想を膨らませていたらしい。こんな時にアニメやラノベにどっぷりと漬かったヲタクの悲しい性が出てしまった様だ。

「えっ? 兼光、急にどうしたんだい?」

 事の成り行きを話していた翼が、そう言って少し驚いた表情で僕を見ていた。その声に僕は一瞬で現実に引き戻された。

「あっ……いや、その、まだ部活動なんて君には話が早過ぎると思ってね。
 だって、ほら、君はまだ今日初めて学校に来たばかりだし。
 それに部活動だってこの三高には他にもたくさんあるから、
 急いで決めることはないかなって思ったんだよ」

 僕はあんな恥ずかしい妄想、翼にだけは絶対に知られたくなかった。だからぎこちない笑みを浮かべながらそう言い訳がましく答えた。

「僕も今のところまだこの学校やクラスに馴染むのが精一杯で、
 とても部活動の事まで頭が回らないと言うのが偽らざる現状だよ。
 だから、あの先輩にもそう言ってちゃんとお断りしたんだけどね」

 翼はそう言って苦笑した。ああ良かった、翼はやっぱり断ったんだ。僕は翼の言葉になぜかとても安堵を覚えた。

「ちなみに兼光は何か部活動などしているのかい?」

 翼は続けて小首を傾げながら僕に尋ねた。

「いや、僕もまだどこの部にも入ってないよ。
 基本的にガチガチの体育会系は苦手なんだ。
 文科系の緩めな同好会の中には興味があるのはあるけどね」

「そうなんだ。
 僕もどこかそう言う物に所属するなら兼光と一緒が良い」

 僕はそう答えた僕に翼は僕を見てそう言ってまたあの素敵な笑顔をくれた。翼が僕と同じ同好会に入りたいって言ってくれたのは確かにとても嬉しかった。けれども、僕が興味を持っている同好会を考えると少し微妙な気持ちになった。だって、僕が今興味があるのはネット小説やアニメを研究するかなりヲタク色が濃い同好会だったからだ。僕がそう言う物に興味がある事は、すでに翼には話してはある。しかし、本当のところ僕は興味があると言うレベルを超え、かなり重症な隠れヲタクなのだ。もしその事が翼にバレたらドン引きされそうで僕はすごく怖かった。今の僕は、翼に嫌われくらいなら潔く自分の趣味を捨てるくらいの覚悟はある。

 その一方、もしその手の同好会に翼を連れて入ったら、僕はその同好会で一気にヒーローになれそうな気もしていた。そして翼はきっとその同好会のスーパーアイドル化するだろう。だって、その手の人たちにすれば翼と言う存在はまさにアニメやラノベの世界から抜け出て来て様な滅多にお目にかかれない稀有な存在だからだ。

 まあ、翼の場合、ごくごく普通の人間の集まりである我がクラスでもすでに『際物きわもの』扱いと言うより『アイドル』扱いと言う感じになっている。その美貌、頭脳、そして家柄においも並ぶ者なしのと言う我がクラスの女帝と言うべき東九条の立場ですら、近い内に翼は脅かしかねないと僕はその頃から密かに思っていた。

「まあ、うちは伝統的に帰宅部所属の比率が多いから、
 このままでも全然、不都合はないよ。
 むしろ縛りの緩い同好会系の方が人気が高いくらい」

 僕はそう言って翼に奢ってもらったデザートプリンをスプーンですくって口に運んだ。ただでさえ甘めのプリンに、それに輪をかけて甘くて濃厚なホイップクリーム、そこに今が旬のちょっとすっぱめの生サクランボの絶妙なコントラスト、このデザートプリンは僕が思っていたより遥かに美味しかった。

「なるほどそうなんだ。そっちの方が僕も助かるよ。
 僕も上下関係などが厳しい日本的な部活動は苦手なんだ。
 そうは言ってもスポーツは嫌いじゃないんだけどね」

 翼はそう言いながら、ホイップクリームの山の上にちょこんと乗っていたサクランボの柄を手で掴むと、その先についてた真っ赤に熟した実をまるでキスをする様に口に含んだ。そのしぐさがなんだかすっごくエッチに見えた。いけないとは思いながらも僕は胸の辺りがもやもやして体の一部がびくんと反応してしまった。まったく、こいつは男の癖に実にけしからん奴である。


 鬼塚先輩が去った後、直接話しかけに来たりする者までは現れなかったが、翼に興味を示す輩は非常に多かった。僕までもが異様な注目を浴びているのをひしひしと肌がひりつく様に感じていた。そんな中でも僕は、恋人同士の様に翼と二人並んでデザートと食べる午後のひと時を十分堪能することが出来た。
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