一生折れないビジネスメンタルのつくり方

名越康文 「嫌われても大丈夫」な自分を手に入れよう

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1:2:7の法則

やたらと自分にばかり厳しい上司。
揚げ足ばかりを取ってくる部下。
なぜか馬が合わない同僚……。
職場に苦手なタイプの人がいると、それだけで気が滅入りますよね。

「嫌な相手なら付き合わなければいい」と言いたいところですが、仕事であれば、そういうわけにはいかないケースも少なくありません。ましてや、その相手が、同じ部署で毎朝顔を合わせる上司や部下であったり、どうしても付き合わなければならない得意先の担当者だったりすると、それこそ、精神科に相談をしなければいけないくらい、心の状態を悪化させる原因になってしまうこともあります。

ただ、「苦手な相手と付き合う」ということは、どんな仕事であっても避けることができない現実なのだということには変わりはありません。

かつて私のカウンセリングの師匠に、ちょっと冗談めかして「宇宙の真理って知ってる?」と聞かれたことがありました。「え?」と絶句していると、「それは1:2:7の法則というのです」と、これも芝居がかった預言者のような口ぶりで厳かにおっしゃいました。その時の可笑しさとその後に語られた衝撃の事実(笑)は、今もありありと脳裏に刻まれています。ほんとうに師匠とはありがたいものです。

さてその“真理”とは何なのか。僕が学んだアドラー心理学は対人関係の心理学なので、この「1:2:7の法則」も対人関係の法則のことなのです。たとえば自分の周囲に10人の他人がいるとします。そのうち、あなたが少々何をしでかしても、変わらずあなたのことを好きでいてくれる人が1人はいる。でも喜んでばかりもいられません。一方であなたがどんなにいいことをしても、どうも気に入らない奴だと思っている人が2人いるのです。そして残りの7人は自分の接し方によって敵にも味方にもなりうる人たちだ、というのです。

この教えにはもちろん科学的根拠があるわけではありませんが、これは、いま振り返ってみると改めて人間関係の真理をついているように思います。

同じ職場に10人、20人の人がいたら、どうも気が合わない人は必ず2人や3人はいる。そういう人とどう付き合っていくのかということは、働く人であれば誰にとっても避けがたい重要な課題なのだということを、まずは確認しておきたいと思います。

「すべての人に好かれなければいけない」
という思い込み

特に日本人に顕著な傾向ですが、無意識のうちに「すべての人に好かれなくてはいけない」あるいは「誰からも嫌われてはいけない」という思い込みにとらわれている人というのは、少なくありません。

先に述べたように、どうしても気の合わない人というのは10人に2人ぐらいは必ずいる。そうすると、この「すべての人に好かれなくてはいけない」「誰からも嫌われてはいけない」という思い込みが無意識的に強い人は、普通に仕事をしているだけで、非常に大きなストレスを抱えることになります。

最近、小学生や中学生の不登校が社会問題化していますが、私が児童相談所などでかかわってきたケースをみても、学校にいけなくなる子供の多くにみられるのが、この「すべての人に好かれなくてはいけない」「誰からも嫌われてはいけない」という先入観です。

改めて申し上げるまでもないことかもしれませんが、「誰からも嫌われない」ということは、不可能です。人それぞれ個性や好みが違う以上、あなたのことを好きな人もいれば、嫌いな人もいます。

もちろん、嫌われるよりは好かれたほうがいいでしょう。むやみに人から嫌われるような振る舞いをするのは、避けたほうがいい。誰だって人に嫌われるのは嫌なものだし、上司から嫌われれば出世の妨げになることもあるでしょう。あるいは、得意先の担当者に好かれることで、営業成績が上がることだってあるかもしれません。

ただ、どれほど努力をしても、何をやっても、どう取り入ろうとしても、あなたを受け入れてくれない人は必ずこの世に存在するのです。しかも一定数いると言ってよい。その現実を捻じ曲げて「すべての人に好かれよう」「嫌われないようにしよう」という思いばかりが先走ると、リラックスした日常はとても送れなくなってしまいます。

「職場に苦手な人がいる」と悩んでいる人は、まず自分の中に「すべての人に好かれなくてはいけない」「誰からも嫌われてはいけない」という密かな思い込みがないか、ということをチェックしてみてはいかがでしょうか。

「嫌われること」を恐れてませんか?

厳しい言い方だと感じられるかもしれませんが、「嫌われたくない」「誰からも好かれたい」というのは、突き詰めると個人的な「欲」でしかありません。

だってそうですよね。あなたのことを好きになるか、嫌いになるかは相手の自由なのだから。

「好かれる」とか「嫌われない」というのは、実は「相手を自分の思うようにコントロールしたい」という大きな欲につながっている。この自分の中にある大いなる「欲」に気づき、上手に払っていくこと。これは、ストレスを溜めず、仕事を長く続けていくための大切なコツの一つだと私は思います。

他人から嫌われることを恐れ、とにかく好かれようとして疲弊してしまう傾向を、私は「過剰適応」と呼んでいます。一般的に、欧米人に比べて日本人は、過剰適応の傾向にある人が多いと私は考えていますが、特に仕事でストレスをため、精神的に追い込まれてしまう人のなかには、この過剰適応の傾向を持っている人が少なくありません。

過剰適応の傾向を持つ人のなかには、幼少期の環境が影響を及ぼしている場合もあります。父親がお酒に酔って暴力を振るっていたとか、感情的になりやすい母親の顔色をいつも伺っていたという経験がある人は、大人になって、ビジネスの場においても「嫌われたくない」「好かれていないと不安で仕方がない」という無意識の渇望が顔を出してきやすくなります。

実は私自身、若いころは「嫌われること」が苦手でした。振り返ってみると、子供時代、両親がよく家のなかでイライラしていたので、けっこう親の顔色をうかがっていた頃があったのです。そうやって、両親の顔色を見ながら育つことで「嫌われることへの恐怖心」を自分で植え付けてしまうわけです。

仕事上の人間関係って、本来であれば利害関係がはっきりしているから、プライベートに比べればわかりやすいはずなんです。少なくとも、家族との人間関係よりは、仕事の人間関係をうまくやるほうが、難易度は低いと考えられます。ところが、現実には、職場での人間関係に悩んでいる人は少なくないですよね。

それはおそらく、本来であれば利害関係が中心であるはずの仕事上の人間関係に、無意識のうちに「家族のような関係性」と受け取ってしまっているからだと考えられます。

「上司」に対して、「親」に対するような甘えや畏怖(いふ)を覚えていないか。
「同僚」に対して「きょうだい」や「家族」へのような感情や距離感を見出していないか。

職場で「あの人が苦手だ」と感じたときには、まず自分の心の中にある「人から嫌われることへの恐怖心」や「家族のような距離感の中に入りこんでいないか」を探ってみてください。これだけでも、それまでの自分の対人関係のあり方を見直し、関係性を改善するヒントが見つかることが少なくありません。

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プロフィール

名越康文
名越康文

精神科医。相愛大学、高野山大学客員教授。専門は思春期精神医学、精神療法。
臨床に携わる一方、TVやラジオ番組でのコメンテーターや映画評論、漫画分析など、さまざまな分野で活躍する精神科医。
近著に『「SOLO TIME」ひとりぼっちこそが最強の生存戦略である」』などがある。

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