一生折れないビジネスメンタルのつくり方

名越康文 「自分はこの仕事に向いていない」と思ったら読む話

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「自分はこの仕事に向いていない」という悩みは贅沢?

「自分はこの仕事に向いていないんじゃないだろうか?」

こういう悩みを持ったことのない人は、おそらくおられないでしょう。実は僕自身が、医学部の学生時代から「医者には向いていないなあ」と悩んでいた人間です。

ただ、「向いていない」と感じるのにもいろいろなパターンがあります。例えば、四六時中、「自分はこの仕事に向いていない」という思いにかられ、食欲が落ち、深く眠れない日々が続いていたら、どうでしょうか。

これは、仕事の「向き不向き」以前の問題である可能性が高いと僕は思います。たとえば、特定の上司からのパワハラなど、職場で精神的なプレッシャーを強く受けて、自律神経の調子が崩れてしまっているかもしれません。カウンセリングや精神科の受診など、専門家のアドバイスを受けたうえで、転職や、部署の異動を検討したほうがいい状況です。

一方で、一般的に言われる「仕事の向き・不向き」というのは、そこまで切羽詰まったものというよりは、日頃の仕事のなかで、ふと感じるものではないかと思います。今の職場環境や待遇には大きな問題はない。でも、心のどこかに「なんだか自分がやるべき仕事は、これじゃない」という気がする。なんとなく「自分はずっと、この仕事を続けていくのだろうか」という不安がよぎる……。そんな感覚です。

もしかすると「そんなのは贅沢な悩み」だと感じる方もおられるかもしれません。今の日本は、さほど経済的に順調というわけではありません。「失われた30年」という表現もありますが、今のように経済が停滞した時代においては、「仕事の向き・不向き」を考えるなど贅沢じゃないか、とりあえず生活できる分だけ稼げるなら、それで十分じゃないか。そう考える人がいて当然です。

ただ私は、今の世の中は、多くの人がそうした「自分はこの仕事に向いていないのではないか」と不安を覚える「背景」があるようにも思います。これは、極めて現代的な問題だと思うのです。

職業の種類が減っている

最近、オックスフォード大学のマイケル・A・オズボーンという人が、「人間が行う仕事の約半分は機械に奪われる」という未来予測を発表し、話題となりました。人工知能(AI)やロボットの進歩によって、人間じゃなくてもできる仕事はどんどん機械に置き換わっていき、その結果、今ある仕事のほとんどは消滅してしまう、というのです。

この未来予測が正しいのかどうか、専門家ではない私には判断できません。その一方で、そもそも、こうした「仕事がなくなっていく」という傾向そのものは、実は今に始まったことではない、というのが私の意見です。実際、近代に入ってからの数百年だけをみても、社会の進歩に従って、人間が担うべき「仕事の種類」は、どんどん減り続けています。

日本の場合であれば、江戸時代に遡ってみるとそのことがよくわかります。江戸時代には、なにか一つの製品をつくる工程が、それこそ100を超えるぐらいに細分化され、それぞれの分野に、専門の職人がいました。

たとえば「刀をつくる」というだけでも、鉄を製錬する人、鉄を打って刀の形にする人、刃を研ぐ人、鍔をつくる人、鮫皮をなめす人、鞘をつくる人、色を塗る人……、そういうたくさんの工程に、それぞれまったく性質の違う仕事を担う、無数の人々が関わっていました。

これは、刀だけではありません。茶の湯という文化は、茶室をつくる職人、茶器を焼く陶芸家、和菓子屋さん、柄杓や茶筅をつくる人など、さまざまな職業とともに栄えていました。しかし、こういった非常に細分化され、専門化されたたくさんの職業は、さまざまな企業・組織に吸収されるなかで、なくなりつつあります。「納豆屋さん」「豆腐屋さん」「さお竹屋さん」などなど、落語に出てくる「お店」は、今ではほとんど姿を消し、大型スーパーに置き換わっています。

多様性が失われると

仕事が細分化され、たくさんの種類に分かれているということは、ある種の「豊かさ」だと僕は考えます。なぜならそれは、多種多様な人材を活かしうる「場」があったということだからです。鉄を打つのが得意だけれど、物を売るのは苦手だという人もいる。そういう人の多様性を活かす場が、かつての日本には豊かに存在していたのだと思うのです。

職業選択の自由はありませんでしたが、「多様な能力を生かす、多様な場があった」という意味では、江戸時代の労働環境は「豊か」であった側面もあると思うのです。

多様性が失われたことによる不安

近年、職業の数、すなわち「働き方のバリエーション」は、激減しています。今では、働く人のおそらく9割以上がサラリーマン、すなわち、企業という組織の一員として働くようになっています。

もちろん、ひと口に「サラリーマン」と言っても、その内実を見れば多様です。ただ、少なくとも表面的には「職業」の多様性はものすごいスピードで失われています。職業の多様性が失われているということは「サラリーマン的な働き方に向いた人」以外は、どうしても心のどこかで「自分はこの仕事に向いていないんじゃないか」というストレスを抱かざるを得ない、ということです。

言い換えれば、今の社会は、表面的には「職業選択の自由」が保証されているけれど、実は「職業」の多様性が激減していて、「選択肢そのものが少なくなって職業を選べない」という状況になっているのかもしれない、ということです。確かに、辞めたければいつでも辞められるし、転職もできる。でも、「自分はサラリーマンに向いていないのではないか」と感じている人にとっては、会社を辞めようと考えたとき、「自分が生きていける場所はこの世界にはもう存在しないのではないか」という不安がよぎるのです。

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プロフィール

名越康文
名越康文

精神科医。相愛大学、高野山大学客員教授。専門は思春期精神医学、精神療法。
臨床に携わる一方、TVやラジオ番組でのコメンテーターや映画評論、漫画分析など、さまざまな分野で活躍する精神科医。
近著に『「SOLO TIME」ひとりぼっちこそが最強の生存戦略である」』などがある。

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