一生折れないビジネスメンタルのつくり方

名越康文 成功する人はなぜ「失敗」を怖がらないのか

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覆水盆に還らず

誰もが、仕事で失敗はしたくない、と思っています。心配性の人は、できるだけ準備を整え、あらかじめ失敗の芽を潰しておこうとするでしょう。あるいは失敗を上司に知られたくないあまりに微妙にごまかしたり、思わず嘘をついてしまったりした経験のある方も、いらっしゃるかもしれません。

ただ、あえて強引に言い切ってしまいますが、心理学的に見たときに、「失敗」について私たちが肝に銘じておくべきことは、「失敗は決してなくなりはしない」ということと、残念ながら「失敗をなかったことにはできない」ということです。これは、「いかにして失敗を防ぐか」を考えるよりも、ずっと大切なことです。

どれほど優秀な人でも、どれほど完璧なプロジェクトでも、それを担うのが人間である以上、必ず失敗はあります。どれほど完璧な準備をしていても、不測の事態というのは起きるのです。そして何より重要なのは、失敗というのは、起きてしまったら、それを「なかったこと」にはできないということです。

もちろん、失敗した後に、その「穴埋め」をしたり、失敗から学び、それを上回るような成果を持ってきて、失敗を「帳消し」にしたりすることはできますし、世の中にはそういう実話がいっぱいあります。しかし、失敗そのものを消去することはできません。

「覆水盆に還らず」というのは、真理です。机から落ちて、割れてしまったグラスは、元の通りにはなりません。失敗はなくならないし、失敗自体を「無」にすることはできない。当たり前のことですね。ではなぜ、わざわざ、こんなことを強調するのか? それは私たちが、しばしば、失敗を受け入れられないことによって、さらなる失敗を招き寄せてしまいがちだからです。

私たちはともすると、「グラスが割れた」という事実から目を背けようとしたり、「グラスが割れた」ことの責任を、自分以外の誰かに転嫁しようとしてしまい、結果的に、より大きな問題を招き寄せてしまうことがあるのです。

「できること」と「できないこと」

最近、こんな経験をしました。ホテルでの会食のあと、友人と10分ほど話し、駅についたときに、財布が手元にないことに気がつきました。記憶をたどってみると、どうやら会食をしたお店のトイレに置き忘れてしまったようなのです。

駅からホテルの8階のトイレまでは、どれだけ急いでも10分以上はかかります。会食のあとに行ったトイレに忘れたのだとすると、もう30分以上経っています。

一瞬、いろんな後悔や不安がサアッと頭をよぎりました。「どうしてすぐに気がつかなかったんだろう」「どうして、10分も立ち話をしてしまったんだろう」「この30分ぐらいの間に、誰かに盗られてしまったかもしれない」などなど。

でも、こうした「後悔」や「不安」は、この場面においてなんの役にも立ちません。なぜなら、どれもすでに「取り返しがつかないこと」ばかりだからです。うっかり忘れ物をしてしまったことについての反省は、少なくとも今やるべきことではない。今やるべきことは、忘れた可能性の高いホテルの8Fのトイレまですぐに戻って財布を探すことであり、もしもそこになければ、お店のスタッフの方に、忘れ物が届いていないかを確認することです。

これは、どんな失敗でも同じです。失敗したときにやるべきことは、今自分にできることとできないことを冷静に見極めて、即座に「行動」に移すことしかありません。言葉にすれば当たり前のことですが、これが難しいんですね。多くの場合、私たちは「失敗」そのものにこだわって、冷静さを失い、不安にかられ、なかなか適切な行動を取ることができないのです。

失敗に気づいたときには、まずはしっかりとゆっくりと深呼吸をするようにしてください。できたら、まず息を吐ききってから胸いっぱいに吸って、いったん4秒ほど息を止めてから細く長く吐くのが理想的です。そうすれば副交感神経が刺激されてリラックスを得られるでしょう。呼吸を整えることで、冷静さを取り戻せます。しかる後に、自分にできること、できないことを見極める。

幸い、8Fのトイレの個室に行くと、置きっ放しになっていた財布を発見し、ほっと胸をなでおろしました。

あなたが考える1/10程度しか、悪影響は起こらない

深呼吸をして、心を落ち着けることができたら、まず、自分が犯した失敗によって「具体的に、どんな問題が起こりうるか」ということを考えてみましょう。パニックを起こしているとき、私たちは実際に起こり得る問題の10倍ぐらい、大きな問題が起きると妄想してしまっていることが多いのです。

逆に言えば、現実に生じる問題の8割以上は、あなたが想像していることの1/10程度だということです。

え!? たった1/10!? と驚かれるかもしれませんね。でも、想像してみてください。あなたの人生で、他の誰かが失敗したことで、あなたの人生がひっくり返るほどの影響が起きたことが幾度あったでしょうか。現実的に考えて、一人の人間の失敗がもたらす影響というのは、意外にわずかなものなのです。

にもかかわらず、私たちは日常的な失敗でも、かなり激しく動揺します。「上司に怒られるかもしれない」とか「取引先から、契約を切られてしまうかもしれない」という不安で頭がいっぱいになる。これは結局のところ、「失敗そのもの」というよりは、失敗によって「他人からの評価」が損なわれていることが、とても不安なのです。

この不安が強い人ほど、自分の失敗の影響を「過剰評価」します。この「過剰評価」はほぼ建設的な行動や発想には繋がりません。人間の心は動揺に弱いのです。つまり、失敗を隠そうとしたり、自分の中で言い訳することばかりに気を取られて、肝心の「失敗の後始末」がおろそかになってしまう。その結果、失敗の悪影響が拡大し、かえって自分の評価を下げてしまうことに繋がるのです。

特に日本人は「人に迷惑をかけてはいけない」という価値観に、無意識のうちにきつく縛られています。この強迫観念が「失敗」と結びつくと、一気にパニックが起きます。つまり、同じ失敗でも「他人に迷惑をかけるような失敗」をしたとき、私たち日本人のメンタルは大ダメージを受けやすい。このことは覚えておくといいのではないでしょうか。

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プロフィール

名越康文
名越康文

精神科医。相愛大学、高野山大学客員教授。専門は思春期精神医学、精神療法。
臨床に携わる一方、TVやラジオ番組でのコメンテーターや映画評論、漫画分析など、さまざまな分野で活躍する精神科医。
近著に『「SOLO TIME」ひとりぼっちこそが最強の生存戦略である」』などがある。

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