一生折れないビジネスメンタルのつくり方

名越康文 できるビジネスマンは、「相手の心を開かせる」のではなく「自分から心を開く」

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ただ「お近づきになる」だけでは人脈は広がらない

「会社の上司や取引先の重役などの偉い人との距離を縮め、仲良くしたいと思うのだけどどうしたらいいですか?」という質問を受けることがあります。

会社の中で力を持っている人や、業界の実力者など、力のある人、尊敬できる人に出会ったときに「仲良くなりたい」「お近づきになりたい」という気持ちになるのは当然のことです。でも、ただ単に名刺を交換したり、立食パーティで雑談したりするだけでは、なかなか相手との距離は縮まらない、というのが実際のところではないかと思います。

ただ、そもそも、「仕事上のメリットがあるから」「相手から有益な話を聞けるから」という理由だけで距離を縮め、人間関係をつくるということが本当にできるのか、できたとして、それは本当にあなたの仕事に長い目で見たときにプラスとなるのか、ということは、考えておいたほうがいいでしょう。

『嘘はフィクサーのはじまり』という映画があります。リチャード・ギア扮する自称フィクサーの男・ノーマンが、ある日、イスラエルの若い政治家に、偶然を装って高価な革靴をプレゼントします。数年後、その政治家は首相に就任し、ノーマンも、首相の「友人」という立場を使って暗躍を繰り広げるようになり……という、ちょっとブラックなコメディ映画です。

ノーマンと首相との間の、打算と友情が入り混じった関係性には不思議なリアリティがあって、人間関係の機微がよく描かれた佳作です。映画をおすすめしたのは山々ですが、あえてこの映画が示している教訓を言葉にすれば、「損得勘定や自己実現のために相手と仲良くすれば、それが上手くいけば行くほど、その後の負の代償が大きい」ということではないかと思います。

心の中にある「打算」と、「安定した友人関係」というのは、ある種、反比例するものなのかもしれません。例えば、同じように立場の違う2人の友情を描いているけれど、まったく対照的な人間関係を描いている作品に、『釣りバカ日誌』シリーズがあります。

万年ヒラ社員の「ハマちゃん」と、社長の「スーさん」が、釣りという共通の趣味でつながっている様子を描いたドラマですが、両者の関係が非常に温かで癒されるのは、ハマちゃんにもスーさんにも、二人の関係性をビジネスや私的な利益につなげていこうという打算がないからだと思います。

少なくとも、「釣り」という一点において、2人は100%対等な友人として楽しんだり、張り合ったりしている。だからこそ、まったく立場の違う2人が、心を開き合い、継続的な友人関係を育むことができるのでしょう。

心は「自分から」開く

ここまで聞いて、「いえ、私は仕事上のメリットがあるかどうかなんて関係なく、あの人と親しくなりたいだけなんです!」という方もいるかもしれません。

でも、「この人ともっと親しくなりたい」「もっと距離を縮めたい」と願っているとき、私たちは無意識のうちに、「相手に心を開かせよう」と腐心しています。この思いというのはけっこう強いエネルギーなのです。そして、この思いは結局のところ「何とかして、相手をコントロールしたい」という、支配的な欲求につながっているのです。

この欲求があるレベルを超えてしまうと、どうしても焦りが出てきます。「なぜ相手は心を開いてくれないのか、どうやったら心を開いてくれるのか」という焦燥感が微妙に表出してくる。そうすると、相手も「この人が親しげに近づいてくるのは、何か目的があるのではないか」と漠然とした警戒心を抱くことになります。

「相手の心を開かせたい」という気持ちの“力み”が、相手の心の扉をかえって閉じさせてしまうわけです。

私は、ビジネスの現場だからこそ、相手との距離を縮めたければ「相手に心を開かせる」のではなく「自分から心を開く」ことが必要不可欠だと思っています。

もちろん、ビジネス上の付き合いで多少の打算があるのは当然のことです。でも、その一方で私たちはそうしたビジネスの場面だからこそ、打算を抜きにした、率直なコミュニケーションを欲してもいます。

仕事の打ち合わせのふとした瞬間に、「実は先日、初任給で父と2人で食事に行ったんですよ」といったちょっとした日常的な話題が出ることで、相手との距離がぐっと縮まることがあります。もちろん、これも打算的にやってはどこか上滑り感が出るものですが、自分から、失敗談やちょっとしたプライベートな出来事を話し、心をオープンにしていくことで、相手との距離が縮まる、ということは少なくありません。

僕も40代の前半までは、仕事で人と会うとき、どうしても「欲」や「目的意識」が前に出すぎて、よく失敗をしていました。大阪から東京に出てきて、まだ仕事もそう多くはなかった時期ですから、「このまま東京でやっていけるんだろうか」という不安や焦りもあったのだと思います。

そういうとき、僕はよく、夕日の街の中をぷらぷらと散歩しながら、自分で自分に「もっと開き直って、自分から心を開いていこう」と言い聞かせていました。かっこ悪くても、ダサくてもいいから、自分から心を開く。実際にはまだまだ、オープンマインドになることはできていなかったとは思いますが、そう心がけているだけでも、仕事の打ち合わせで、相手との距離が少し縮まってくるのを感じました。

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プロフィール

名越康文
名越康文

精神科医。相愛大学、高野山大学客員教授。専門は思春期精神医学、精神療法。
臨床に携わる一方、TVやラジオ番組でのコメンテーターや映画評論、漫画分析など、さまざまな分野で活躍する精神科医。
近著に『「SOLO TIME」ひとりぼっちこそが最強の生存戦略である」』などがある。

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