あなたは、あなた。

他人を叱って後悔するのは、尊い優しさのあらわれ

2019.02.04 公式 あなたは、あなた。 第11回
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叱ることは尊いこと

人にはときとして、誰かを叱らなければならい場面があります。その叱るという行為は、家族、職場、交友関係など、いろいろな理由とケースで生じることでしょう。

しかし、叱った後に「すっきりした」「気持ちがいい」「せいせいした」などの思いを持って、気分爽快になるという人はそうそういないと思います。もしそのような人がいたとしたら、その人は変なストレス発散癖の持ち主でしかありません。

その場合、叱ったという行為は相手からはただの理不尽な攻撃か嫌がらせとしか受け取られないでしょう。結果的には相手を傷つけてしまい、関係が複雑なものになってしまうことは想像がつくと思います。最悪、仕返しが来ることにも繋がるでしょう。

叱ったという行為にも上記の例のような悪いものもあれば、いいものもあります。そして、そのどちらかであるかを判断する一つの基準があります。実は、それが叱った人の後悔の気持ちです。

人を叱った後に後悔するからこそ、その叱るという行為が相手のことを思っての行為、愛ある行為として正当化されるのです。そしてその正当性は、相手にもすぐには理解されない場合もありますが、やがては理解され、受け止めてもらえるはずです。他人を叱って後悔の思いを持つということは、あなたが優しい気持ちの持ち主だという証拠です。

一般的には、誰も好き好んで他人を叱るということはないと思います。特に今日では、叱ると物事が炎上し、逆効果ということが多い状況です。また、自分は嫌われたくないというような理由から「叱るタイプの人が嫌がる行為」をしないという人も多いと思います。そんな中、いろいろと考えたうえで「叱る」という決断をされたあなたは、本当に尊いと思います。

叱った後の後悔こそが、あなたの優しさです。後悔の思いを嫌なものとせず、むしろ大切にしてあげて下さい。

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プロフィール

大來尚順
大來尚順

1982年、山口県生まれ。僧侶でありながら講演や執筆、通訳や仏教家関係の書物の翻訳なども手掛け、活動の場を幅広く持つ僧侶。龍谷大学卒業後に渡米。米国仏教大学院に進学し修士課程を修了。その後、同国ハーバード大学神学部研究員を経て帰国。

ビジネスマンの悩みを仏教の観点から解決に導く著書『端楽(はたらく)』や、英語に訳せない日本語の奥深さを解いた『訳せない日本語』(ともにアルファポリス)が好評のほか、国内外を問わず仏教伝道活動を広く実践している。

著書

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