交渉のプロが使う、自分を「いい人」に見せる技術

Getty Images

「好意」は「あなたのために」で表現する

二番目の「聞き手への好意」について。
人は基本的には、自分に対して好意を抱く人を信頼します。「この人は私に好意を持っている。話の内容もきっと私のためを思ってくれてのことだ。信用しよう」と無意識に反応してしまうものなのです。
逆のケースでわかりやすい例が、接客の場面でのマニュアル対応。マニュアル対応がいまいち信用されないのは、問題を決まり文句で一括して処理する姿勢に、顧客一人ひとりに対する好意が感じられないためなのです。

では、好意はなにによって表現すればいいのか?
詳しくは後の回で解説しますが、基本的にはポイントポイントで「あなたの利益を考えている」という姿勢を伝えること。これが大事です。
例えば、書類一つを頼むのにも

×「この資料、急いでまとめて!」

では、いかにも自己都合・自分勝手な言い分でしかありませんが、これが

〇「この資料、君のやりたいって言ってたプロジェクトの参考になるだろうから、任せるよ」

なら、「あなたの利益」を考える好意のメッセージとして、聞き手の信頼感を増すことができるのです。
だからこそ、人を説得する際には、まずはなにが聞き手の利益となるのかを見極め、それを尊重する姿勢をみせること。これがないと、聞き手に「自分の都合で、私たちを言いくるめようとしている」と不信感を抱かせてしまうでしょう。

この「話し手への好意」を表現することは、東洋の弁論術でも伝統的に重視されてきました。
『戦国策』という中国古典があります。中国戦国時代に、当時の弁論家(遊説家)が王を説得した際のやりとりを集めた事例集です。
この中でくりかえし出てくるのが「王のためを考えますに~」というフレーズ。それに象徴されるように、当時の弁論家は説得のあいだ中、終始一貫、「あなた(王)とその国の利益のため」と言う姿勢を崩しません。これは、他国の王を説得する場合でもです。
それはなぜか?
自分の説得が私利私欲のためだと思われれば、説得が失敗するだけではなく、一歩間違えれば信用ならない人物として殺されるからです。だからこそ、当時の弁論家たちは、王という圧倒的な権力者を動かす極限の説得の際、何よりも「あなたの利益」を強調することに気を配ったのです。
私利私欲の人間だと思われたら終わり。現代の「保身」にも当てはまる考え方でしょう。

「実績」がないときは技術でカバーせよ

三番目。「話し手の実績」について。
みなさんも身に覚えがあると思うのですが、実績ある人間の話は説得力を持ちます。
会社で新しいプロジェクトを立ち上げるために会議をしていたとしましょう。こうした場においても、何度もプロジェクトを成功させている社員が言えば「君がそういうなら、それでいいよ」で済む提案も、同じことを経験の浅い新人が言えば、入念な根拠が求められるのが現実なのです。
だからこそ、説得や議論の場面では、自分の「実績」を計算に入れる必要がある。

もちろん、なにが「実績」かについては、シチュエーションによって変わってきます。
「実績」と言うと、「新規営業○○件開拓した」「○○万円の売上を達成した」といった目に見える数字が真っ先に思い浮かぶでしょう。たしかに、こうした数字は分かりやすいですし、高い確率で発言に説得力を持たせます
ただし、実績は数字に限りません。それまで築いてきた顧客からの信頼や人脈、納期までに必ず仕事を完遂してきた経歴といった、地味で数字に表れにくいものもまた存在します。実績として、こちらのタイプのものが求められることも少なくないのです。
そこで大事なのは、聞き手にどんな実績を求められているのかを把握すること。そして、それをさりげなく押し出すこと。どんなに分かりやすい数字の実績でも、聞き手に求められていないのなら、説得の役には立たないのです。

では、そんな実績自体がまったくない場合はどうすればいいのでしょうか。
どうにもならないのかと言えば、もちろん、そんなことはありません。適切な手順さえ踏めば、実績は技術でカバーできるからです。
たとえば、できるだけ多くの権威ある客観的なデータを引くようにし、「自分」あるいは「自分の考え」という要素を最小限にして説得するのも一つの方法でしょう。

「こちらの厚生労働省のデータを見てください……、別の専門機関の分析によると……、過去に同様の状況があったときにヒットしたのがA社の△△という商品です。A社の△△と今回のわが社の新商品には次のような共通点があります……、したがって、今回の新商品も十分に勝ち目があるのではないでしょうか」

といった感じです。もちろん、他にも方法はあります。ここでざっと列挙すれば、

  • 別の実績ある人物の意見を引き合いに出す
  • 上の立場の人物の言葉を引き合いに出す
  • 感情的にあおる
  • 可能なら、自分に実績のある別の論点から攻める

などが考えられるでしょう。
こうした実績の上手な見せ方や実績のない場合における補い方については、別の回で詳しく解説しますが、ひとまず今回は、1実績はそれだけで強力な説得力を持つ、2なければ別の方法でカバーする、と二つの点を覚えておけば十分です。

では、最後に今回の要点をおさらいしておきましょう。
他人を説得する際には、「性格の立派さ」、「聞き手への好意」、「話し手の実績」の三つを押さえること。それだけで、あなたの「話し手の人柄(=エトス)」は優れていると受け止められ(つまり、信頼され)、言葉の力が増すのです。

それでは、また次回。

次回は、説得の三要素のうち「聞き手の気分」について解説します。

 

ご感想はこちら

プロフィール

高橋健太郎
高橋健太郎

横浜生まれ。古典や名著、哲学を題材にとり、独自の視点で執筆活動を続ける。近年は特に弁論と謀略がテーマ。著書に、アリストテレスの弁論術をダイジェストした『アリストテレス 無敵の「弁論術」』(朝日新聞出版)、キケローの弁論術を扱った『言葉を「武器」にする技術』(文響社)、東洋式弁論術の古典『鬼谷子』を解説した『鬼谷子 100%安全圏から、自分より強い者を言葉で動かす技術』(草思社)などがある。

出版をご希望の方へ