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自覚がない「他責」の人

「他責」という言葉は多くの人が戒めとして使い、何でも人のせいにしてしまう無責任だと言われるような人に出会うことは、もうめったにありません。ただ、そうは言っても、企業には未だにセクショナリズムといわれるようなものが存在し、そこまで露骨ではなくても、「うちの部署ではない」「うちのグループではない」などと、担当する仕事や責任を押し付け合う光景を見かけることはあります。「他責」は良くないことだと知っていても、それをすべてなくすことは難しいようです。

これはある会社でのことですが、何でも他部署、他人の責任に押し付けるという評判のマネージャーがいました。社員の誰に聞いても、「自分でやろうとしない」「仕事をできるだけ人に押し付けようとする」などといわれています。

ただ、本人にこの話を聞くと、そんな自覚はこれっぽっちもなく、まったく悪びれずに「心外だ」といいます。周りから指摘されている一連の「他責」といわれることは、本人からしてみると、あくまで「適切な業務分担を指示しているだけ」「仕事の交通整理をしているだけ」なのだそうです。しかし周りの人たちから見ると、「割り振る先が100%自分以外の誰か」「自分で何かを引き受けることはほとんどない」ということなので、認識がずれているのは間違いありません。

この話を聞いた時、まず思ったのは「他責と言われるようなことは絶対に無くならない」ということと、「こういう“自覚がない他責”というのは、実はかなり数多く起こっているのではないか」ということです。もし「他責だ」などと名指しで指摘されたとして、それを素直に認める人というのはそれほど多くはないと思いますが、それは「事実だが認めたくない」ということ以上に、「自分はそう思っていない」「そういう自覚はない」ということの方が実は多いのではないでしょうか。

そうなると、例えばこんなことを言っている私自身も、実は「他責」と言われる行動を自覚していないだけという可能性があります。理屈が通った「仕事の割り振り」と、他責の感覚による「仕事の押し付け」というのは、顕在化して目に見える行動としてはほとんど変わりません。しかしやっていることの質に関しては、とても大きな違いがあります。ただしその違いは、本人が自分を客観視できる力がなければ、なかなか自覚することはできません。それは他人から指摘されたとしても同じことです。その結果として、当の本人はまったく自覚しないままで、「他責」がまかり通っているということがあり得ます。

“自覚がない他責”というのは、実は意外に多そうです。自分の行動が「仕事の割り振り」なのか、それとも「仕事の押し付け」なのか、そこに“他責”の心理が含まれていないのかは、あらためて良く見直してみる必要がありそうです。

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プロフィール

小笠原隆夫(ユニティ・サポート)
小笠原隆夫(ユニティ・サポート)

IT業界出身の人事コンサルタント。豊富な現場経験をもとに様々な規模の企業に向けて、人事制度、採用支援、人事施策企画、研修等で、現場実態に即した支援をしている。

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