「ジョブズの再来」ともてはやされた女性起業家の虚構を暴く あのマードックも騙された

2018.07.12 WEDGE Infinity

■今回の一冊■
Bad Blood
筆者 John Carreyrou
出版社 Knopf

 指先からとった一滴の血液で瞬時にさまざまな病気を検査できるテクノロジーを開発した――。こんな魅力的な触れ込みで一時は企業価値が一兆円を超えたシリコンバレーのスタートアップの嘘を暴くノンフィクションだ。小説のようなドラマチックな展開に驚きながら一気に読める。

実用化できていなかった技術

 名門スタンフォード大学を中退し19歳の若さで血液検査ベンチャー、セラノスを起業したエリザベス・ホームズは、大学の教授や大物政治家、有名ベンチャーキャピタリスト、大企業トップたちを次々と味方につける。若くて美貌と知性を兼ね備えたエリザベスは、アップルのスティーブ・ジョブズの再来ともてはやされ、テレビや雑誌などマスメディアがこぞってとりあげスターダムにのしあがる。

エリザベス・ホームズ氏(写真:ロイター/アフロ)

 しかし、一滴の血液からいろんな検査をするという肝心の新技術は実はエリザベスの夢に過ぎず実用化できていなかった。世界を変える革新的なスタートアップとしてセラノスと、そのCEOであるエリザベスを世間がもてはやすなか、2015年10月にその虚像を暴くスクープ記事を掲載したのが米経済紙ウォールストリート・ジャーナルだった。その調査報道を手掛けた同紙の記者が上梓したのが本書だ。

 セラノス側は資金力を盾に全米ナンバーワンの弁護士を雇い、取材を続けるウォール紙に圧力をかけると同時に、記者の取材に応じているらしい元従業員らにも脅迫まがいの手法を使い口を封じようとする。しかし、ウォール紙が報道した後、セラノスは当局から血液検査業務の免許を取り消された。2018年3月には、アメリカのSEC(証券取引委員会)から、投資家をだましたとして提訴された。さらに、同年6月には検察当局がエリザベス・ホームズらを刑事訴追した。

 アメリカ経済の革新性の象徴であるシリコンバレーで発生した詐欺事件で、世間を騒がせただけに、硬派の内容ながら本書は6月10日付のニューヨーク・タイムズ紙の週刊ベストセラーリスト(単行本ノンフィクション部門)で10位で初登場した。ランクイン4週目となった7月15日付リストでも8位につけた。いまや、多くの日本企業もイノベーションの種をもとめてシリコンバレーのスタートアップへお金を投じている。うますぎる話に騙されないよう、日本の経営者やビジネスパーソンたちこそ本書を手にとるべきかもしれない。

各界の大物を味方につけたエリザベス

『Bad Blood』(John Carreyrou,Knopf)

 セラノスを創業して間もなく、CEOのエリザベス・ホームズは600万ドルの資金調達に成功する。最初に、世界的に有名なベンチャー・キャピタリストであるティム・ドレイパーから1000万ドルの出資をとりつけたことが追い風となった。人脈や口コミを重視するシリコンバーでは、有名な投資家を引き込むことで会社にはくがつく。ところが、エリザベスは幼いころドレイパーと家が近所で、その娘と友達だった縁を利用しただけだった。

 エリザベスはさらに、ドナルド・ルーカスという古参のベンチャー・キャピタリストからも出資を仰ぎ取締役にも就任してもらう。エリザベスは父親が政府系機関で働いていたときの人脈もたどり、元国務長官のジョージ・シュルツやヘンリー・キッシンジャー、今ではトランプ政権で国防長官を務めるジェームズ・マチスまで、セラノスの取締役会のメンバーに据える。ほかにも、大手銀行の元CEOや元国防長官のウィリアム・ペリーといった政財界の大物たちがセラノスの取締役に就いた。いずれも高齢で社会的な名声を確立した大物で、バイオテクノロジーの専門知識はない。才気あふれる若き美貌のCEOの魅力にほだされたといったところだろう。