
英国政府はほっとした。2023年の応募がゼロだった洋上風力事業の公募に、昨年は応札があったからだ。発電される電気の買取価格は大きく上がったが、英国政府が、原子力と並び脱炭素の切り札としている洋上風力事業の長期の中断は避けられた。
大西洋の反対側では、洋上風力事業への逆風が続いた。今年1月、トランプ大統領は就任早々連邦政府が管轄する領海外大陸棚での洋上風力新設禁止を打ち出した。4月には、新設だけでなく工事中の洋上風力事業への工事中止命令を発動した。
ロシアによるウクライナ侵攻は、世界のエネルギー価格を引き上げ、主要国ではインフレが起きた。初期投資額が大きい再生可能エネルギー(再エネ)による発電は、インフレの大きな影響を受けた。初期投資額が運転期間中の発電コストを決めるだけに、発電コストの上昇も避けられないところに追い込まれた。
中でも、発電事業の中でもっとも大量の鉱物、資材を利用する洋上風力は、インフレに極めて弱かった。その結果、欧州と米国では洋上風力事業者の撤退が相次いだ(そして誰もいなくなる 死屍累々の欧米の洋上風力事業者 )。
事業開始前に約束した電気の売り渡し価格では赤字になるので、事業者は20年を超える期間中赤字を続けるよりも、違約金を支払ってでも事業からの撤退を選択した。
欧州勢が先行し、中国と米国が追従した洋上風力を、日本も負けてはならぬと、導入に乗り出した。しかし、早くも赤信号が灯った。先陣を切った三菱商事は、洋上風力事業に係る522億円の損失を計上した。当初の目論見が外れたのだ。
インフレの予測は難しいとは言え、どうして多くの事業者が撤退に追い込まれるほど目論見が狂ったのだろうか。それには理由がある。日本を含め世界中の事業者がある法則を信じたのだ。しかし、法則は崩れた。
その結果、日本の洋上風力の前提も崩れ、競争力のある発電コストの期待も薄くなった。これから日本の洋上風力事業はどうなるのだろうか。
脱炭素に熱心な英国政府は、再エネと原子力発電事業には導入支援の制度を設けている。再エネについては、CfD(差額保障契約)と呼ばれる入札制度に基づき、落札した事業者の発電した電気の買取が入札価格で契約期間中行われる。
太陽光であれば日照時間、風力発電であれば風況(風の状況)のデータの蓄積があり、年間を通しての発電量は予測可能だ。したがって、年間の収入も想定できる。
再エネ事業では、初期投資額が発電コストの大半を占めるので事業期間を通しての発電コストも設備投資額決定の時点で計算可能だ。コストが想定できれば、必要な利益に基づき入札額も計算できる。
英国政府はCfD制度に基づき毎年発電方式ごとの導入量と上限価格を決め、入札により価格の安い事業者から選定し必要な発電設備容量を確保している。
23年のCfDの入札では、洋上風力事業への応札者が出てこなかった。設定された上限価格が低すぎたのだ。と言うよりも、資機材価格と発電コストが大きく上昇し、どの事業者も上限価格でも採算を取れなくなったので、入札しなかった。
24年の入札では、上限価格が大きく引き上げられた。その結果応札する事業者が登場したが、落札価格は、着床式と呼ばれる海中に固定する方式で1キロワット時(kWh)当たり0.05887ポンド(12年価格、24年価格では0.08216ポンド、15.6円)。浮体式と呼ばれる水中に浮かべる方式では0.13973ポンド(24年円換算価格36.7円)になった。
24年の電気の卸売市場の平均価格(発電コストに事業者の収益が加わっている)は1kWh当たり、0.082ボンド(15.6円)。洋上風力の平均買取価格は市場価格を上回っている。その差額は消費者の電気料金で補填される。