日本の伝統芸能の中で、歌舞伎というジャンルは継承ができているかというと、比較的成功している方であろう。何よりも、松竹という上場企業がほぼ100%運営しており、採算ベースに乗せる中で、歌舞伎座を中心に全国各地での公演を続けているからだ。興行の性格上、コロナ禍では大きな痛手を被ったものの、客足は戻っている。
けれども、興行に勢いがあるかというと、全く十分ではない。松竹の歌舞伎に関する興行は本拠地である歌舞伎座では、90%程度はチケットが売れているようだが、歌舞伎全体では、大きく集客力を減らしている。本拠地の一つであった国立劇場が老朽化で閉館し、建て替えの難航状態が続いているだけでなく、大阪における松竹歌舞伎の本拠「松竹座」も閉館が決まった。
例えば江戸文化の継承ということで言えば、大相撲に関しては年間90日の本場所に加えて、地方巡業の多くも大盛況でチケットが争奪戦になる活況を呈している。スポーツである大相撲と、舞台芸術の歌舞伎では性格は異なるとはいえ、歌舞伎の勢いにはやや寂しさを感じざるを得ない。
そんな中、歌舞伎役者の人生、とりわけ芸の道の厳しさを描いた映画『国宝』が大ヒットしている。興行収入は110億円を超え、実写邦画では歴代2位となったというのであるから、大成功であるし既に社会現象となっている。この映画をきっかけに歌舞伎への興味関心が高まることもが期待される。
では、具体的にどうしたら歌舞伎の巻き返しを実現できるのだろうか。ズバリ即効性があるのは、ネット、とりわけYouTubeの利用だ。
もちろん、歌舞伎を扱った動画はある。松竹や、個々の役者さんの発信もある。けれども、全体的に活気があるとは言えないし、相撲人気を支えるYouTubeなどの活気とは比べ物にならない。
相撲も歌舞伎も、江戸の文化を継承する中で広く深い背景情報がある。年間の日程、それぞれの名跡や四股名の由来、師弟関係、所作の意味合い、衣装や髪型などの衣装とその意味、関東と関西の違いや統合の歴史など、両者には類似の点も多い。
現在、大相撲がチケット争奪戦になるほど人気化している背景には、こうした裾野の広い背景情報を小まめに伝えるYouTubeがあるからだ。情報量は、動画そのものだけでなく、コメント欄に様々な意見が飛び交い、全体として膨大な情報が交換されている。
動画チャンネルも、相撲協会の公式のものに加えて、各部屋が発信したり、評論家や芸能人の通からの発信も多い。これを受けて、相撲中継を担うNHKでは、毎場所の直前に相撲に関する情報バラエティ番組を放映し、かなりマニアックな情報提供もしている。
ネットが「変えた」ということでは、世界的なクラシックのピアノ音楽も新たな展開を見せている。5年に一度のショパンコンクール(ポーランド)、4年に一度のヴァン・クライバーン・コンクール(アメリカ)、3年に一度の浜松国際ピアノコンクール(日本)などでは、予選段階から演奏の全てをネットで生中継し、まるで全世界のファンが審査員になったように参加者たちを応援し、大いに盛り上がっている。
日本の辻井伸行をはじめ、チョ・ソンジン、イム・ユンチャン(韓国)、チャン・ハオチェン(中国)、ブルース・リウ(カナダ)、ベアトリーチェ・ラナ(イタリア)らは、大手の事務所と契約して、世界中で大活躍しているが、彼らの人気を後押ししているのはネットである。YouTubeに多くの動画がアップされているだけでなく、ファンたちがコメント欄に集って盛り上げていることも大きい。