インバウンドの振興をはじめ観光を日本経済の基盤とする「観光立国」が推し進められているが、観光産業は長らく「人手不足」「低付加価値」「人口減少」という三重苦の象徴とみなされてきた。しかし、新しい資本主義が重視する「分配と成長の好循環」を地方で実現するには、観光を単なる消費産業ではなく、地域経済を牽引する基幹産業として再構築することが不可欠である。
観光は「宿泊・飲食」だけでなく、農林水産物の販売促進、コンテンツ産業や文化芸術、スポーツ、再生エネルギーなど多様な産業を波及的に結びつける。観光の活性化そのものが地方雇用を創出し、地域社会の再生を支える基盤となる可能性がある。
その際には、観光に従事する人材が重要になる。経営やマネジメント層の育成も必要なのだが、顧客との接点を担う人材が大いに不足する懸念がある。
世界旅行ツーリズム協議会(WTTC)は、ローマで開催された第25回グローバルサミットにおいて、香港理工大学が20カ国を対象に実施した観光産業の未来の労働力に関するレポート「観光産業の未来の労働力(Future of the Travel & Tourism Workforce)」を発表した。
2024年、旅行・ツーリズム産業は世界で過去最高の3億5700万人の雇用を支え、25年には3億7100万人に達する見込みである。今後10年間で、同産業は9100万人の新たな雇用を創出し、世界全体で新規に生まれる雇用の3分の1を占めると予測されている。
しかし、35年には4300万人を超える労働力不足が見込まれており、必要とされる人材の16%が不足する可能性がある。特にホスピタリティ(宿泊および飲食サービス)分野では18%にあたる860万人が不足し、低技能職では、2000万人以上の追加人材が必要だと指摘されている。
地域別では、中国が1690万人、インドが1100万人、欧州連合(EU)が640万人の人材不足が予想されている。特に、日本は労働力供給が需要水準を29%下回ると予測されており、相対的な不足率では、調査対象となった20経済圏の中で最も大きな不足に直面すると予測されている。
もちろん日本ではそれ以外の産業やエッセンシャル(介護等)産業の人材も必要なので、日本の産業全体の人材ポートフォリオを大局的に再考する必要があるのだが、本稿では観光にフォーカスして考察する。
観光支出は、宿泊・飲食・交通・小売などで直接的な経済効果をもたらし、関連産業への波及(間接効果)や所得増加を通じた再消費(誘発効果)を生み出す。産業連関表や観光サテライト勘定(TSA)を用いることで、観光の経済貢献度を定量化することが可能である。
欧州の地域分析でも、観光資源の魅力度が高い地域ほど観光雇用は増加し、とくに高失業地域ではその効果が顕著であることが確認されている。これは、観光が「労働吸収型産業」であることを示している一方で、地域構造によって成果が大きく異なることも意味する。資源構成、交通アクセス、ガバナンス能力、住民意識といった複合的要因が、観光の波及効果を左右する。
観光を地域経済の柱とするには、地域の構造特性に応じた戦略が不可欠である。地域を四つのパターンに分類し、それぞれの特性と課題、戦略を整理する。
第一のパターンは、高資源・高需要型の成熟観光地である。京都市、沖縄本島、箱根などがその典型であり、歴史・文化・自然資源が豊富で、すでに高い来訪者数を誇る一方、オーバーツーリズムの傾向が見られる。