私たちは日々「錯覚」でモノを買い続けている

価格のジャッジは錯覚に左右される(写真:sharaku1216/iStock)

おカネの価値は、伸び縮みする。たとえば、大人にとっての5000円と、小学1年生の5000円は同じ価値ではない。このように、モノの高い安いの判断は絶対値ではなく、環境や状況、比較する条件に応じて判断されているわけだ。

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それゆえに、商品やサービスに付けられた価格をジャッジする際に、私たちは時々錯覚を起こし、買うべき値段でないものをうっかり買ってしまうことがある。そんな錯覚をわざと起こさせて、消費者におカネを払わせる手法は多い。財布のひもが緩みがちな時期を前に、この錯覚を起こすパターンの5つを整理してみた。

錯覚を起こすパターン5つ

その1 最初に見たものが親的錯覚

買い物の最初に印象的な数字を見ると、それがまず頭に残る。人は高い安いを判断する根拠として何かしらのベンチマークを求めるため、最初に見たもの=数字を、なんとなく基準に据えてしまいがちだ。

高級品を扱うお店のショーウインドーに、20万円の値札が付いた商品が飾られているのを見て「さすがに手が出ないな」と思ったとしよう。しかし、ちょっと店の中をのぞいてみると、5万円の商品を見つけた。「なんて安いんだ、これはお買い得じゃないか」と、うっかり感じてしまった人は、まさに錯覚におちている。

5万円が安いか高いかは、それ自体の価値のジャッジではなく、先に見せられた20万円との比較によって判断されている。先に高額な価格を見せて、その金額からの変化により安く錯覚させる、いわゆる「50%オフ」商法も同じ。価格高めのものをお値打ちに見せる手法としては効果的だ。普段めったに行かない高級ブランド店に行くときは、このことをぜひ思い出してほしい。

その2 機内ショッピング的錯覚

飛行機に乗ると機内販売のカタログが置いてある。暇つぶしにページをめくっていくと、キャリーバッグや財布などが目に入る。価格は、まあまあ手ごろじゃないかと感じたとすれば、それはすでに錯覚ワールドに入り込んでいるかもしれない。

私たちは、どの商品がどんな場所で販売されているかでも、高い安いの判断を狂わされる。たとえば1袋500円の値段が付いたコーヒー豆でも、激安スーパーの棚にあると高く感じ、青山のカフェの棚に並んでいれば手ごろな価格に思える。モノの値段のジャッジが、モノ自体の価値よりもどこで売られているか、その“場”に左右されてしまうという例だ。

機内販売のカタログは、「今このとき、機上にいる特別なお客様に向けた商品です」というステージを作り出しているがために、掲載商品の価格が全体的に高額ゾーンでもさほど気にならない。

最近は国内線でもWi-Fiが使えるとはいえ、同じ商品をネットショッピングでの価格と比較して判断しようというツワモノは少ないだろう。全体的に価格帯が高めの場での買い物は、普段買うより高い値段のものに手が出やすい。

均一ショップの魔力

その3 100均的錯覚

錯覚によるうっかり買いは、価格帯が安いものでも起きる。その最たる例が、「均一価格買い」だ。何か1つ欲しいものがあって100円ショップに入ったところ、なぜかレジに並んでおカネを払ったときには1000円近くも買っていたことはないだろうか。

ついつい余計なものを買っているのは、この100均的錯覚によるものだ。「すべて100円です」と言われると、そのものの要不要よりも、100円であることに魅力を感じてしまう。人は、損や買い物の失敗を恐れるから、自分の選択で決して後悔したくないと思う。

そもそも買い物とは結構めんどくさい行為だ。手に取ったモノを吟味して、それは付いている価格に見合う価値があるのかないのか、これを買っても後悔しないか、明日になればもっとよい商品が見つかるのでは――そんな迷いを断ってくれるのが、「100円ならいいか」という免罪符だ。