売れない会社は顧客1人すら具体的に知らない

データ分析も大事ですが……(写真:metamorworks/PIXTA)

マーケティングとは、平たく言うと、魅力的な商品やサービスを開発し、顧客に継続的に購買、使用していただく活動です。企業側がどれだけ「魅力的だ」と訴えても、受け手である顧客がそう感じなければ、成立しません。したがって、顧客が生活の中で何を考え、何を経験し、何を求め、何を感じているのかを知ることは、マーケティングにおいて基本中の基本です。

ですが現在、その基本が崩れてきていると危惧しています。ますます多くの人々がスマートフォンを通じてインターネットに直接つながり、無数とも言えるさまざまなデジタル上の情報に触れているため、一人ひとりの情報接触や感じていること、行動を把握するのは極めて難しくなってきました。

顧客の心理を、まったく把握できていない

新聞、雑誌、テレビ、ラジオの4マスと言われるマスメディアが、紙媒体を中心に衰退する中で、マーケターが発信した情報も伝わりにくくなっています。それを埋めるかのように、さまざまなデジタルマーケティングの手技手法が提案され、マーケターは「顧客が何を求めているか」を知るよりも、新しい手技手法の理解と実行に時間を取られています。

筆者が参加してきたアドテクノロジーやデジタルマーケティングのセミナーで語られる内容も、「新しいデジタル技術や手法を実行したら効果が上がった」「A/B テストで費用対効果がよくなった」といった発表が大半であり、そのほとんどが、ブランド全体から見れば限定的な影響にすぎない部分最適です。

なぜ、顧客が動いたのか?

拙著『たった一人の分析から事業は成長する 実践 顧客起点マーケティング』でも詳しく解説していますが、顧客の行動変化の理由である心理変化に触れないままでは、大規模なマーケティング投資でスケールさせることができません。顧客を把握しないマーケティングは必ず、部分最適の連続から縮小均衡に陥ります。見方を変えれば、拡大するデジタル世界で顧客を捉えるための新しい手技手法にとらわれて、ますます顧客から遠ざかっているのです。

筆者自身、古典的なコトラーやポーターにはじまり、さまざまなマーケティングの主義手法や戦略構築の方法を学び、試していましたが、自分なりの納得いく手法をつかめずにいました。マーケティング戦略がどんなに論理的で洗練されているように見えても、フタを開けてみれば成功しないのです。

一方、ロジックが弱く説得性に欠けていても、人を引きつける"何か"があると感じられる場面は、大きな成功につながりました。その点で、筆者がマーケティングにおいて最も大切にしているのは、1人の名前を持つ具体的な顧客、"N=1"を徹底的に理解することです。

これを確信したのは、 2006年にロート製薬に転職して取り組んだ化粧水「『肌ラボ』極潤」のマーケティングです。2004年に新発売した本商品は、ヒアルロン酸を高濃度に配合しており、しかも1000円前後と非常に安価でした。当時、筆者はP&Gで日本と韓国の小売りマーケティング部門を担当し、新商品をつねにチェックしていたので、この商品の登場は覚えています。

支持されながらも、伸び悩んでいた「肌ラボ」

当時の基礎化粧品の市場はコモディティ化しており、資生堂、カネボウ、コーセーなどの大手メーカーが、女性タレントを使ったイメージ訴求や洗練されたパッケージのデザイン性などを打ち出して寡占していました。

顧客が求める化粧水としての浸透感を演出するために、肌にはあまりよくないはずのアルコールを配合した商品もあるような中で、成分にこだわり抜いたロート製薬の「『肌ラボ』極潤」というプロダクトは目立っていました。