コマツが「戦略矛盾」を恐れない根本理由

「市場での矛盾」を恐れずに、コマツが取った戦略とは?(撮影:今井康一)
経営学、とりわけイノベーション論の分野で知られている、「両利きの経営」という言葉が、最近、広くビジネスパーソンの間でも多く語られるようになった。この研究の第一人者であるチャールズ・オライリー(スタンフォード大学教授)とマイケル・タッシュマン(ハーバード大学教授)の著作『両利きの経営』が話題になっている。
今回は、デジタル化への対応戦略、ビジネスモデル研究の第一人者で早稲田大学ビジネススクールの看板教授の一人でもある根来龍之氏に、「両利きの経営」のポイントと、ここから日本企業がデジタル化対応のために取るべき戦略について語ってもらった。
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日本製クォーツとスイス時計メーカーの戦い

『両利きの経営――「二兎を追う戦略」が未来を切り拓く』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします)

『両利きの経営』では、探索的イノベーションの方向を3つに分類している。「自社の既存市場に対し、新製品・新サービスを届けるために新しい組織能力を開発する活動」「既存の組織能力を活用して、新しい市場に対応していく活動」「新しい組織能力を開発して、かつ、新市場への対応を行う活動」の3つである。

このうち、最後のパターンが両利きのリーダーが最も活躍する必要があるとされる。これは、多角化論でいう「製品が既存と異なり・市場も異なる」非関連多角化とは異なる。以下の事例で見るように、ここで取り上げるのは、既存事業と市場で競争するイノベーションをめぐる事例である。つまり、既存事業に対する代替性が存在する点に着目している。

問題の性質を鮮明に示す古典的事例として、機械式時計で市場リーダーだったスイスの企業が、クォーツ時計の脅威に対応していく事例を本書から紹介しよう。

1848年創業のスイスの代表的時計メーカー・オメガは、1960年代にはすでにクォーツ時計という新技術の存在に気づいていた。しかし、「より正確でより安価な時計をつくろうとする新しいアプローチ」は、高品質の腕時計メーカーのコア能力を脅かすものであった。クォーツを採用することは、「精密機械工学の熟練スキルが無用となり、自社ブランドの脅威にもなりかねない」し、「価格に敏感な消費者という異なる顧客セグメントに売り込む必要があるが、それは利益率が低い事業だ」と考えられたのである。

そのためオメガは、新しい技術の存在に気づきながら、クォーツ時計に最初に進出する企業とはならなかった。結果としてこの技術は、当時は無名だった日本のセイコーが、世界の時計市場でリーダー企業の1つとなっていくきっかけとなったのである(世界初の市販クォーツ腕時計は、1969年にセイコーが発売した「アストロン」であった)。

スイスの時計メーカーは、宝飾店などで主に高級志向の顧客に高級時計を売って成功してきた。一方でクォーツ時計は、ディスカウントストアなどの大衆的な小売店で販売される薄利多売品として売られることになった。

破壊的イノベーションに対抗する

この歴史は、まさにハーバード大学のクレイトン・クリステンセン教授の説く「破壊的イノベーション」の事例となるものだ。なぜなら、破壊的イノベーションとは、最初は市場のメインの顧客のニーズには応えられない製品として出発し、やがて技術の進歩とともに市場のメイン製品となっていくようなイノベーションのことだからだ。

スイス企業の場合は、ディスラプター(破壊者)としての日本企業に市場を取られた後に、クォーツ時計の市場に後から参入することになった。結果としては、ローエンドはスウォッチなどが、中間価格帯はオメガなどが、ハイエンドはブランパンなどが競争力を取り戻し、スイスメーカーは世界の時計市場で最大のシェアを再度獲得することに成功する。