部門対立がバカらしくて仕方ない人への処方箋

2つの組織がある種の思想に染まることで、お互いが譲れないほどの対立に陥る。だからこの会社の問題は、アメリカの人種問題や、アメリカと中東の対立の問題と同じくらい簡単には解決できないと彼は嘆きました。

ところが先ほど「表面的には」と書いたとおり、この問題にはもう一段深い問題が存在します。スピルバーグ製作の『HATE』という番組ではこの憎しみの起源を人類の起源以前にまでさかのぼった研究を紹介します。

わたしたち霊長類の祖先をさかのぼっていくと信条や主義の違いをもたないアカゲザルの集団同士にも深い対立が存在しているそうです。ほかに何も違いはなく、場合によっては集団間を移動するメンバーもいるというのに、ただ違う集団だというだけの理由でアカゲザルは集団同士で対立する。「これはいったいどういうことなのか?」と番組は問題を投げかけるのです。

人類に近い霊長類としてチンパンジーとボノボがあります。今から700万年前に人類が分かれ、その後、200万年前にチンパンジーとボノボが系統図の中で分化したといわれています。そして興味深いことにボノボだけは、人間やチンパンジーやアカゲザルのような集団同士での対立という習性がないのだといいます。

なぜそうなったのかという理由は、チンパンジーとボノボの分化が起きた原因としてコンゴ川が2つの種の祖先を分け隔てたことにあったと研究者は説明しています。ボノボが進化したコンゴ川の南側は豊かな場所で食料に困ることはなかった。一方でチンパンジーが進化したコンゴ川の北側では日常的に食料が不足しチンパンジーは集団同士でそれを争わなければならなくなった。

集団同士が争うのは「競争」に起源がある

そして悲しいことにサバンナで進化していった人間もつねに食料が不足し、食料をめぐった争いが絶えなかった。集団同士が争う種族の共通点はこの「競争」に起源があるのだというのです。

人間の集団心理について、このことを裏打ちした実験がありました。10代のアメリカ人少年をサマーキャンプに集めて2つの集団に分けて競わせた実験です。2つのチームは同じような母集団から集められた少年たちであったにもかかわらず、サマーキャンプの間、日に日に対立を深め、最終的には暴力的な事件が起きて心理学者は実験を終了せざるをえなくなったそうです。

このように集団間の争いの原因が、人間のDNAに刻みこまれた競争環境にあるのだとすれば、会社の部門同士に仲が悪い例が多いという現象には、経営コンサルタントとしてはおおいに心当たりがあります。経営者の経営スタイルの中で幹部社員同士を競わせるやり方をとる経営者がよくいるのです。

ステレオタイプの表現ではありますがオーナー経営者が後継者とおぼしき専務と常務にそれぞれ部門を与えて、2人がいつも競争するように仕向けることで事業を成長させるとともに、社内のパワーバランスをコントロールするという構図は、実際によく見かけられます。そしてこの経営スタイルをとる企業では社会学研究的に言えば必ず部門間対立が発生するわけです。

ちなみにこういった集団心理による対立を簡単に解消する方法があることも知られています。2つの集団に共通のもっと巨大な敵が現れればいいのです。日本人にとっていちばんわかりやすい例は、幕末の薩長連合です。あれだけお互いに忌み嫌っていた薩摩藩と長州藩という2つの集団が討幕に向けてしぶしぶ手を結んだわけですが、そうなった途端、いつの間にか2つの集団は固く結束した同士となっていくのです。

さてこの話には結末があります。私に相談を持ちかけた知人は私の話をそれなりに理解してくれたようです。

新卒と転職組では難易度が違う場合も

それで当初は「部門間対立をなんとかして解消したい」と考えていた彼は、この問題の解決は簡単ではないことを理解して、あっさりと転職することを決めたそうです。転職エージェントには「ワンチームとして顧客のために働く企業文化が強い会社を紹介してほしい」と念をおして転職先を探してもらったといいます。

こういったケースでは新卒でその会社に入った人と、転職者では問題に対抗する難易度が違うようです。新卒の場合、組織同士は仲が悪くても同期のネットワークがあるので、それなりに他部署と交渉したり動かしてくれたりする仲間が存在する。日本企業の古きよき終身雇用時代の武器はそれなりに機能するのです。この会社でも古くからいる社員は部門間対立に直面しながらも自分なりのやり方で部門間の壁を乗り越える努力をしていたといいます。

しかし転職者にはそういった武器がない。そう考えるとあっさりと転職を決めた彼のやり方は、問題解決法としては理にかなったやり方だったのではないかと私も思うのです。