大塚明夫「声優養成所を過信する若者の危うさ」

10年前だと、信じられないほど下手くそな人や、ルールをまったく理解できていない人もざらにいました。極端な話、マイクをつかんで話そうとしてしまう人もいたほどです。もちろんこれは一例です。めちゃくちゃなほうがすばらしいというわけではありません。でも、正解の体裁をしつらえずにまず思ったことをやってみる、ということがそもそも困難な時代になってしまったのだなとは思います。

「声優ってこういうもの」というイメージが広まり、「こういうもの」の範囲で自分を整えることが安全策と思われるようになってしまった。でも、声優を選ぶ側が望んでいるのは実は“ステレオタイプでない”役者なのです。1万人いる声優の中で少しでも抜きん出た、はみ出た何かを持つ人間。とりあえず基本だけは押さえられる、という人をザクとして使うことはあっても、ガンダムとして重宝してはくれません。

こんなことを私が言うのもなんですが、声優学校や養成所というのは非常に儲かる商売です。学校には、生徒たちの将来の面倒をみる義務がありません。入った人間を必ずこのレベルのスターにします、入った人間を社員にして給料を支払いますといった契約を交わすわけではないのである意味気楽です。

売れなければ「お前のせいだ」でおしまい。うまいことスターが出れば「ありゃあ俺んとこで育てたんだ」と言えばいい。それを広告塔に次の声優志望者たちがやってくる。はっきり言って、ローリスク・ハイリターンです。ハイリスク・ローリターンな声優業と比べてなんたる違いでしょう。

声優業界と「徒弟制度」は相性がいい

私は時々、声優界もいっそ、演歌歌手や落語家の世界のように徒弟制度を取り入れたほうがいいんじゃないかな、と思うことがあります。まだまだ足りていないけどこいつはちょっと面白いかもな、と思った子を弟子にして連れ歩くわけです。

実際私も、父(大塚周夫)や納谷六朗さんにくっついてあちこちに顔を出していました。そうすれば、顔や名前を覚えてくれる人も中にはいます。そんな体で、例えば私が若い子を自分の現場に連れていき、「明夫さん、いつもひき連れてるあの子誰ですか」「ありゃあ俺の弟子だよ」なんて会話を繰り返せば、業界の人たちに「大塚さんの弟子の○○君」として覚えてもらえるはずです。

顔なじみになったあたりで私が「あいつの台詞聞いてやってくれないか」と頼めば腰をあげてくれるディレクターはいるでしょうし、そのほうが仕事だってとりやすいかもしれません。

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私は見どころのある若い人の頼みであれば、そのくらいの面倒はみたっていいと本気で思っています。給料は渡せなくても飯くらいは食べさせるでしょう。しかしそう書いたところで、先輩声優のところに押しかける若手声優はまずいません。「自分には無理だ」「そこまでしなくても、きちんと学校を出ればなんとかなるんじゃないか」と大体の人が思ってしまうのです。

もちろん、声優という仕事自体を私は絶対おすすめしませんから、そういう人がなるべく早く「自分には声優は無理だ」と気づいてくれることを願っています。