「東大生を見世物にしてあざ笑う」TV局の軽率

関西大学の出身者はほかにも何名かいて、職場では大学名を冠した派閥ができていたそうだ。そんなところに東大卒の吉岡くんが入ってきてしまったものだから、「その人たちがすっかりすねてしまった」と彼は言った。

「事あるごとに皮肉や当てこすりをされて、ずいぶんとやりづらかったですねぇ。なにかにつけて『自分(お前)は東大出で頭がええのかもしれへんけど、うちらはそうやないねん』と言われてなじられました」

「自分ほんまはアホなんちゃうか」

特定の人に対する皮肉や当てこすりを関西の人は「いじり」というのかもしれない。しかし、「いじり」も「いじめ」も「他者をないがしろにする」という点で行為の本質は同じだ。いじる側は軽い冗談のつもりでも、いじられている側が不快に感じるならば、それはいじめである。こんなこと、小学校の道徳教育レベルの話だ。

「先輩たちは新人のぼくが知らないことがあると大喜びするんですよ。『東大を出てるのに、自分ほんまはアホなんちゃうか』なんてことをよく言われました。そこで『そうなんですよ。東大にもぼくみたいなアホはいるんですよ』なんて言って下手に出て、業務のやり方を習得していきました。その場で口だけでもアホだと認めておけば事がスムーズに運ぶので。正直、屈辱ですよ。でも、からかうのはやめてほしいと訴えても、まともに聞き入れてはくれません。こちらは1人なのに対し相手は大勢ですから」

おそらく吉岡くんの職場の人たち、そのなかでも「そこそこの学歴」の人たちによる、東大卒という彼の学歴を敵視したいじめはあったのだろう。

単純に気に入らなかったということもあろうが、自分たちの立場を脅かすようになる前に、吉岡くんとは職場内での「格付け」を終えておきたかったのかもしれない。

テレビをネタにいじられる

「嫌だったのは、ちょうどぼくが就職したころにテレビで『さんまの東大方程式』というバラエティー番組が始まったことです。ゴールデンタイムにやっていて、定時であがった職場の連中がけっこう家で見ていたんですね。放送された後しばらくは、その番組をネタによくいじられました」

「さんまの東大方程式」は2016年からフジテレビ系列で放送されているトークバラエティー番組だ。

なぜ「さんまの方程式」で東大生たちが傷つくのか? (写真:時事通信)

司会の明石家さんまとスタジオのひな壇に並べられた数十名の現役東大生が繰り広げるトークが人気を博し、毎年春と秋の改編期の特番として、この本を書いている2020年8月時点で第8弾までが放送されている。

「あるときの放送では、女性経験がない東大の男子学生がフォーカスされたんでしょうね。その話を引っ張ってきて、『吉岡も東大やし、童貞やろ』とからかわれました。

またあるときは、東大生に昆虫でも食べさせていたのでしょうか、『自分も虫食ったりすんの? きしょ(気持ち悪い)』なんて理由もなく中傷をされたりもしました。

関西において明石家さんまの影響力って大きいんですよ。『さんまがやっていたみたいに、俺らもうちの職場にいる東大をいじろう』ってなもんです。たまたまつけたテレビでやっていても5分と見たことはないのですが、東大関係者にとってあれほどうっとうしい番組はないです」

この本を書くにあたって僕も過去の放送回を取り寄せて視聴してみたが、確かに番組は僕たち東大の卒業生にとって見るに堪えないものだった。番組では、基本的に東大生を「変人」扱いすることで笑いをとっていたからだ。

もちろん、バラエティー番組なので、台本があり演出があり、素材に過剰な編集を施した結果なのだろうが、いずれにしても、この番組は世間の東大生に対する偏見を大いに助長するものだ。