銚子丸が「人が辞めない会社」に大転換できた訳

石田:そうです。「お客様に喜んでいただく」という先代の想いは最も大切にしつつ、しかしながら長時間労働を改革しないことには、「定着率の向上」につながりません。無論、優秀な人材も集まらないでしょう。それでは結局「お客様に喜んでいただく」が実現できないのです。

そこで店舗ごとのピーク時間を考慮し「営業開始を遅らせる」「終了時間を早める」などの対策を練り、加えて「シフト制」を徹底することにしました。この労働時間短縮に取り組むようになって気づいたことは、経営者だけでなく、従業員に対しても、半ば強制的に意識改革を行う必要があったことです。責任感が強い人間ほど、「あとは私が責任持ってやっときますから」などと1人で抱え込みがちですが、そうならないよう、毎日本部で全劇団員の勤怠をチェックし、働きすぎの劇団員には「シフトどおりに帰りましょう」など改善を促しました。

今は耐えて前を向くとき

小室:でもそうすると、皆さんの給与はその分少なくなってしまったのでは。

石田:いえ、それはしませんでした。外食産業にありがちな話ですが、銚子丸も給与の一部に「固定時間外手当」と称する手当を組み込んでいました。これが当初は70時間分だったのです。この手当額を減らさずに固定時間外手当の基となる時間数を45時間に減らすことにしたのです。

小室:多くの飲食業がこの仕組みですよね。そうすると、70時間残業があった人が45時間になっても、給与は一切減らなかったわけですね。時間単価は跳ね上がったことになりますね。

石田:そうなんです。さらに銚子丸はこの固定時間外手当を70時間分から45時間分とする一方で、基本給を引き上げることで70時間分の時を上回る給与額とし、残業が45時間を超えた場合は残業代を固定時間外手当とは別に追加で支払うしくみに変更しました。

小室:コストアップになるのに、すごい決断でしたね。ここは銚子丸の働き方改革において最大のポイントだったと思います。単に残業を禁止して残業代を浮かせようとする企業では、「あれは給与を減らすためにやっているのだ」と従業員の経営に対する不信感が募り、会社へのロイヤルティーやモチベーションが下がってしまい、その先の「売り上げ」にはつながらないのです。

石田:われわれの「本気度」を見せるために、今は「30時間」まで引き下げました。コロナによる営業時間(並びに労働時間)短縮もあり、期せずして短期間で30時間が定着しています。

小室:休暇取得状況についてはいかがでしょう。

石田:2018年の有給取得日数は1400日程度でしたが、現在は5000日まで増えています。

小室:3倍ですか。素晴らしい成果ですね。

店を閉めても売り上げが下がらなかった理由

石田:2019年10月から「リフレッシュ休暇」や「劇団員ファミリーホリデー」も作りました。年末年始は銚子丸の超繁忙期です。ですからその前後に2~3日間の休業日を設け、家族と過ごすリフレッシュ休暇をとってもらおうという制度です。お正月やゴールデンウイークなどの大繁忙期が過ぎた後は、一時的に売り上げが下がるタイミングがあります。そこに、しっかりと店休日を設けて一斉に休んでもらうことにしました。自分1人だけ休むのは、気がひけますからね。前々から休みの予定が分かっていることで、家族と旅行に行くこともできます。

外食企業にとって店を閉めることは売り上げ減に直結しますが……(撮影:風間 仁一郎)

小室:しかし、お店を閉めれば、その分、売り上げが下がりますよね?

石田:ええ、顕著に下がります。銚子丸は日銭商売ですから、難しい決断ではありましたが、従業員を休ませることを優先させました。ゆっくり休んで従業員のストレスが軽減されれば、今日もお客様を楽しませようという仕事のモチベーションにつながります。生き生きとした笑顔が増えれば、従業員同士のコミュニケーションがスムーズになるでしょうし、接客態度も向上します。リピーターが増えれば、収益アップにつながります。