ワクチン接種の前に知っておきたい「抗体」の話

また、ウイルスが感染した細胞や細菌にくっつくと、抗体のお尻に補体というタンパク質がくっついて、この補体の作用で敵に穴を開けることもできます。つまり、こいつは敵だという目印の役目を果たすのです。

抗体は地道、ひたすら鍵と鍵穴を確かめる

さて、抗体でいちばん大切な鍵と鍵穴の関係がわかったところで、残りの説明をしましょう。前回記事で、抗体はB細胞と呼ばれる細胞の中でつくられるといいました。B細胞は、そもそもどうやってウイルスの鍵にあった抗体を出しているのでしょうか。

人間の世界だったら、監視カメラなどがあって、「こいつはこんな鍵の形なんだな」と認識し、「じゃあこんな抗体を繰り出して鍵穴を邪魔してやろうか」などと想像するかもしれません。しかし、人間の体には監視カメラはありません。

実はこれ、教科書などだとよく飛ばされるところなので、ぜひ説明しましょう。

病原体は無数にあります。しかも、次から次に侵入してきます。だから、どの抗体がはまるかわかりません。

免疫システムがどうしているかというと、なんと事前に迎え撃つ抗体の遺伝子を無数に用意しています。そして、侵入者が来ると、片っ端から抗体をつくり、何がはまるかを試しています。合鍵の束をじゃらじゃら持っている感じですね。

これを発見したのが利根川進さんです。どんな相手でも迎え撃てるように膨大な種類の抗体をつくる仕組みを解明した功績が認められて、ノーベル賞を受賞しました。

抗体の遺伝子はなんと何百万何千万種類もあります。抗体の遺伝子の鍵を決めている部分は、DNAの文字がぐるぐる変えられるようになっていて、莫大な組み合わせが可能なのです。そうやって異なる鍵の形を持った抗体の遺伝子は、ものすごい数が用意されていて、一つひとつ別のB細胞にしまわれています。

ちなみに、抗体があるかどうかの検査には、血液を検査しますが、少ないと反応せず、一定量の抗体が体内でつくられていないと検出されません。

自然免疫と獲得免疫

すべての生物が、抗体のような複雑な機能をもっているわけではありません。侵入者を食い殺す食細胞のような自然免疫は多くの生き物が持っていますが、抗体や、ウイルスが入り込んだ細胞ごと殺すキラーT細胞などは、脊椎動物にしかありません。

自然免疫細胞は「悪そうなヤツ」に対して、むやみやたらに攻撃をしかけます。攻撃が制御不能になり、自分の細胞まで傷つけてしまうときもあります。

一方、抗体やキラーT細胞による免疫は「獲得免疫」と呼ばれます。これらの細胞は、なんと、一度侵入された敵だったら、きちんと記憶します。 記憶した細胞をメモリーB細胞、メモリーT細胞といいます。

例えば、麻疹のワクチンを子どもの頃に打つと抗体ができて、それをつくったB細胞はメモリーB細胞となり、一生の間、麻疹ウイルスを敵として覚えています。再度麻疹ウイルスに感染すると「あの敵がきた」と認識して、効く抗体を出します。名前のとおり、免疫を「獲得」するのです。

敵が侵入すると、まずは自然免疫の細胞が出撃します。そして、彼らは情報を獲得免疫に伝えます。 ここで、1回侵入してきたことのある敵ならば、病気になる前に撃退できます。

記憶できることは、とても重要です。先に書いたように、初めての敵に対しては、無数に用意してある抗体からどれが効くか選ばないといけません。しかし、細胞に記憶があると同じ病原体が再び侵入してきたときに、この確認作業がいりません。だから、迅速に集中攻撃をかけられます。その結果、私たちは病気を発症しないか、軽い症状で済むわけです。「免疫がある」というのは一般的に、この状態です。

「でも、インフルエンザに毎年かかる人もいるよね」と思った人もいるかもしれません。実は、敵も巧妙で進化します。人間の免疫システムも万能ではありません。つまり、すべてのウイルスに対して一生有効な終生免疫をつくれるわけではありません。