幸せな組織をつくれる人々と不幸にする人々の差

驚くべきことに、この現象はヒトだけでなく、マウスの身体運動でも見られ、まったく同じ数式に従う。動物が健全な状態にあれば、この「1」が「0」に転じるタイミングは、無意識のうちにこのような普遍的な法則に支配されるのだ。

われわれは自分の身体の動きは、自分の意志でコントロールしていると思いがちだが、データが示す事実から、無意識レベルでは動物としての基本的な法則性に強く支配されていることがわかる。膨大な人間行動のデータから、この法則が普遍的に成り立つことが見出されたのだ。

ところが、不幸でストレスの多い集団では、1から0に転じる確率が、この普遍法則からわずかに短めにずれてくるのである(詳しくいえば、「各メンバーの動きのシークエンスが法則から乖離している程度を表す指標を、集団内で平均した値」が大きくなると、「各メンバーの主観的幸福度を質問紙により定量化したものを、集団内で平均した値」が、統計的に低くなる)。マウスにも見られる身体運動の普遍的な分布に沿うことが「幸せで生産的な組織に普遍的に現れる無意識の身体運動の特徴」になっていたのである。

これを多様な業種・業務の組織データで検証してみると、この無意識の身体の動きの特徴だけで、幸せに関する質問紙による組織レベルの数値(メンバーの幸せの数値の平均値)を極めて精度よく予測できることがわかった。定量的にも、相関係数Rは0.94という高い数値であった。

相関係数がこれほど高いということは、組織あるいは職場ごとの平均的な幸せは、職場を構成するメンバーの身体運動に関するこの配列の特徴を捉えることで、9割以上推定可能という意味を持つ。まさに「幸せの配列」であり、高低を逆に解釈すれば「不幸せの配列」ともいえる。

これには当初とても驚いた。なぜなら、一方は、人が主観的に回答した数値を集計したもので、他方は、センサーによって計測した人の動きを表すシークエンスの特徴だからである。しかし、データはとても偶然とは考えられない強い相関を示していた。おそらく、幸福感という生化学現象が、無意識の身体の動きと、人体内で強く結びついているからだと考えられる。われわれは、無意識の身体運動に表れるこの指標を「ハピネス関係度」と呼ぶこととした。

これだけの高い相関があれば、アンケートに頼らずとも、身体の動きをセンサーによって計測するだけで、幸せで生産的な組織かどうかが定量化できる。

スマートフォンには、身体の動きを計測できる加速度センサーが搭載されている。従って、この身体運動の特徴を計測するアプリをインストールするだけで、非常に多くの組織の主観的幸福を計測する道が拓ける。

まわりを不幸にし、自分だけ幸せになる「悪い幸せ」

もう1つ、ここで特に重要なのは、「集団としての幸せ」に注目している点であり、「個人の幸せ」ではないということだ(「集団としての幸せ」はメンバーの幸せを質問紙で定量化したものの平均値)。というのも、素朴に「個人の幸せ」あるいは「自分の幸せ」に注目して、それを高めることをよいこととすると、他の誰かを犠牲にして自分だけ幸せになろうとする場合が含まれるからだ。

実際、大量の実データの解析から、注目したその人自身は幸せなのに、その人が関わっているまわりの人が、おしなべて幸せではない場合がかなりの頻度で見られる。とても偶然ではない頻度でそのようなことがあることを、われわれは確認している。このような幸せをここでは「悪い幸せ」と呼ぶ。

幸福度の低い組織(質問紙で定量化した幸福度を組織内で平均した値が低い組織)では、実は、このような「悪い幸せ」が多いのである。これは一緒に仕事をしている会話の相手との間に幸せの格差が生じているともいえる。そのような幸せの格差を生む会話や人間関係こそが、不幸な人を生んでいると解釈すべきであろう。