仕事のできない人は「人間洞察」の本質を知らない

楠木建氏(左)と山口周氏(撮影:尾形文繁、今井康一)
「仕事ができる」といわれる人たちは、いったい何がすごいのか――。その答えが可視化されない「センス」であると喝破するのは、一橋ビジネススクール教授の楠木建氏と独立研究科の山口周氏だ。
外国語やエクセル、プログラミングなどの「スキル」を上達させるノウハウに関しては無数の指南書が出ているが、センスを身につける方法に関しては、皆無と言っていい。なぜなら、センスを磨くための定型的な方法はないからだ。
それでも知りたい、仕事における「センス」を磨くためのヒントとは――。2019年発売の同名単行本を新書化した『「仕事ができる」とはどういうことか?』より一部抜粋、再構成してお届けする。

センスメイキングとは「人間洞察」

楠木建(以下、楠木):最近いい例だなと思ったことのひとつに「Suica」の改札機のデザインをした山中俊治先生(東京大学生産技術研究所教授)の話があります。山中先生によると「デザインの本質というのは、それを使うお客さんが無意識に使いこなせるところにある。その意味でのデザインは最高度の人間洞察を必要とする」とおっしゃるんですね。

だいたいSuicaの改札機の形状なんて、普段、誰も意識して見ていないし誰も覚えていない。それがいちばんいいことなんだって言うんですよ。デザイナーというと創造性に満ちていて自分の個性爆発で……というイメージですが、実際は自分を限りなく小さくしていかないと、本当のデザインはできない。

初めにSuicaの技術が出てきたとき、切符を中に入れる改札機はあったんだけれども、「かざす」という行為についての理解というか、そもそも概念が人々の中にない。しかもかざしてもらって一定時間そこでスローダウンしなければいけない。そうやって待ってもらわなきゃいけないというのが技術的な要請としてあった。そこをどうすればいいのかということが、Suicaの改札機のデザイン上の重要な問題だった。

そこで山中先生は人間の本能に立ち戻って考える。で、「光るとそれに反応する」とか「ちょっと手前に傾いていると少し速度を落とす」というアイデアを得るんですね。そういう人間の本能の理解を形状化するということが、デザインの本質なんだという話です。これも要するに人間洞察ですね。

山口周(以下、山口):デキる人というのは総じて「人間をわかっている」ということなんでしょうね。「人間」というシステムを部分化せず、総体として洞察している。スティーブ・ジョブズは市場調査に非常に否定的でしたけど、これがウケるかウケないかを直感的に把握できるということは「人間をわかっている」ということで、それをわざわざ調査してデータを集めて「購買意向は◯パーセント」みたいに検証しないと前に進めないというのは、「人間をわかっていない」からということなんでしょうね。

楠木:もうひとついい例だなと思ったのは、レゴブロックの衰退と復活という話。一時期のレゴの衰退は子どものデータを集めすぎたことが原因だったというんですね。ずいぶん前の話ですけど、ユーザーである子どものデータ、要するにビッグデータのはしりみたいなデータをさんざん集めていったら、明らかに傾向として得られたのが「最近の子どもは以前と比べて注意が散漫である」ということ。これはレゴには適していない。

一橋ビジネススクール教授の楠木建氏(撮影:尾形文繁)

ではなぜそうなったのかと言えば、テレビゲームみたいなものの影響で、高刺激性のものには即時に反応するという。これについてもデータとして出てきた。子どもの遊びがどんどんテレビゲームに代替されているなかで、クチュクチュとやっているレゴみたいなものは、もう難しいのだというような諦めをレゴのマネジメントが持つようになった。だからキャラクタービジネスでディズニーみたいな会社になろうとした。