
私たちは「目的」と「知識」という2つの合理性に引っ張られて生きています。言い換えれば、2つの強力なレンズを持っていると言えるでしょう。
たとえるなら、私たちは左には目的のレンズをかけ、右目には知識のレンズをかけて生活しています。これらの2つのレンズの力によって、私たちは複雑な日常に対して余計なことを考えることもなく、シンプルに生きることができるのです。
しかし、副作用があります。それは、レンズの度が強くなるほど、「今」をストレートに見ることができなくなるということです。だから、私たちは時として両目にかかったレンズを外さなくてはなりません。
そして、目的からも知識からも解放された「裸眼」になって、今目の前にある風景をそのまま見つめることが必要なのです。ここでひとつ、具体的なシーンを挙げて見てみましょう。
経営企画部の宇野達哉は、頭の中にあるシナリオを最終確認した。
これで大丈夫だ。今日の会議ではうまく結論に着地できるはずだ……。時計は12:55を指していた。5分後には3つの営業部から、各営業本部長が集まり、今後の営業戦略の方針を決める2時間の会議がスタートする。
2年に一度行われるこの営業戦略会議は、議論が紛糾し、営業本部長同士が険悪な空気になって終わるのが通例だった。今回初めてファシリテーターを任された宇野は、2年前の失敗とも言える会議運営を目の当たりにし、徹底的な準備とプレゼン資料作成が必要だと考えた。
宇野は3つの営業本部を徹底的にリサーチするとともに、それぞれの本部の傾向や課題をエビデンスも含めて洗い出した。
これまでの会議では、感情論に訴えるだけで、根拠やロジックに欠けていたというのが宇野の見立てだった。だからこそ、それら全ての要素をスライドに落とし込み、想定問答集まで完璧に仕上げた。
3つの営業本部とも、それぞれストレッチした目標に合意してもらわなくてはならない。どの本部も自分たちだけが割りを食ったという印象にならないように、適切な数値を提示し、納得してもらう予定だ。
あとは本部長たちが非合理的なことを言い出さない限り、このスライドで1枚ずつ合意を取っていけば着地できるはず。宇野はプリントアウトしたスライドを改めて眺め、不安を打ち消した。よし、時間だ。みんな集まった。後はシナリオを再現するだけだ。
宇野はおもむろに立ち上がり、練習していたセリフを切り出した。
「今日はお忙しいところお集まりいただき、ありがとうございます……」
この事例における宇野さんの準備はとても入念であり、その姿勢は何も問題はなさそうです。しかし、残念ながらこの会議は成功しない確率のほうが高いでしょう。
それは、なぜか。
宇野さんは、シナリオの実現にこだわりすぎて、現場の状態についての知覚が欠如している可能性があるからです。
皆さんも息苦しい会議に参加されたことは数多くあるはずです。その息苦しさを生み出す代表的な理由は、会議の主催者側が持つ強い「コントロール思想」です。
参加者を道具的に見なし、想定通りに動かそうとする。そして、もし想定外の発言があれば、拒否反応を示して排除しようとする。