上司の「無自覚パワハラ」が部下を自殺に追い込む…いまだに職場でパワハラが増えている理由

 私は、このハラスメントをした上司自身が同じような指導を若い頃に受けてきたかは知りません。しかし、この上司は自分の行為が、部下にこのような気持ちを引き起こすという考えすらなかったのだと思います。ましてそのことが、自殺につながることまでは考えもつかなかったでしょう。たとえ自殺まで想像できなくても、前途有望な若者に暗い影響を及ぼしてしまうだろうという想像力の欠如、相手の立場や気持ちを察することができないという想像力不足は、悔やんでも悔やみきれません。

2. ハラスメントを組織が生み出している

 2つめの理由は、ハラスメントを「組織が生み出している」ということです。もう少し正確に言うと、組織におけるストレスが、被害者を助けることができる可能性のある人たちを遠ざけてしまっている、ということです。

 職場のなかには自分自身がストレスや、やらなければならない仕事でいっぱいいっぱいで、自分のしていることが見えていなかったり、自分のなかの思いやりの心に気づく余裕のない人が多くいます。同僚がハラスメント被害を受けていることを見て見ぬ振りして、あとになって後悔している人たちも多くいます。人は自分に余裕がないと、なかなか他人に優しくはできません。個々の社員のストレスの軽減もハラスメントを避けるためには必要です。

 なかには、無意識・無自覚のうちにハラスメントを行っている人たちもいます。多くの場合、いじめる側(ハラスメントをする側)は、原因があるからハラスメントをするわけではなく、ハラスメントをするために原因を探しているのです。

 また、人事部のなかでも、「あの部長の下に配属される人はすぐにメンタルヘルス不調になる」と認識されている上司もいます。たいていの場合、「原因は上司のパワハラ」などの原因までわかっていることが多いです。しかし、その部門の人事担当者に、「そのパワハラ部長の上司にそのことを伝えないと」と産業医として何度提案しても、何も変わらない会社もあります。

 ハラスメント加害者のことを複数人が認識していても対処しない・できないことは、私は個人を超えて会社としての責任だと思います。大切なのは、ハラスメント被害者が出た・気づいたときに、それを訴えるべき連絡先の開示や、実際の調査方法の確立などのルールやフローづくりでしょう。パワハラを誰はいつから認識していたのか、何かできることはなかったのか、連携体制はどうすべきかなど、これは決して犯人探しではなく、組織運営や企業文化の課題として扱われるべきでしょう。

●「声を上げられる仕組み」をつくることが大切
 
 この記事を読んでいるあなたも、いつどこでハラスメント加害者として訴えられる可能性があるかわかりません。ハラスメントという言葉の普及とともに、ハラスメント対策研修なるものが多くの大企業では毎年開催されています。率直な意見を言うと、「ハラスメントになるから××はやってはいけませんよ」というような、“やってはいけないことを学ぶ研修”は、その効果のほどは評価しようがありません。研修の教えでハラスメントをしていないのか、単にそのような状況がないからハラスメントをしていないのか、わからないからです。

 しかし、このような研修で「ハラスメント対策をした」としてしまっている企業はたくさんあるのではないでしょうか。社内研修等では、やってはいけないことに注目するだけでなく、うまくやっている人たちが何をしているのか、被害者を見たときや被害にあったときにどうすべきかなど、やってほしいことに注目することが大切です。今企業に求められるべきは、加害者にならないためのハラスメント研修だけでなく、被害者がアクセスしやすい社内通報システム(社内フロー)や、被害者を救うメンタルケア体制などの充実です。

 職場におけるハラスメント問題は、解決策が簡単に見つかるとは限らず、また、思いやりの言葉だけでは片づけることのできない課題です。しかし、実際にパワハラを含む「いじめ・嫌がらせ」の相談は増え続けています。

 人事労務に携わる人、いや、すべての働く人にもう一度、ぜひ職場で話し合っていただきたいと思います。
(文=武神健之/医師、一般社団法人日本ストレスチェック協会代表理事)