孫正義氏の手法を徹底批判、auを創った男・千本氏、今度は電力業界に革命

千本倖生氏(ロイター/アフロ)

 再生可能エネルギー発電所の開発を手掛けるレノバが2月23日、東証マザーズから東証1部に市場を変更した。レノバは2017年2月23日、東証マザーズに上場。18年5月期の連結売上高は115億円の見通し。12年に再生エネルギー分野に進出した。木南陽介社長兼CEO(最高経営責任者)が創業者。会長は第二電電(現KDDI)、イー・アクセス(現ワイモバイル)を創業した千本倖生氏。千本氏は知名度の高さから“雇われ会長”になっている。

 千本氏はレノバが東証1部に昇格した2月23日、同日付の日経産業新聞に登場している。そこで、「なぜ再生エネルギーの会社に入ったのか」との問いに、「以前から『ITの次はクリーン』と思っていた」「電力業界は通信業界に似ている。欧米に比べて遅れている分野には必ずビジネスチャンスがある」と語り、電力業界に商機を見いだしていると明かした。

 同日の日本経済新聞には、全面カラー広告が掲載された。レノバの3人の役員が並んでおり、真中に千本氏、右に木南氏、左に元環境省事務次官でレノバ独立社外取締役の南川秀樹氏が座っている。

 木南氏はマッキンゼー・アンド・カンパニー・インク・ジャパンを経て2000年にリサイクルワン(現レノバ)を創業した。南川氏をはじめとして6人の社外取締役を迎え入れ、社内取締役は千本、木南の両氏という布陣だ。だが「千本氏が去った後、その会社にはしばらくぺんぺん草も生えない」との評価もある。はたして、レノバはうまくいくのだろうか。

●千本倖生氏の経歴

 千本氏は通信業界の名物男である。これまでも新しいビジネスを次々と開拓してきた。

 1966年、京都大学工学部電子工学科を卒業、日本電信電話公社(現NTT)に入社。2年後、フロリダ大学修士課程・博士課程に進み、工学博士号(電気工学)を取得した。留学中にルームメイトから「独占事業をやるのは悪だ。リスクを取って起業して競争するものこそ尊敬される」と言われたことが耳に残り、これが、ベンチャー人生を歩む原点となった。

 42歳のとき、部下数千人を抱える部長職を最後に電電公社を退職。電電公社の民営化と通信の自由化を間近に控えた1984年、京セラ創業者の稲盛和夫氏を説得して、第二電電(現KDDI)を共同で創業した。大阪のコーヒー店で、稲盛氏に新しい通信事業会社の構想を諄々と説いたのは有名だ。「僕がやったら、通話料金を安くできる」が殺し文句だった。第二電電の専務として、市外通話料金の大幅値下げをやり遂げた。

 携帯電話時代をにらんで、1990年に社内ベンチャーのDDIセルラー(現在のau)を立ち上げた。次に、「ケータイ料金は高すぎる。僕がやれば安くできる」と言って、94年にはDDIポケット(その後・WILLCOM)を設立し、低価格のPHSを広めた。

 だが、DDIが大企業になるにつれて、社内ベンチャーを奨励する雰囲気はなくなっていった。自分の周囲に壁のようなものができたと感じた千本氏はKDDIの副社長を退任。96年から慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授として「ベンチャー企業経営論」を教えた。

 だが、学問の世界に閉じこもっているような男ではなかった。インターネット時代が到来するとアントレプレナーの心に火がついた。「日本のインターネット通信は高くて遅い。僕がやれば、安く速くできる」と言って、99年にイー・アクセスを設立した。新しいパートーナーとなったのが米投資銀行、ゴールドマン・サックス(GS)のアナリストだったエリック・ガン氏で、後にイー・アクセス社長になった。