岩崎家が激怒して残った「三菱銀行」のブランドと、財閥名にこだわらない三井の違い

東京・西新宿の損害保険ジャパン日本興亜本社ビル(写真:アフロ)

 損害保険ジャパン日本興亜が、2020年春に損害保険ジャパンに改称すると発表した。理由は、「社名が長いから」。では、なぜ長いのか。それは、度重なる合併の所産である。

 損害保険ジャパン日本興亜は、損害保険ジャパンと日本興亜損害保険が合併して誕生した。ちなみに、損害保険ジャパンは安田火災海上保険・日産火災海上保険・大成火災海上保険・第一ライフ損害保険の合併企業(実際は安田火災・日産火災の合併後、第一ライフ損保の契約を包括移転し、大成火災破綻後の清算会社を吸収合併した企業)、日本興亜損害保険は日本火災海上保険・興亜火災海上保険・太陽火災海上保険の合併企業である。

●合併社名の3パターン

 合併した企業の社名は、大別して以下の3つのパターンに分かれる。
1、A社とB社が合併してA社
2、A社とB社が合併してC社
3、A社とB社が合併してAB社

 損害保険ジャパンは事実上、安田火災・日産火災・大成火災の3社統合なので、上記の2。日本興亜損害保険は事実上、日本火災・興亜火災の2社統合なので、上記の3に分類される。

 実は、戦前の企業合併では圧倒的に1、2が多く、3は戦後に多い。1は事実上の吸収合併と見られてしまうので、以前は2が選択されることが多かったが、旧来の社名に愛着があったり、ブランドとして世間的に認知されていたりすると、旧社名を残す形で3が選ばれる。特に戦後は両社の融和をアピールする意味で、3が選択されることが多かったように思われる。

 なお、2と3の中間系として、長野の八十二銀行がある。1931年に長野の第十九銀行と六十三銀行が合併した際、単純に社名を足し算して八十二銀行になったのだ。ちなみに第十九銀行と六十三銀行は戦前のナンバーバンクで(第一国立銀行から第百五十三国立銀行まであった)、第八十二銀行という銀行も鳥取にあったのだが、1923年に安田銀行(富士銀行を経て、現・みずほ銀行)に吸収合併されている。

●破談になってもいい名前

「3、A社とB社が合併してAB社」というパターンでもっとも露骨だったのが、大阪商船三井船舶(現・商船三井)だ。

 1964年に「海運集約」といって、海運不況を乗り切るため、多すぎる海運会社を合併・集約させたことがあった。その時、三井船舶は1963年9月に川崎汽船との合併を発表したが、合併後の社名に三井を付けるか否かで揉め、結局、合併は破談。3カ月後に大阪商船との合併を決め、1964年4月にゴールイン。世間を驚かせた。

 通常なら、合併後は大阪三井商船、三井大阪船舶などのような名前になるだろう。ところが、単純に2社の社名をくっつけただけの社名(大阪商船三井船舶)に、世間は二度びっくりした。「合併が破談になっても、片方を消せばいいような社名にしたのだろう」という噂すらあったのだが、結局両社はその後離婚することなく末永く続き、今では商船三井と名乗っている。

●本音が透けて見える英文表記

 ちなみに、大阪商船三井船舶の英文表記は“Mitsui O.S.K. Line”である。合併前に海運業界2位だった“大阪商船”を日本語表記で先に書き、英文表記は海外に著名な“三井”を先に書くという、いいとこ取りの社名になっている。この違いを問われた関係者は、「あいうえお順、アルファベット順で、早くなる社名を先にした」と煙に巻いたという。

 日本語表記と英文表記の順番が異なる事例には、“三井住友”がある。いうまでもなく、三井グループ企業と住友グループ企業が合併した企業である。日本語表記はすべて三井が先だ。しかし、英文表記は違う。