『ひゃくにゃんいっしゅ』八十一、後徳大寺左大臣(ごとくだいじのさだいじん)を掲載しました。
平安後期の歌人で本名は藤原実定(ふじわらのさねただ)。百人一首の撰者である藤原定家のいとこ。
和歌の才能に恵まれ、また教養も高い人物であったという。
明け方にやって来る暁の猫。月に代わってやってきたようです。
和歌の才能に恵まれ、また教養も高い人物であったという。
明け方にやって来る暁の猫。月に代わってやってきたようです。
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登録日 2022.03.06 20:01
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