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第三話 汚れた貴族
前線に出て指揮をしていたジスランは、疑心暗鬼になるほど順調すぎる戦いにため息を吐いた。
こんな国と同盟を組んでいたことが恥となるくらい、手応えのないものだった。
練度の低い兵士と、戦術と戦略をまるで分かっていない指揮官。
首都に辿り着くまで、そう時間はかからないだろう。
脆弱な兵に、愚かな指揮官。ルシエルはそこに嫌気が差したから侵略を望んだのだろうか?
けれど、ルシエルの真意はそこではない気がした。
「ルシエル……」
捕虜となった兵士を見下ろしながら、ジスランは小さく呟いた。
――――――――――
侵攻を始めて二日。
ベルフェール伯爵の使者を名乗るものがジスランの元に訪れる。
降伏するので見逃してほしい。という内容だった。
ジスランはため息を吐く。
レクイエスの存続よりも自身の保身のために降伏を申し出るなど、臣下にあるまじき行為だと思ったからだ。
そんなジスランを恐れた使者は、領地に招き歓待したいとの申し出た。
降伏の意思を持っている者を無碍にするわけにもいかない。
ジスランはベルフェール領の外に兵を配置し、精鋭の騎兵を十数名連れてベルフェール伯爵の領土を訪れた。
ベルフェール領は目を背けたくなるほど荒廃していた。
田畑は痩せ、民達は皆見窄らしい格好のまま、虚な目で農作業に勤しんでいた。
一人の女性がジスラン達の部隊を見つけると、目の色を変えて走り寄ってくる。
「もう、勘弁してください……もう、子供たちの分まで差し出したのです、これ以上は、もう……」
ジスランは女性の言葉に思わず、目を見開く。
「何を、言っている?」
「税の、徴収ですよね……?」
その言葉にジスランは言葉を詰まらせる。
この女性を見るだけでどれだけ貧しい生活をしていたか見て取れるからだ。
やつれた頬に、艶のない髪、つぎはぎだらけの服に、欠けて割れた爪。傷だらけの手足。
一体どれだけの重税を課せられていのだろうか。
「これを」
ジスランは一つの袋を女性に差し出した。
女性はきょとんとした顔で袋を見つめる。
「数は少ないがパンだ。子供達に食べさせてあげると良い」
女性は目に涙を浮かべながら袋を受け取る。
「本当に、よろしいのですか?」
「かまわない。ベルフェール伯爵の屋敷はこの先だな?」
女性はパンを大事そうに抱えると、泣きながら大きく頷く。
ジスランは女性を下がらせると、馬に鞭を打ち走り出す。
ルシエルが伝えたかったのは、飢えた民を救ってほしいということなのだろうか。
ルシエルの答えに辿り着けるかもしれない。
ジスランは馬を急かした。
――――――――――
ベルフェール伯爵の屋敷に着くと、門の前には数人の侍女が立ち、ジスランを笑顔で迎えていた。
ほんのわずかに時間を置いて、ベルフェール伯爵が出迎える。
「ようこそおいでくださいました!この度は降伏を受けれ入れていただき誠に」
「まだ受け入れるとは決めていない。降伏の条件を飲めなければこのまま攻め入る」
「は、はぁ、承知いたしました。……ささやかながら宴席を設けましたので、よろしければ」
ジスランは小さく頷くと、屋敷に入っていった。
ベルフェール伯爵の屋敷は、目が痛くなるほど絢爛な屋敷だった。
建築の様式を見るに、ここ数年で建てられたものだというのがよく分かる。
しかし、それよりも気になる点があった。
ルシエルの匂いがするのだ。
オメガ特有の甘い香りが、屋敷の至る所から香ってくる。
「ジスラン王子、どうぞこちらに」
「なぜルシエルの匂いがする」
その言葉にベルフェール伯爵はびくりと肩を震わせる。
「ま、まさかルシエル様の匂いがするはずありません。彼はこのような領地に訪れるような方ではありませんでしたから」
ジスランは腰の剣を引き抜くと、伯爵の首に突きつける。
「αの嗅覚を侮っているな?間違いなくこれはルシエルの匂いだ……」
もう一度息を吸い、匂いを確かめる。
間違いない。社交会前夜に嗅いだルシエルの匂いだ。
しかも、ここの匂いは特段に甘い。
そこから導き出される答えは吐き気がするものだった。
「貴様、ルシエルを何度も抱いていたな?」
ジスランは伯爵の首に刃を這わせる。微かに皮膚が切れ血が流れ出す。
「民に重税を課すだけでなく、王族を手籠にするなど言語道断。そのような卑しい者の降伏など到底受け入れられぬ」
ベルフェール伯爵は奥歯を噛むと、薄ら笑いながら言葉を吐く。
「わ、私だけではないぞ!この国の貴族で王子を抱いたことのない奴はいない!残念だったな!あの王子は随分と具合が良かったぞ!」
「……そうか、分かった」
ジスランは伯爵の首を刎ねる。
その目には憎悪を宿っていた。
血飛沫が絢爛な屋敷の装飾を汚し、侍女達の悲鳴が響き渡る。
ジスランは剣に着いた血を払い、鞘に収める。
踵を返すと屋敷の外へ足を向ける。
自分でも驚くほど、怒りが抑えられなかった。
民を傷つけていたことももちろんだが、ルシエルを凌辱していたことが何よりも許せなかった。
「このまま侵攻を続けるぞ、この国の貴族を全員処刑する」
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