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第15話 息子が父を拒絶
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「そ、そんな……。あそこは、僕の……」
「嫌とは言わせん! それが、父親である俺を困らせたお前の『罪滅ぼし』だ!」
オスカーがノアの腕を掴もうと手を伸ばす。私は限界だった。階段を駆け下り、二人の間に割って入ろうとした。
「いい加減になさい!」
しかし、私の叫びよりも早くノアが動いた。
バシッ。
乾いた音がした。ノアが、差し伸べられたオスカーの手を払いのけたのだ。小さな手だけれど、そこには父親を拒絶する意志が明確に込められていた。
「……ノア?」
オスカーが呆然と自分の手を見る。あんなに大人しく、従順だった息子に反抗されたことが信じられないようだった。
ノアは顔を上げていた。その目から涙は消えていた。先ほどまであった不安や期待も、きれいに消え失せていた。
そこにあるのは凍てつく湖面のような静寂。レオナルド様や私が時折見せる他人に興味を失った時の目。それを、わずか六歳の息子がしていた。
「……もう、いいです」
ノアの声は静かだったが、ホール全体によく響いた。
「部屋も、おもちゃも、全部あげます。カイル君にも、マリア様にも」
「お、おう。そうか、やっと分かったか。やはり厳しく躾けるのが親の……」
「その代わり」
ノアはオスカーの言葉を遮った。
「僕には、お父様がいりません」
「……は?」
「お父様を、カイル君にあげます。僕はいりません」
オスカーの表情が凍りつく。マリアも口を開けたまま固まっている。ノアは淡々と、まるで壊れたおもちゃを捨てる時のような口調で続けた。
「僕、ずっと頑張ったよ。お父様に好きになってほしくて、勉強も頑張ったし、いい子にしてた。お父様がマリア様たちと遊んでても、我慢した」
一歩、ノアが前に出る。逆にオスカーが、一歩下がる。
「でも、分かったの。お父様は、僕のお父様になりたいんじゃないんだね。カイル君のお父様になりたいんだね」
「な、何を馬鹿な……俺はお前の父親で……」
「ううん、違うよ」
ノアは首を横に振った。その仕草は残酷なほど大人びていた。
「本当のお父様なら、僕の大事な時計が壊されたら怒ってくれるもん。僕が泣いてたら、抱っこしてくれるもん。僕よりカイル君の嘘を信じたりしないもん」
ノアは抱いていたクマのぬいぐるみをぎゅっと握りしめた。
「おじい様が言ってた。『尊敬できない男に従うな』って。……お父様は、尊敬できない」
その一言は、どんな罵倒よりも鋭くオスカーの心臓をえぐったはずだ。嫌いではなく尊敬できない。それは、貴族の男にとって死刑宣告に等しい評価だ。
「だ、黙れ……! 親に向かって!」
「さようなら、オスカー様」
ノアは一礼した。お父様ではなくオスカー様。他人行儀な呼び名。それは完全なる絶縁の証。
ノアは踵を返し、私の元へ歩いてきた。そして、私のスカートの裾をぎゅっと掴み見上げた。
「お母様」
「なあに、ノア」
「僕、お部屋はいらない。お母様と一緒なら、物置でもいい。……ここから連れてって」
私はしゃがみ込み、ノアを力いっぱい抱きしめた。小さく震える背中だけれど、もう彼は泣いていない。
彼は自分で選び自分で決断し、そして父親という呪縛を断ち切ったのだ。
「嫌とは言わせん! それが、父親である俺を困らせたお前の『罪滅ぼし』だ!」
オスカーがノアの腕を掴もうと手を伸ばす。私は限界だった。階段を駆け下り、二人の間に割って入ろうとした。
「いい加減になさい!」
しかし、私の叫びよりも早くノアが動いた。
バシッ。
乾いた音がした。ノアが、差し伸べられたオスカーの手を払いのけたのだ。小さな手だけれど、そこには父親を拒絶する意志が明確に込められていた。
「……ノア?」
オスカーが呆然と自分の手を見る。あんなに大人しく、従順だった息子に反抗されたことが信じられないようだった。
ノアは顔を上げていた。その目から涙は消えていた。先ほどまであった不安や期待も、きれいに消え失せていた。
そこにあるのは凍てつく湖面のような静寂。レオナルド様や私が時折見せる他人に興味を失った時の目。それを、わずか六歳の息子がしていた。
「……もう、いいです」
ノアの声は静かだったが、ホール全体によく響いた。
「部屋も、おもちゃも、全部あげます。カイル君にも、マリア様にも」
「お、おう。そうか、やっと分かったか。やはり厳しく躾けるのが親の……」
「その代わり」
ノアはオスカーの言葉を遮った。
「僕には、お父様がいりません」
「……は?」
「お父様を、カイル君にあげます。僕はいりません」
オスカーの表情が凍りつく。マリアも口を開けたまま固まっている。ノアは淡々と、まるで壊れたおもちゃを捨てる時のような口調で続けた。
「僕、ずっと頑張ったよ。お父様に好きになってほしくて、勉強も頑張ったし、いい子にしてた。お父様がマリア様たちと遊んでても、我慢した」
一歩、ノアが前に出る。逆にオスカーが、一歩下がる。
「でも、分かったの。お父様は、僕のお父様になりたいんじゃないんだね。カイル君のお父様になりたいんだね」
「な、何を馬鹿な……俺はお前の父親で……」
「ううん、違うよ」
ノアは首を横に振った。その仕草は残酷なほど大人びていた。
「本当のお父様なら、僕の大事な時計が壊されたら怒ってくれるもん。僕が泣いてたら、抱っこしてくれるもん。僕よりカイル君の嘘を信じたりしないもん」
ノアは抱いていたクマのぬいぐるみをぎゅっと握りしめた。
「おじい様が言ってた。『尊敬できない男に従うな』って。……お父様は、尊敬できない」
その一言は、どんな罵倒よりも鋭くオスカーの心臓をえぐったはずだ。嫌いではなく尊敬できない。それは、貴族の男にとって死刑宣告に等しい評価だ。
「だ、黙れ……! 親に向かって!」
「さようなら、オスカー様」
ノアは一礼した。お父様ではなくオスカー様。他人行儀な呼び名。それは完全なる絶縁の証。
ノアは踵を返し、私の元へ歩いてきた。そして、私のスカートの裾をぎゅっと掴み見上げた。
「お母様」
「なあに、ノア」
「僕、お部屋はいらない。お母様と一緒なら、物置でもいい。……ここから連れてって」
私はしゃがみ込み、ノアを力いっぱい抱きしめた。小さく震える背中だけれど、もう彼は泣いていない。
彼は自分で選び自分で決断し、そして父親という呪縛を断ち切ったのだ。
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