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2・役立たずの僕
「兄さま? なんて?」
僕は兄の言葉が良く聞き取れず、
首を傾げてしまった。
僕の名前はエレミアス。
バーンズ侯爵家の次男だ。
年の離れた兄は騎士団で団長をしている。
父はバーンズ侯爵家の当主だが
僕の母は後妻だ。
つまり、兄とは異母兄弟になる。
僕が生まれた時は
すでに兄は18歳で成人を
迎えていたから、
僕のことは弟と言うより、
息子のように感じていたのだろう。
両親と一緒に僕を過保護に
たいそう甘やかして育ててくれた。
母はバーンズ侯爵家の遠縁にあたる
伯爵家の娘で、この家に侍女として
勤めていたところ、
父に見初められたらしい。
先妻は兄が幼いころに
病で亡くなっていたらしく、
以前のバーンズ侯爵家は
女主人がいないせいで、
暗い空気が漂っていたらしいが、
年若い母が奉公に来た途端、
「こんな家では、ぼっちゃまに
良い縁談なんて来ませんわ」と
父に言い放ったらしい。
周囲は不敬だのなんだのと
大慌てだったらしいが、
父は自分に強気で発言する母が
たいそう気に入ったらしい。
そこで母の助言を聞き、
屋敷を改装したり、
一人息子の教育に力を入れたり。
そうしているうちに
二人の間に愛が芽生え、
兄が貴族院を卒業したのを機に
正式に籍を入れたのだとか。
そしてすぐに僕が生まれたのだから
二人がどれだけ愛し合ってたのか
わかるというものだ。
兄も幼いころから
そばにいてくれた母が
侍女から母親になることに
抵抗もなく、僕が生まれたことを
本当に喜んでくれたようだ。
僕は家族のことが大好きだ。
僕はバーンズ侯爵家の次男だけれど、
優秀だと胸を張れることは何もない。
それどころか小さく生まれたせいで
幼いころから良く熱を出して
寝込むことが多かった。
15歳になった今でも
学院にもあまり行くことが出来ず、
屋敷で日々を過ごすことが多い。
身体も小さく、
兄のように騎士になるのも無理だし、
かといって、次期当主は兄だ。
僕は自分の居場所が
無くなるのが怖くって、
勉強だけは頑張ることにした。
このままでは学院にも行けず、
何の知識も無い役立たずに
なることが怖かったのだ。
僕は父にお願いして
家庭教師を付けて貰った。
そして試験を受けて
卒業資格を取るだけ取った。
本来学院は14歳から18歳まで
通うもので、学院長からは
「優秀な人材は学力だけでなく
時間を掛けてゆっくりと
育っていくものだ。
急い卒業することは無いんだよ」
と言って貰えたので、
僕は卒業資格はあるけれど、
18歳になるまでは、
好きな時に学院に通うことが
できるようにはなっている。
そんなわけで体調が良い時は
たまに学院に行くけれど、
親しい友人がいるわけもなく
僕は屋敷に引きこもりがちだ。
そんな僕に、ある日、
兄から声がかかった。
普段は家にいるはずのない
昼間の時間で、僕は首を傾げて
兄の部屋へと向かう。
僕と兄は、父譲りの水色の髪で、
瞳は兄は青、僕は緑色だった。
これは互いの母譲りらしい。
僕は水色の髪と緑の瞳で
うすぼんやりとした印象でしかないが、
兄は違う。
きりりとした深い青い瞳に
見つめられると、心がシャキっと
してしまう。
遠くから見たら、
厳しくて怖くて、キツイ印象に見えるが
でも僕は、この兄が僕には甘く、
優しいのも知っている。
兄の部屋にノックしてはいると、
冷たい印象の兄の瞳が、
僕を見るなり甘くなる。
そして兄は僕を促し、
ソファーに座らせた。
僕は少し緊張しながら兄を見る。
何故なら、兄の様子が
いつもとは違ったからだ。
甘い瞳は同じだけれど、
どこか、緊張しているような、
固い空気が見え隠れしている。
これは、と僕は思った。
僕はまだ15歳だけれど、
兄は違う。
父がそろそろ当主交代をして
母と領地でのんびり過ごしたいと
言っているのも聞いていた。
もしかしたら兄が当主になる話かもしれない。
そう思うと、自然に背筋が伸びる。
僕はどうなるのか。
学院にも通えない病弱な僕。
こんな僕では、学力は有っても
文官として城に出仕などできないし、
お荷物でしかない。
両親と一緒に領地に行けと言われるのか、
バーンズ侯爵家と他家とを繋ぐために
政略結婚するように言われるのか。
僕の場合、婿に行くことも
想定できるし、嫁になることも可能だ。
貴族は持っている爵位を手放すことはできても
新たに手にすることはできない。
よほどの功績がなければ、新たな爵位を
授かることなどできないのだ。
つまり爵位は、長男にしか
継ぐことができない。
次男以下は、どこか爵位のある貴族に
婿に入らなければ平民になるしかないのだ。
自分の息子を平民にしたくないと
考える者は数多くいる。
そして次男が平民になったとしても、
援助はできるが、その孫までになると
どうなるかわからない。
そう言った意味で、
次男以降の貴族子息は
子どもをつくらないと言う意味で
同性婚を考える貴族も多くいる。
それは高位貴族であれば
あるほど、その考え方は強いと
家庭教師からは学んでいる。
つまり家庭教師は、
俺は婿に行くだけでなく
嫁になる可能性もあるのだと
教えてくれたのだ。
具体的には、婿も嫁も
何をするものなのかは
教えて貰えなかったので、
今の僕に婿や嫁ができるのかは
謎でしかないけれど。
でも僕は大好きな兄のためなら
どんなところにでも行くつもりだ。
だって僕にはそれぐらいしかできないから。
「エレ」
兄様が僕を呼ぶ。
「はい」
「婿を取るか?」
聞き間違えただろうか。
「兄さま? なんて?」
婿に行くか?の間違いだよね。
「婿を取って、この侯爵家を継ぐか?」
言葉は聞こえたけれど、
意味を理解することができない。
「エレ?」
僕の様子を見た兄様が
僕の隣に座った。
僕の手を取り、
いつも見値に優しく笑う。
「その方がいいと思う。
エレもそう思うよね?」
兄様に優しく言われると
僕は反射的に頷いてしまう。
だってずっとそうだったから。
「はい、兄さま」
「うん。エレはいい子だね」
頭を撫でられると嬉しくなる。
甘やかされるのは好き。
だって、兄様は僕が甘えると
嬉しそうな顔をするから。
僕にできるのは、
甘えることぐらいだから。
僕がぎゅっと兄様の腰にしがみつくと
嬉しそうな笑い声が聞こえる。
「ほんとにエレはいい子だなぁ」
大丈夫。
ぜーんぶうまくいくからね。
何が「全部」で、どう「うまくいく」のか。
僕には何もわからなかったけれど。
僕は、はい、と頷く。
だって優秀な兄様が言うのだから
本当に全部うまくいくに決まっている。
でも、婿を取るって、
僕は何をすればいいのかな。
侯爵家を継ぐ?
わかんないことだらけで不安だけど
大丈夫……だよね?
僕には兄様がいるもん……ね?
僕は沸き起こる不安を隠して、
今度は、うん、って頷いた。
だって僕、今まで兄様に
言われた通りにしていたから。
それ以外、どうすればいいのか
まったくわからないんだ。
でも絶対大丈夫。
だって兄様の決定だもん……。
感想 3
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