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5・騎士さんが来た
その日は朝から僕は大忙しだった。
普段はのんびりしているのに、
朝、お茶を飲んでいたら、
侍女たちがやってきて
僕をお風呂に入れると言う。
昨日の夜も入ったのに?
そう思ったけれど、
僕は基本的にみんなのやることに
口を出さないようにしている。
だって、みんなが僕のために
してくれていることは知っているから。
湯を浴びて、髪を乾かして。
少しお腹が空いてきたころに、
クッキーを食べさせてもらって。
僕は何故かフリル多めの服を着せられた。
屋敷の中ではいつも楽な服ばかりだったし、
こんな豪華な服を着たのは初めてだ。
僕ももうすぐ社交界デビューだし、
もしかしたら、そのための服を作ってくれるのかも。
来客が来ると侍女たちが言っていたので
僕は服屋さんが来るのかと思って
わくわくして待っていた。
服屋さんが来るのなら
きちんとした服で出迎えた方が良いもんね。
僕の姿を見て、似合う服を選んでもらわなくっちゃ。
そう思っていたのに、
準備が出来たら僕は庭に案内された。
屋根付きのガゼボに座らされ、
お茶の準備が整えられていく。
侍女に聞くと、お客様は庭に来ると言う。
服屋さんなのに?
首を傾てしまう。
「兄さまは?」と聞くと、
本来なら休日だったのだが、
火急の呼び出しがあったとかで
朝から出かけてしまったのだとか。
兄からの伝言だと
封筒を手渡されて、
僕は服屋さんを待つ間に
手紙を読むことにした。
手紙を開くと、
少しだけ兄様の香水の香りがして、
「せっかくの休日に
一緒に居ることができなくて
すまない」といった謝罪文が
書いてあった。
服屋さんのことは
なに一つ書いていない。
よほど慌てていたらしく、
いつもは几帳面な文字が
少し乱れていた。
服屋さんとはいえ、
僕一人でお客さまを対応するなんて
できるだろうか。
僕は家族以外の人たちと
あまり接したことが無い。
学院に行っても、
授業は聞くけれど、
休み時間はひとりぼっちだ。
何故かみんな、僕を遠巻きに
見つめてくるだけで、
誰も声をかけて来てはくれない。
最初のうちは自分から
挨拶をしてみたり、
声をかけたりしたけれど、
みんなびっくりした顔をして、
顔を真っ赤にしたかと思うと
モゴモゴと小さな声で
何かを言って逃げ出すのだ。
それが続くと、さすがに僕も
自分が嫌われているのではないかと
思い当たったしまった。
たまにしか来ない、
しかも卒業資格を取得した人間が
いきなり授業に出られても
邪魔でしかないのだ。
それに気が付くと、
今度は『友だちを作りに学校に行く』
という気持も薄れてしまって、
結局は屋敷に引きこもってしまう。
このままではダメだとは思うけど、
どうしていいかわからない。
ずーんと落ち込んでいると、
ふんわりと良い香りがした。
「あ、あの」
男の人の声が聞こえて、
僕は顔を上げた。
執事に連れられて庭に来たのは
服屋さんではなくて
騎士さんだった。
隊服を着ていて、
短い、アッシュグレイの髪。
それから、金色の瞳。
金色は、王家の色だから、
この人は王族か、その縁のある人……。
公爵家の人とか、かな。
と思っていたら、
騎士さんは僕に向かって
ビシっと敬礼をした。
「ガイディス・ブレイトンです!」
まるで僕まで、騎士になったみたい。
僕も椅子から立ち上がって
騎士さんの真似をした。
「エレミアス・バーンズです」
敬礼、って真似したら、
騎士さんは、真っ赤になった。
「し、失礼しました!」
とっても声が大きい。
「騎士団長がいると思っておりまして、
その!」
なーんだ。兄様のお客さまか。
「兄さまはね。お仕事みたい」
朝から呼び出されたんだよ、というと
騎士さんは、そうでしたか、と
ほっとしたような顔をする。
もしかして兄様が怖いのかな?
僕は騎士さんに椅子を勧めた。
服屋さんはまだ来ないみたいだし、
騎士さんも兄様がいないのなら
時間はあるよね?
「ちょうど今から
お茶を飲むから一緒にどうですか?」
友だちの作り方なんてわからないから
ちょっとオドオドしてしまった。
でも騎士さんは顔を真っ赤にして
「はっ!」ってまた敬礼してから
僕の前に座った。
やった!
座ってくれたぞ!
僕は初めてのお茶会にドキドキする。
僕、こうやって友だちと一緒に
お茶を飲むのが夢だったんだ。
僕がドキドキしていると、
気を利かせた侍女たちがあっという間に
お茶を淹れてくれた。
僕の好きなハーブティーだ。
マフィンも、クッキーも
それからサンドイッチもある。
これは騎士さんのために、かな。
僕は騎士さんにお茶を勧める。
僕の好きなハーブティーだってことも
伝えたし、クッキーも、マフィンも
僕が好きなチョコレートが
入っていることも伝えた。
サンドイッチはきっと、
騎士さんの為だと思ったから
「どんどん食べて」とサンドイッチの
皿を騎士さんにぐいぐい押す。
騎士さんは顔を真っ赤にしたまま
僕を見つめた。
「な、な、かわ、かわいい」
何を言っているか良く聞こえない。
これは良くないパターンだ。
学校の人たちはいつも
こんな感じになって、
すぐにいなくなってしまうのだ。
僕は逃がさないぞ!とばかりに
騎士さんの手を掴む。
「ぜひ、食べてみてください。
ほんとに美味しいんですよ」
僕は片手で騎士さんの手を掴み、
もう片方の手で、あーん、と
サンドイッチをかじって見せた。
ほんとはお腹がすぐに膨れちゃうから
サンドイッチは食べたくなかったのだけど。
美味しいところを見せないと
騎士さんは、何も食べずに
帰ってしまうかと思ったのだ。
騎士さんは目を見開いて
僕がサンドイッチを飲み込むのを見て
ごくり、と喉を動かした。
食べてみたい、って思ったみたい。
僕は「ね」と騎士さんの手を放して
サンドイッチの皿をまた
ぐい、っと押す。
すると騎士さんは何度もうなずいて
サンドイッチを掴んだと思ったら
あっと言う間に平らげていく。
よっぽどお腹がすいていたのかな。
驚く僕の前でお皿が空になる。
僕はずっと手に持っていた、
ひと口だけかじったサンドイッチを思い出した。
「え、えっと、まだ足りますか?
これも、食べます?」
ひと口だけ、かじってしまったけれど、
兄様は僕が食べれないものは
良く食べてくれていたから、
似たような感覚で言ってしまった。
たぶん、兄様で見慣れた
騎士服を着た騎士さんだったからだと思う。
それに兄様と知り合いみたいだったし。
はい、って差し出すと、
騎士様は真っ赤な顔で、ぷるぷると震える。
「エレ、それはダメだよ」
イスの後ろから、そっと抱きしめられた。
「兄さま」
頭の上にキスをして、
兄様は僕の手の手からサンドイッチを
そっと取ると、自分の口に入れた。
「可愛いエレが口にしたものは
この兄以外に与えたらダメなんだよ」
いいね、と言われて、
僕は反射的に頷く。
侍女が僕の隣に椅子を準備して、
兄様は僕の隣に自然に座った。
「兄さま、お仕事は?」
「大丈夫、片付けて来たよ。
彼が来る前に戻るつもりだったが
遅くなったようだ」
なでなでと頭を撫でられる。
「この騎士さまが今日のお客様だったの?」
「そうだ」
なんだ、服屋さんじゃなかったのか。
僕のしょんぼりした顔に気が付いたのか
兄さまが促すように僕を見る。
「僕、もうすぐ社交デビューだから
服屋さんが来てくれると思ったのです。
僕ももう、一人前です。
大人ですから!」
ぐっと手を握ったら、
兄様は甘い顔で笑う。
「エレはいつまでも可愛い
弟でいいんだよ」
「それは、そうですが……」
僕は社交界デビューをするから
もう大人だって言ったのに、
なんで、弟だよ、という
返事になったのだろう。
僕にはよくわからない。
でも僕がその疑問を口にする前に
兄様が言葉を続けた。
「それで、彼はどうだい?」
兄様は顔を真っ赤にしたまま
口をパクパクさせている騎士さんに
視線を向けた。
「どう、って?」
「エレのお婿さん候補だよ。
彼と結婚して、このバーンズ侯爵家を
エレが継ぐんだ」
「えええ!!!」
と叫んだのは僕ではなかった。
顔を真っ赤にしていた騎士さんが
思わずといった様子で立ち上がり、
心底驚いた顔で、兄様を見ている。
「ガイディス・ブレイトン
上官を指さすのは、さすがにいただけないな」
「申し訳ありません!」
大声で、けれど素早い動作で
騎士さんは頭を下げた。
「エレ、兄様は彼が適任だと思う。
そこそこ剣の腕も立つからエレを
守ることもできるだろう。
体力もあるから、
最悪、エレを守る盾として
殉死するぐらいは……」
「兄さま、そんな……」
兄様、笑顔だけれど
なんか酷いこと言ってるよね?
「ガイディス・ブレイトン。
顔を上げていい」
「はっ」
騎士さんが顔を上げる。
「君に拒否権はない。
だが可愛いエレにはある。
傷つけることなく、
エレに愛情を向け、
可愛いこの子を守る栄誉を与える。
だがエレが拒否した場合、
直ちに君の居場所はなくなる。
肝に銘じるように」
「に、兄さま?」
ちょっとまって、と兄のシャツを
ぎゅっと握る。
「エレは何も心配しなくていい。
ただ彼が嫌になったら言いなさい」
そういって兄は立ち上がる。
仮に「嫌になった」といったら
この騎士さんはどうなるのか
不安でしかない。
そんな僕を安心させるように
兄は僕の頭をポンポンとたたく。
「私は騎士団に戻る。
夜までには帰宅する予定だが
夕食までに戻れるかわからない。
食事は彼とするように」
最後は騎士さんに視線を向けて兄は言う。
「できるな?」と言われて
僕は頷いたけれど、とても大きな声で
騎士さんが「命に代えてもお守りします」と
兄様に返事をした。
屋敷で食事をするだけなのに、
命を懸けることなんて起きないよね?
僕はそう思ったけれど、
兄様が忙しそうだったので
口を挟むことなく兄様を見送った。
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